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41 最恐聖女の幸せ





 一年後。


 隣国での保護期間が終わったセシルとアルベールは、とある場所を訪れていた。


 セシルが保護されていた一年間は、ほとんど自由な外出はなかった。勿論、頼めば城下町を観光出来たし、衣食住の環境はこれ以上ないほどで、至れり尽くせりだったのは言うまでもない。

 それに、沢山の聖女と知り合えて、新しい聖女の魔法や力の使い方を学ぶことができた。


 それでも、二人はこの一年間、とある二つの約束を果たせなかったのだ。


 一つは、”一年後に、星を見に行こう”という約束。もう一つはー‥‥‥


「アルベール様。向かっている先が以前と同じ場所ではないですよね?」


 馬車に乗っているセシルは、目の前にいるアルベールに問うた。久しぶりのアルベールとの外出のため、張り切って、服は卸したてである。アルベールはそんな彼女を愛おしそうに見て、答えた。


「そうだな。もちろん、前と同じ場所にもまた行きたいと思うが‥‥今日は、違う場所で星を見よう」


「はい」


 とにかく、”アルベールと出掛ける”こと自体が嬉しいので、セシルは行き先は特に気にしていなかった。


 目的地に着くと、アルベールはセシルに手を差し出して、共に馬車から降りた。降りた瞬間、セシルは顔を上げ、目を見張った。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥!」


 目の前には満点の星空に、透き通った湖。星々が水面に映し出されて、まるで夜空の中にいるような感覚を覚える。

 そっと水面に触れると、水が揺れ、星々が揺らめく。それがこの世のものとは思えないほど、美しい。


「ここは、教会が管理していた場所で、立ち入り禁止だったんだ。だが、交渉の末に入れてもらえた」


「教会が‥‥‥‥?」


 セシルが後ろに立っているアルベールを振り返ると、彼は静かにうなずいた。


「ここは、歴代の大聖女が眠る墓地だ」


「‥‥‥‥‥!」


 セシルが湖の先に目をやると、そこには数百の墓石があった。

 そう、アルベールが果たしたかった二つ目の約束は、”セシルの母の墓参りに行く”ことだった。

 セシルは急いた気持ちを抑えながら、墓石のあるところまで歩みを進める。そして、数百ある墓石の中の一番、端。そこにセシルの母の名前を見つけた。


 大聖女が眠る場所は、教会で秘匿されていた。そのため、セシルは母の埋葬された場所を知らなかった。


「こんな、素敵な場所にいたんですね‥‥」


 セシルは泣き笑いをしながら、母の眠る場所に手を合わせた。アルベールは少し離れた場所でこちらに背を向けている。しばらく、母娘の二人きりにしてくれるのだろう。


(お母さん。こうして来ることが遅くなってしまって、ごめんなさい‥‥‥)


 セシルは、心の中でこれまであったことを全て話した。その日あった出来事を母に聞いてもらいたくて必死な子供のように。全部ー‥‥‥


 その記憶は、ほとんどが苦しいものだ。しかし、母の言葉が、自分をここまで生かしてくれたのだ。苦しい中でも、母の言葉がどれほど勇気をくれたか、その感謝を伝えながら。


 その中には、エレンの存在の話もあった。あの後、彼は行方をくらませてしまった。アイリスを中心として彼の行方を捜索しているが、何せ、彼は姿を変える魔法を持っているのだ。探し出すことは至難の技だろう。

 彼がどうなったのか、セシルは知る術を失ったのだ。


 ちなみに、彼の珍しい聖魔法は、大司教に命令されて古代の文献を参考に新たに創作されたものらしい。というのも、セシル自身の雨を呼ぶ聖魔に関する文献も、大司教が意図してセシルの目につく位置に置いていたらしい。

