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6 彼女は空から降ってきた(アルベール視点)





 魔物討伐から戻り、アルベールは執務室に入ろうとすると、中から声が聞こえてきた。


「そんで、アルベール様がセシル様に花を渡したんだよ!」


「それで?」


「それが紫の薔薇だったんだって。花言葉の意味も含めて受け取れって」


「それが?」


 一方が熱心に話しかけ、一方が興味津々に相槌(あいづち)を打っている。


「だから、その花言葉に『尊敬する』って意味があるの!奥手かよって!!」


「はあー、俺は素敵だと思うけどなあ‥‥」


 一方が(たしな)めるも、それでも相手は興奮していて話を止める様子もない。


「いやいや、もうキスくらいしてるべきでしょ!それもしないなんて百戦錬磨の色魔の名が泣くというか‥‥」


「初恋なら仕方ないんじゃないかな」


「そうかあ。初恋だもんなあ」


 一方は純粋に、一方は揶揄(やゆ)を含めて声を出す。いよいよ我慢できなくなったアルベールは、扉を勢いよく開けた。


「おい、お前ら」


「え?!アルベール様?!」


「お帰りっす〜」


 中にいたのは、アルベールが予想していた通りの人物だった。


 一人はエリック。この屋敷の筆頭執事で、アルベールがいない時の管理を任せている。粗忽(そこつ)な面もあるが、素直な性格で信頼でき、また有能である為、アルベールは彼を重用していた。


 もう一人はデニス。エリックの弟で、エリックよりも身軽な立場で様々なことを命じている。お調子者の嫌いはあるが、情報収集に長けている為、影武者的な役割を果たしてもらうことが多い。


 今回、会話を引導していたのはお調子者のデニスだ。きっと、アルベール達が帰ってきたところを物陰から見ていたのだろう。


「デニス、俺がここに来るのに気付いていて、わざとその話題をしたな?」


「あはは。そうっすよ。だって、あんなご主人見たことなくて新鮮過ぎましたもん。揶揄(からか)うしかないでしょ」


 彼は悪びれもせずに笑う。


「それにしても、俺。なーんで、あの人を連れてきたのか謎なんですけど〜」


「‥‥‥‥彼女を連れて来る前に、話したはずだが?」


「聞いてませんでした」


 当たり前という風に反省の色も見せないデニスに、アルベールはため息を吐いた。


「いいか。彼女はー‥‥」


 こうしてアルベールは、セシルを妻として迎えることとなった経緯を話し始めた。





⭐︎⭐︎⭐︎





 彼女との出会いは、空から降ってきた。


 それは、比喩でもなんでもない。文字通り、空から降ってきたのだった。


 セシルが王宮から追放になった、その日。アルベールはちょうど王宮を訪れていた。

 というのも、アルベールは家督相続の際に少々問題があったため、そのことについての確認。また、隣国に接している辺境に領地を持っていることもあり、自国と隣国の橋渡し的観点から、王宮を訪れることが多かったのだ。


 その日は、後者についての交渉や話が必要だった。彼の領地を守っていた聖女が亡くなってから、魔物が増加していた。魔物が増えれば、隣国も被害を被り、国交仲が悪くなる。教会にいる聖女に浄化してもらうため、王宮を通して交渉しなければならなかった。


(国王は病気のせいで、長らく謁見できていない。王位を継ぐ第一王子は、政治を分かっていないから、実りのある会話が出来ない‥‥)


 アルベールはそんなことを考えながら、王宮に向かって歩いていた。宰相に話をつけるしかない、と決めていたその時だった。


「貴様を追放する!!」


 突然、上から第一王子・ルーウェンの声が聞こえてきた。彼は王宮二階のバルコニーにいるようだった。また、何か阿呆なことをしているのではと見上げると、アルベールはそこにいた人物に目を見張った。


「どういうことでしょうか?」


 そう訊ねる少女は、王宮が囲っている聖女の一人だったからだ。彼女の表情は見えないが、特徴的な白い髪をたなびかせて、凛と王子に向き合っている。


(聖女の‥‥‥セシル様か‥‥‥‥‥‥)


 王宮を訪れることの多かったアルベールは、もちろん彼女のことを知っていた。

 彼女は、教会から追い出された聖女として有名だった。身分もなく、痩せ細っていて、いつも口を噤んでいる。美しいもう一人の聖女とは大違いで、彼女は人から悪く言われることが多かった。


(だが‥‥‥‥)


