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39 因果応報、自業自得





「貴方は不当な働きを要求された?」


 アイリスに聞かれて、セシルは目を瞑って、これまでのことを思い出す。


 教会の人間、特に大司教は、セシルのことを何度も殴った。そして、セシルのことを支配して長時間の労働を強制してきた。

 王宮では、殴られることはなかったけれど。それでも、長時間労働は当たり前だったし、エレンが来ると邪魔になったセシルに追放を言い渡して、バルコニーから突き落とした。


 教会や王宮のことを思い出すと、自然と恐怖が湧き上がってくる。


 そっと、隣を見る。すると、アルベールが静かにセシルの手を握ってくれた。

 きっと、彼は何があってもセシルの味方でいてくれるだろう。彼の手に勇気をもらい、セシルは前を向いた。


「私は、王宮と教会のそれぞれで、不当な扱いを受けてきました」


「君、自分の父親に何を言っているんだ!」


「セシル。お前はふざけたことを!妃にしてやると言っただろう!」


 大司教とルーウェンが立ち上がり、セシルに詰め寄る。すると、アルベールはセシルを庇うようにして一歩前に出た。


「俺の妻に近づかないでもらえますか?」


 アルベールが睨むと、大司教とルーウェンは渋々ながら座っていた場所に戻った。王女もいるので、分が悪いと思ったのだろう。


「阿呆な男達は放っておいて‥‥‥他にも何か主張はあるかしら?」


 アイリスに聞かれて、セシルはこれまでの労働環境や暴力のことを手短に話した。それだけでも、充分に聖女保護法の違反に当たる内容だった。


「それから。大司教は、複数の聖女と関係を持って、子供を産ませていたようです。これも、禁止されていることですよね?」


「そうね。そもそも合意がなければ、別の法律にも引っかかるし、それ以前の問題だわ」


 アイリスはゴミ屑でも見るような目線を大司教に向けた。大司教の顔はどんどんと青ざめてくる。


「それからルーウェン殿下は、私をバルコニーから突き落としました」


「話にならないわね」


「そ、それは。セシルが俺のエレンに嫌がらせを‥‥‥」


 ルーウェンは、往生際が悪く、もごもごと小さな声で反論をしようとする。が、セシルは彼の最後の希望を打ち砕いた。


「そもそも、エレンは男ですよ?」


「は?」


「エレンは大司教の息子で、王宮に忍び込むために女に姿を変えていたんです」


「嘘をつくな!」


「本当です。そこにいる大司教に聞けば、すぐに分かります」


 ルーウェンは慌てて大司教を見た。当の大司教は冷や汗を滲ませながらも、慌てた様子のルーウェンを鼻で笑った。


「逆に、何故、今まで気づかなかったのか?」


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥うそ、だ」


 しかし、心当たりがあるのか、彼はすっかり黙ってしまった。青い顔をしながら、「うそだ」とうわ言のように言葉を繰り返している。


「それでは、今回の件は国際法に則って処罰しますので。そのつもりで」


「しかし、王女。それは、この男も同じでしょう!」


 まだ諦めていなかった大司教はアルベールを指差した。


「こいつだって、この女の力を目当てに近づいたに過ぎないはずだ!そうでなければ、こんな醜い‥‥‥」


「口を慎め」


 アルベールは限りなく低い声を出して、大司教の口を手で塞いだ。


「貴様には、セシルの素晴らしさなど、一生分からないのだろうな。俺がどれだけ、そんな彼女を好きか」


 アルベールは、ギリギリと強い力で大司教の口元を締め、解放する。アルベールの勢いに押された大司教は、続きの言葉を紡げなくなった。


「‥‥‥彼の言葉は本当よ。実際、彼とセシルさんの仲がいいことは領地でも有名なの」


 アルベールと領地内を出かけることは何度かあったが、それが功を奏したらしい。多くの人が二人の様子を見かけて、その関係性を噂し、今では二人の仲がいいことは周知の事実らしいのだ。


「しかし、私たちが暴力をふるったという証拠がないだろう?王女、そうですよね?」


 大司教は最後の足掻きとばかりに訴えるが、アイリスは興味ないという風に視線を逸らし、アルベールを見た。


「あるわよ。ね、アルベール」


「はい。これを見て下さい」


 アルベールは懐から数枚の紙を取り出して、彼らの前に差し出した。セシルにも同じものが渡される。そこには、セシルへの暴力や労働時間数などの証言があった。教会の牧師や近隣の住民、王宮の侍女など、沢山の証言だった。


「ずっと、貴方達の不正の証拠を探していたんですよ。時間がかかって、妻との時間が減ってしまったことが遺憾(いかん)でしたが」


 調べた甲斐があった、とアルベールは笑った。

 いつの間にこんなことを調べてくれていたのかとセシルは驚くが、彼が屋敷を開けがちだった理由もようやく分かった。かつて、愛人に会っていると思っていた自分をぶん殴りたくなる。


