表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/41

40 彼女の生き様(アルベール視点)




 結局、大司教は司教としての権利を剥奪。調べ上げると様々な余罪が出てきた為、これからきっちりと法律に則って、罰を受けることになるらしい。

 市民達は、有名だった大司教が罪を犯していたことを知り、教会の人気は大暴落をしている。

 一方のルーウェン王子は、王位継承権はもちろん剥奪。その上で子爵家の養子に入れられて、将来はその領地を経営することになるそうだ。当該子爵家は、伝統を重んじる大変厳しい方が当主をなさっているそうで、ルーウェンはスパルタ教育を受けることになるそうだ。


(個人的には、貴族の身分を持っているだけでも腹立たしい)


 しかし、そうはいかないのが王族というものだ。これでも充分、譲歩した方らしい。

 とはいえ、子爵家は伯爵家より身分が低いので、これからルーウェンがセシルに手出し出来る状況ではなくなった。


 これで万事解決。大司教がエレンに指示して操っていた魔物もいなくなり、以前よりも魔物の頻出が少なくなった。

 セシルを苦しめていたものは、全て取り除かれたと言っていいだろう。


 しかし、アルベールには目下、解決しなければならない課題があった。


 アルベールが歩いていると、すぐ前でセシルが部屋を出たところが見えた。


「セシル」


「‥‥‥‥‥‥」


 アルベールは彼女の名前を呼ぶが、セシルは目も合わせようとしない。

 そう、アルベールにとって目下の課題は、セシルが口を利いてくれないことにあった。アルベールが調子に乗ってキスマークをつけたことにセシルは怒っているのだった。


 現在、セシルはアイリスの国で保護されており、王宮で暮らしている。彼女が新しい生活に慣れるまで、と頼み込んでアルベールも一緒に王宮で過ごしていた。


 なんとしても、アルベールは領地に戻るまでに、彼女の機嫌を直さなければならないのだった。


「セシル‥‥‥」


 随分と情けない声が出た。名前を呼ぶが、セシルはしらっとした視線を送るだけで、返事をしようとしない。


 これが、結構、堪えた。


 セシルと喧嘩のようなものをしたことはあったが、無視されるのは初めてだったので、想像以上に精神にくるものがあった。


 考えているうちに、セシルはどこかへ行ってしまう。


「自業自得、因果応報」


「‥‥‥レインか」


後ろから声がしたかと思うと、そこにはジト目のレインがいた。人でも刺しそうな目をしていらっしゃる。


「それは、大司教や元王子に向ける言葉ではないのか?」


「アルベール様にもですよ」


「‥‥‥‥‥‥‥」


 レインが辛辣すぎて、言葉も出ない。しかし、仕方がない。何せ、レインはセシルが大好きで崇拝すらしているのだ。

 それに、こういった時に団結する女性は強いということを、アルベールは知っていた。


「‥‥‥調子に乗ったことは悪かったが、反省もしているし、今後このようなことがないように善処する。そろそろ許して欲しいと思っている」


「本人に言ってください」


「言ったが、聞き入れてもらえなかった」


「‥‥‥‥‥」


 沈黙が流れる。そもそも好いている女性と一つ屋根の下に暮らしていて、何も起こさなかったのだ。それだけで精神は磨耗していたのに、この程度で済んで‥‥とアルベールはここで思考を止めた。こんなことを考えても仕方がない、と。


「まあ、それとなくは伝えておきますが」


 レインは咳払いをして、哀れむようにアルベールを見た。


「それでは、私はこれからセシル様と一緒に街へ行ってきますので。デートです」


 レインはわざわざ最後の言葉を強調して、セシルが去っていった方向へ歩いて行く。そういえば、今日のセシルは他所行きの格好をしていたと気付いたアルベールは、ただ一人取り残されてしまった。


 アルベールはため息をついて、与えられた部屋へ戻ろうとクルリと反対方向を向いた。


「きゃっ」


「!」


 振り向いた拍子に誰かとぶつかってしまった。そこには、ドレスを見に纏った銀髪の女性がいた。


「すまない。大丈夫か?」


「はい。私の方こそ失礼しました」


 ゆったりと頭を下げる仕草には気品がある。アルベールは記憶を辿り、彼女が王弟の娘、つまりアイリスの従姉妹であることを思い出した。

 彼女はふわりと、控えめで可憐な笑みを見せる。


「ここでの生活には慣れましたか?」


「ああ。とは言っても、セシルが慣れなければならないのだかな」


 二言目にはセシルの話題が出てくる。彼女の話をする時、彼はどこか楽しげな表情になるのだった。


「そうですか。それはよかったです。けれど‥‥‥」


 彼女はそっとアルベールに近づき、シャツを引っ張った。彼女の瞳は僅かに濡れ、アルベールを見上げている。


「アルベールは誠実な方なのに。先程も勘違いされていて、胸が痛くなってしまいました」


「‥‥‥‥」


 彼女は”愛らしいと感じさせるような”仕草をしているが、アルベールは色々なものが冷めていくのを感じた。


(そういうことか)