 アルベールは、彼女が聖魔法を使う時、優しい表情をすることを知っていた。その力を決して他人を脅かすために使わないことも。

 むしろ、その噂を積極的に流している第一王子に嫌気がさしているほどだった。きっと、彼女が教会を追い出されたのも何か事情があるのだろう。


 そんな彼女を追放するのかと、アルベールは耳を疑った。


「貴様は、エレンを虐めただろう!」


「何を言っているのか分からないのですが‥‥」


「とぼけるな!」


 二人はしばらく言い合いをしていたが、そこに新たな声が加わることで流れが一気に変わった。


「ひどいです。セシルさん。あんなことをしたのに、忘れるなんて‥‥」


「エレン‥‥‥」


 アルベールの位置からは見えなかったが、どうやらそこにはもう一人の聖女もいるらしかった。


「エレン、私がそんなことしてないなんて、あなたが一番知っているでしょう?なんでそんなこと言うの?」


 セシルは彼女に訴えかけるが、次の瞬間にはエレンのすすり泣き声が聞こえてきた。それに逆上したのは、ルーウェンの方だった。


「貴様!エレンを泣かせたな!」


「‥‥‥‥‥‥‥」


 一方的に責められる中でも、彼女は凛と背筋を伸ばしていた。


「お言葉ですが、殿下。ここでの聖女としての仕事の大部分は私が担っております。私を追放したら、王宮での仕事が回らなくなりますよ」


「嘘をつけ。エレンがほとんどの仕事をこなしているだろう?」


「それは、間違いです」


「黙れ!!」


 彼はセシルの体を力強く突き飛ばした。あまりの強さに、彼女の体はバルコニーの低い柵をいとも簡単に飛び越えてしまった。


 彼女の体が重力に従って、下に落ちてくる。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥!」


 何かを考える暇もなく、気づけば、落ちてくる彼女に向かって手を伸ばしていた。そして、彼女の体は、アルベールの手に向かって真っ直ぐ落ちてきた。


 彼女を受け止めると、彼女はゆっくりと目を開いた。そこで、初めて目が合う。


「‥‥‥君は、追放されたあとどこに行くんだ?」


 気づけば、彼女に話しかけていた。彼女は怪訝な顔をしながら、ふいと目を逸らした。彼女の瞳には”寂しさ”のようなものが映っていた。


「さあ。行き場もないので」


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


 二人の間に沈黙が流れた。


(俺は‥‥‥‥彼女を救いたいと思っている)


 彼女は追放されるとはいえ聖女だ。「救う」なんて簡単ではない。しかし、彼女にアルベールが守りやすい立場を与えたら如何だろう?


 周りは、納得しないかもしれない。しかし、アルベールの領地が聖女を欲しているのも確か。それを持ち出せば、周りが口出ししにくくなるだろう。


(というか、黙らせる)



「おい!」


 流石にまずいと、思ったのだろう。ルーウェンはバルコニーから顔を出して、セシルの様子を確認しようとする。


「貴様‥‥‥‥‥伯爵か?」


 上を見上げたアルベールと目が合うなり、ルーウェンはほっとした表情で訊ねた。アルベールはその言葉を無視して、とある提案を持ちかけた。


「殿下、提案があります。俺は彼女をーー‥‥‥」





 その時、アルベールは「一目惚れしたから、彼女を引き取りたい」と伝えた。ルーウェンは鼻で笑ったが、そう伝えるのが一番良かったのだ。結果として、彼女は今、アルベールの妻という位置に落ち着いている。








⭐︎⭐︎⭐︎







 アルベールは、ざっとここに至るまでの内容を話す。が、デニスは興味なさそうに肘をついている。


「へー、ふーん」


「‥‥‥‥‥‥デニス、聞いてたか?」


「聞いてましたけど、納得いかなくて」


「何故だ」


「従者的には、もう少し、しっかりした人と幸せになって欲しいっていうか‥‥‥」


 デニスはボソボソと呟く。と、その時。ノックの音と共にレインが部屋に入ってきた。


「失礼します」


「レインか。彼女の様子は?」


「普通に元気でしたよ。お腹すいたと言ってらっしゃったので、早めのディナーをしてもらいました」


「ちゃんと食べてるか?」


「食べてます」


「そうか‥‥」


 アルベールは顔を綻ばせる。そんな彼の表情をデニスは「うへえ」と言いながら見ていた。


「ところで、何故、あんな契約書を作ったんですか?セシル様を守りたいなら、あんなのいらないのでは?働かせる必要性は?あるのですか?」


 セシル過激派であるレインが、アルベールに問い詰める。


「‥‥‥お前らは、二度も裏切られたことはあるか?」


「一度ならありますけど〜」


「一度しかありませんね」


「そうですねえ」


 彼らはそれぞれ身寄りがいない。レインは親に売られ、身売りさせられそうになっているところをアルベールに拾われた身だった。兄弟のエリックとデニスも同じような境遇だった。


「彼女は教会と王宮に二度も裏切られて捨てられている。見ず知らずの男が『愛しているから、君を助けたい』などと言って『はい。そうですか』って信頼する気になるか?」


 アルベールの言葉にその場にいる皆が押し黙る。セシルは言いふらすことは決してしないが、自分の過去を隠すこともなかったので、セシルがどんな扱いを受けてきたか、なんとなく知っていたためである。

 そんな扱いを受けてきて、見ず知らずの男からの無償の愛を受け取ろうという気になるだろうか、と。


 アルベールは長い足を組んで、身を椅子の背もたれに預けた。


「俺なら、誰も信頼しない。いや、出来ない。それなら利害で表現できる関係の方を信用する」


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


「彼女の状況は、俺たちが考えていた以上に悪かったらしい。王宮での処遇は知っていたが、教会はもっと酷かったことも分かっている」


 「あ、それ俺の調べっすね」とデニスは相槌を打った。アルベールは、契約の際にセシルが発していた言葉を疑問に思い、デニスに調べさせていたのだ。

 アルベール自身もその事実確認をしていたために、数日屋敷を開ける結果となった。


「王宮は今、聖女の扱いに困っているらしい。教会の動きも怪しいところがある。彼女を渡せと要求してくるのも時間の問題だろう。だから、守り切れるよう信頼を勝ち取るぞ」


「承知致しました」


 レイン、エリック、デニスはそれぞれ忠誠の意を示し、彼の命令に従う。それでも、レインが少しばかり不満そうにしていたので、アルベールは「それに」と付け足した。


「契約はもうしたんだ。時間をかけて、ゆっくりと心を開いてもらえればいいだろう?」


 アルベールは余裕泰然(よゆうたいぜん)として口角を上げ、従者たちを呆れさせた。





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