「とにかく、貴方達には逃げ道がありません。それ相応の罰が‥‥‥とりあえず、二度と表舞台で貴方達を見ることはなくなるでしょう」


 彼らの顔は、真っ青を通り越して、土色だった。隣国の王女がこちらの味方についてくれた時点で、勝敗は決していたのだ。


 因果応報。自業自得。


 最早、憐憫(れんびん)の感情すら湧いてこない。


「貴方達には、私の信頼のおける兵士達をつけておきます。逃げられるとは思わないで」


 アイリスは、セシルとアルベールだけを呼んで部屋を出て行く。セシルが部屋を出て行く直前、後ろを振り返ると、彼らは項垂(うなだ)れて小さくなっていた。






⭐︎⭐︎⭐︎







 セシルとアルベールは、アイリスと共に別の部屋に入った。彼女曰く、国王に事情を説明して、部屋を借りておいたらしい。

 こんな事態になるまで放っておいた国王にも、責任はある。しかし、療養中だった国王の監督責任は、軽い。結果的にいくつかの交渉の上、王位継承権は第一王子ルーウェンから第二王子に移ったらしい。


「そんなに、聖女って大切な存在なんですね‥‥‥」


 国の王が代わってしまうくらい、と。セシルは少し複雑な気持ちで、目線を下げた。


「当たり前よ。聖女は珍しい存在だもの。保護して然るべきなの」


「そう、ですか」


 アイリスはふっと笑って、「それに」と続けた。


「一国の王が、か弱い女の子に手を挙げていたなんて嫌でしょう?」


 その言葉に、セシルは少し笑ってしまう。事務的なことではなく、人として当たり前の感情を優先的に言ってくれたことに、セシルは感謝した。


「そもそも、あんな馬鹿が王位につくと、こっちとしても困るのよね」


「あはは‥‥‥」


 彼女のあけすけな言葉に苦笑いしか出てこない。


「ということで、貴方はしばらく私の国で保護対象として扱われるから。うちの国に来て、滞在してもらうわね」


「え?!」


「当たり前よ。それだけ、聖女は大事なの。既に決定事項よ」


「それは、どうにかならないのか?」


 アルベールが一歩前に出る。彼の落ち着いた反応から見るに、セシルが保護対象になることを知っていたようだった。


「でも安心して、貴方達が結婚していることも視野に入れて一年くらいで帰すから」


「それでも‥‥‥」


「そもそも、私は二人を引き離すことに賛成だから」


 アイリスはアルベールの袖を引く。彼女は、やはり、美の化身なのではないかと疑うほどに美しい。アルベールと並ぶと、本当に絵になるのだ。

 しかし、アルベールは彼女の肩を僅かに押して距離を取った。


「‥‥‥君のことは、妹としてしか見られないと言っているだろう」


「失礼ね。一国の王女よ。それに、もう14歳だから」


「ええ?!」


 セシルは思わず声を上げてしまう。「失礼だった」とすぐに口を塞いだ。しかし、二人にセシルの驚きの声など聞こえていないようで、言い合いのような会話を続けていた。

 聞いてみると、二人は幼い頃から顔を合わせており、幼なじみのような関係性らしい。そのため、アルベールが気を許しているのだ。


 しかし、まさか14歳の少女だとは思っていなかった。大人の女性、少なくともセシルよりは年上だと思っていたのだ。

 セシルはアイリスの姿を盗み見る。やはり、その姿は美しくて。


(やっぱり、お似合いだなあ‥‥‥)


 アイリスが自分より年下であると分かったからと言って、二人がお似合いの美男美女であることは変わりない。これが以前、孤児院に出かけた時に、アルベールが感じていたジェラシーか、と妙に納得する。


 そして、改めて二人を見た時に、「アルベールに相応しい女性になりたい」と思ったことを思い出した。


 思い出して‥‥‥セシルは、アルベールに甘えてばかりでは駄目なのではないかという考えに至った。


「私、行きます」


 アルベールとアイリスは同時にセシルの方を見る。アルベールは、目を丸くして「信じられない」といった表情だ。


 そんなアルベールの元へ、セシルは一歩前に踏み出した。


「私、成長したいんです。アルベール様にふさわしい女性になれるように」


「セシル‥‥‥」


「私は隣国へ行って、沢山のことを学んできて‥‥‥もう一度、あなたの隣に立ちたいです」


 セシルはアルベールの手を両手で包むようにして、握った。


「だから、会いに来てくださいね?」


「ああ。当たり前だ」


 ずっと、知らない内に守られていた。そんな自分が不甲斐ない。だからこそ、別の世界を見てきて、次は自分がアルベールを守れるような存在になりたい。セシルはそう決意を新たにした。


「セシルさんの滞在中には、我が国にいる聖女と一緒に仕事をしてもらうから。その間、この国にはうちの聖女を貸し出すから、安心して」


「はい」


 セシルは頷く。帝国の聖女を派遣することで、今一度、この国の聖者保護の状況を見直すらしい。

 セシルは、自分の他にも同じような境遇の子がいるのではないか。エレンのような子がいるかもしれないと考えていたので、その申し出は有り難かった。


「これから、よろしくお願いします」


「ええ。そうね」


 アイリスはやれやれと首を横に振って、セシルを指差した。


「とりあえず、首筋のそれは隠したほうがいいわよ」


「それ?」


 セシルが首を傾げると、アイリスは手鏡を手渡した。鏡に首元を写して覗き込むと、そこには、赤くて色っぽい痕が‥‥‥‥‥




 セシルはギギギと首を回して、アルベールを見た。彼は気まずそうに目を逸らす。


 心当たりはある。馬で移動中、彼は首元にも顔を埋めていたのだから。それが原因だろう。確実に。絶対に。


 別に、構わない。構わないのだが。

 あの深刻な話し合いの最中、自分はこんなものを晒していたのか。


「〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!」


 以降、一週間。セシルはアルベールと口を利かなかった。




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