 その話を聞いた時、どおりで貴重な大聖女の日記が容易に手に入ったのかと納得してしまった。



 エレンには、未だ複雑な感情が拭えない。しかし、大司教に操られていたという点で、セシルと同じ被害者なのだ。願わくば、これからはその魔法を悪用せずに、どこかで幸せに暮らしていてくれたらと思う。


 彼は、血を分けたたった一人の兄妹なのだから。




 セシルの話は、アルベールのことに行き着いた。彼は、辺境伯で、沢山の浮名を流していそうな見た目をしていて、少し意地悪で、真面目で、優しくて。そして、セシルを一等大切にしてくれる。

 セシルにとって、勿体無いくらいの素敵な人だ。


(お母さん。私、幸せになります)


 ずっと、母の遺言である「幸せになりなさい」という言葉が耳から離れなかった。けれど、ようやく、その言葉を叶えられた気がする。


 セシルは閉じていた目を開いて、立ち上がった。



 セシル、と。


 懐かしい声で名前を呼ばれた気がして、振り返る。その瞬間、優しい風がセシルを包んだ。


 ーーーおめでとう。いつまでも、幸せを願っています。


 そんな言葉が、聞こえた気がした。それは、もしかしたら、セシルの願望がもたらした幻聴なのかもしれない。


 しかし、それでもいい。セシルは微笑んで、「ありがとう」とだけ告げて、その場を去った。


 今度は振り返らず、アルベールの元へ向かった。


「‥‥‥沢山、話すことが出来たか?」


「はい。ありがとうございます」



 二人は手を繋いで湖畔を歩く。教会が管理している場所のため、他に人はいない。こうしていると、まるで世界中で二人きりのようだった。


「アルベール様のことを紹介してきました」


「俺も後で挨拶に行くよ」


「それから、幸せになりますとも言ってきました」


 セシルは立ち止まり、アルベールの方に体を向けた。


「一緒に、幸せになってくれますか?」


 セシルの紫の瞳とアルベールの緑の瞳がぶつかり合う。

 しばらく無言で見つめあっていた二人だったが、アルベールはふっと目元を緩めたかと思うと、セシルを抱き上げていた。セシルの目線がアルベールの目線よりも、わずかに上になる。コツンと額を合わせた。


「幸せになるぞ、絶対に」


「確定事項ですか?」


「確定事項だ。なにせ、契約書にも書いたからな」


 セシルは、初めて契約書を交わした日のことを思い出す。色々な項目があったが、その中に”幸せを保証する”という文言があったのだ。

 初めてそれを見たときは、「何故、そんな概念的なことを書いているのか」とセシルはアルベールの神経を疑ったし、正直、警戒した。

 けれど、今では、あの契約がずっとセシルを守ってくれていたことを知っている。


 セシルはそのことを思い出して、小さく笑った。


「まだ有効だったんですね」


「セシルが嫌にならない限り、ずっと。何より、俺がそうしたいんだ」


「そうですか」


 彼は、セシルのためにすることを「俺がしたい」と言ってくれる。いつも自分のことは後回しにするから、大人っぽいのに、危なっかしい時がある。誰よりも領民や屋敷の人のことを考えて行動する、優しい人。

 そんな彼だから、セシルは彼が愛おしくて、支えたいと思うのだ。


「アルベール様」


「なんだ?」


「大好きですよ」


「俺もだ、セシル。‥‥‥愛してる」


 目を閉じて、唇を重ね合わさる。アルベールの瞳を覗き込むと、セシルが映っている。きっと、セシルの瞳にもアルベールが映っているのだろう。


 ずっと、幸せの在り処が分からなかった。けれど、アルベールと出会って、言葉を交わして、徐々に惹かれていって‥‥


 いつからか、思うようになった。


 この人の隣にいる時間が愛おしくて、幸せだ、と。




 病める時も。健やかなる時も。


 セシルの幸せは、いつまでもアルベールと共にあるだろう。



これにて完結になります!最後までお読みくださり、ありがとうございました!!


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