 立場上、色々な女性に言い寄られることが多々あった。セシルと結婚してからも、だ。そういった時は毎回、「妻がいる」の一点張りで断ってきたのだが。


「これは俺と妻の問題ですので、ご心配は不要です」


 勝手に人の家庭に首を突っ込むなと言外に伝える。が、彼女はめげなかった。


「けれど、大変でしょう?セシル様とアルベール様は歳が離れておられますし、価値観も違うでしょうから」


「‥‥‥‥‥‥」


「そもそも、王宮と揉め事を起こされたというのも、一つの不安要素ですし‥‥」


 エトセトラエトセトラ。よくも、妻の悪口を旦那の前で言えるなと、アルベールは目を細めた。彼女はその表情に気づかず、ペラペラと必死な表情で話し続ける。


「それから、セシル様は‥‥」


「悪いが、俺は彼女を愛しているので、これ以上、聞きたくないな」


 アルベールは彼女の前に手を出して、拒否の意思を示した。もう既に、敬語を使う気など失せていた。もとより、彼女は外交上、全く重要な位置にはいないのだ。

 アルベールの言葉に彼女はカァッと顔を赤くして、それでも尚口を開いた。


「で、でも!あんな白い髪の女より、私の方が綺麗ですよ!身分だって、王族ですし、教養もありますし‥‥」


 確かに、彼女の言う通りかもしれない。客観的に見れば、セシルはどこにでもいる普通の女の子。特別美しい訳でも、身分がある訳でもない。


 それに、彼女の人生は生半可なものではない。教会でも、王宮でも、彼女は虐げられてきたし、理不尽な目に遭ってきた。言葉にすると簡単だが、彼女の過去は想像を絶する。


 けれど‥‥‥


 けれど、彼女は諦めなかった。自分の人生を、幸せを。


 それは、誰にでも出来ることではない。


 彼女のこれまでの人生があるから、彼女はより一層、輝いて見えるのだ。


(ああ、そうか‥‥‥‥)


 アルベールは、今、再確認をした。



「俺は、彼女の生き様に惚れたのだ」



 失礼する、と一言だけ残して、アルベールは彼女の元を去って行く。


「そんなの!絶対に後悔しますよ!!」


 後悔なんてするわけがない。後悔することと言えば、自分の過去の行動なわけだが。


(彼女が帰ってきたら、また謝りに行こう)


 彼女の好きな食べ物でも持っていって、一緒に食べようと提案しようなど。こういうのも悪くない、と思っている辺り、惚れた弱みなのだろう。


 角を曲がると、そこには人影があった。それも、よく知っている人の姿が。


「セ、セシル‥‥‥?」


「はい」


 頷くのは、他でもないセシルだった。少しむくれた顔をしている。


「聞いていたのか?」


「ええ。美しい女の人に私の悪口を散々吹き込まれて、言い寄られていた所しか見ていませんが」


 ほとんど見られていた。やましいことは一つもないが、アルベールは妙に焦った気持ちになる。

 しかし、なによりも。


「‥‥‥‥あの返答は気に入らなかったか?」


 生き様に惚れた、という言葉は良くなかったのではないかとアルベールは考えた。女性ならば、「綺麗」や「優しい」などと言われた方が嬉しかったのではないか、と。

 しかし、セシルは少し笑って、答えた。


「そうですね‥‥‥‥今までのこと、辛かった日々のこと。全部、無駄ではなかったんだなって思えました」


「そうか」


 アルベールは顔を綻ばせて、セシルの手を取った。久しぶりの接触だ。彼女の小さな手が愛おしい。


「セシル。あの時は、君の気持ちを考えず、申し訳なかった。‥‥許してくれるか?」


「‥‥‥‥そもそも、もう、あのことに怒ってませんよ?」


「そうなのか?」


 じゃあなんで口を聞いてくれないのか、と。アルベールは問うた。すると、セシルは口を尖らせる。


「だって、”両思い”だって分かったら、嬉しくなって。アルベール様ともっと一緒にいたい、もっと触れたいと思ってしまうんです」


「だから、最近、避けていたのか?」


「少しムキになっていたところもあって‥‥‥‥ごめんなさい」


 セシルはペコリと頭を下げる。アルベールとしては、「一緒にいること」も「触れ合うこと」も構わないのだが、セシル曰く「他所の国でイチャつくのは良くない」とのことだ。真面目な彼女らしい。


 ほっとすると同時に、アルベールには、少し意地悪な心が浮かんできた。

 アルベールはセシルの顔を覗き込んだ。


「なら、本当は俺と触れ合いたくて堪らなかったんだな?我慢できないほどに」


「‥‥‥‥‥‥い、言い方がいやらしい」


「触れたくて我慢できそうにないから、仕方なく距離を取っていたと」


「ちょっと、やめて下さいよ!」


 セシルはアルベールの口を塞ごうと手を伸ばす。が、アルベールはその手を掴み、自分の方へ引き寄せた。


「嬉しいよ」


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


 セシルは途端に黙って、目を逸らした。怒るに怒らなくなった彼女の耳は真っ赤になっている。どうやら、惚れた弱みはセシルも同じだったらしい。


「ところで、何故、戻ってきたんだ?レインと買い物に行ったんじゃなかったか?」


「レインと話して、アルベール様を誘おうってことになったんです。今日も無視してしまって、申し訳なかったので‥‥‥」


「それは、嬉しいな」


「この三人でお出かけは初めてですよね?楽しみです」


「ああ。俺もだ」





次話で最後です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「教養もありますし」って、この言動がその結果なら教育失敗しとるやん、て感じですね。 本当に教養が身についているなら、人を貶めるなんてはしたない真似はしない。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