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31 王宮のパーティ④




 アルベールと共に王宮のパーティ会場へと戻ると、そこは地獄絵図のようだった。

 猪や熊、蛇など知能の低い獣の魔物しかいなかったが、確実に会場内にいる人に襲いかかっている。魔物から逃げ惑う人、恐ろしくて腰を抜かしてしまう人、勇敢にも立ち向かう人達が入り乱れていて、混沌としている。

 怪我をしている人はいたが、幸い、死者は出ていないようだった。


「致命傷を負っている方はいないようなので、治療は後にします。今は、魔物を倒すことに注力を」


「サポートしよう」


「ありがとうございます。では、魔物を一つの場所に集めて頂けますか?」


「分かった」


 セシルは遠慮なく、アルベールに指示を出した。セシルはそのまま、目の前を彷徨っていた魔物に小さめの攻撃を仕掛けた。


 熊型の魔物は獲物を見定めていたようだが、標的をこちらに定めた。そのままセシルに向かって突進してくる。その足をアルベールが切りつけ、魔物がその場から動けないよう留めた。


「旦那様。集める場所は、会場の中央で!」


「くれぐれも無茶はするなよ!」


「旦那様も!」


 なるべく最小限の力で魔物を浄化したい。その為には、一か所に集めて聖魔法を発動させるのが効率がいいのだ。

 その意図を汲んでくれたアルベールは、セシルとは別方向にいた魔物に攻撃を仕掛ける。

 ちょうど若い女性が襲われていたところだったので、アルベールはすごく感謝されていた。


 一方のセシルも次々に魔物の意識をこちらに向けていく。

 その途中で、以前侍女をしていた子爵家の女の子が襲われていたので、間一髪のところで助けた。彼女はセシルに助けられたことに驚いて、「なんで」と呟いていたが、それに答える余裕はない。




 魔物の大部分を集めたところで、セシルは聖魔法を発動させる準備を始める。ここまでの数を一気に浄化する為、それなりに魔力は使う。


「聖女・セシルの名の元に命ず」


 両手を握り合わせて、聖魔法を発動させる。その瞬間、紫の色がパァッと辺りを照らした。


 その光に反応した魔物たちがセシルに襲いかかろうとする。そこをアルベールが剣で食い止めた。

 振り返った彼は無言で頷く。セシルはそれを受けて、聖魔法の発動を続ける。


「邪を破り、魔物を浄化せよ!」


 ガラスが割れるような音と共に、集められた魔物達が砕け散っていく。そして、それは光となって空気に溶けていった。


 最後の仕上げは、怪我をした人の治療だ。


「聖女・セシルの名の元に命ず。傷つき、病める者に慈悲と癒しを与えよ」


 黒と紫の光の粒がふわりと降り注ぐ。その光に触れると、傷が治るようになっている。皆が息を呑み、その光景に見惚れている。

 大規模な聖魔法を使ったので、流石に消耗が激しい。これ以上は魔物が出ないで欲しい、とセシルは思う。


(そもそも、なんで王宮の中に魔物が入ってきたんだろう‥‥?)


 そんな中で、アルベールはセシルの元に歩み寄り、腕を掴んだ。


「逃げるぞ。嫌な予感がするんだ」


「え?」


 セシルが聞き返すと、パチパチパチと一つの拍手が聞こえてきた。その音の主を見ると、それは第一王子のルーウェンだった。


「素晴らしいな。さすが聖女殿だ」


「‥‥‥‥」


 セシルは静かに彼を睨みつける。魔物が出現した時、彼はいち早くこの場から逃げていた。本来なら、混乱時に統制するための立場にも関わらず、自分の安全だけを優先したのだ。


「なあ、皆もそう思うだろう?彼女は素晴らしい聖女だと」


 その問いかけに皆が「確かに」と頷き始めた。今までは、セシルに厳しい目しか向けなかった者たちが、セシルの力を認めているのだ。それは、本来なら喜ばしいことではあるのだが‥‥

 嫌な予感がする、と。アルベールがそう言っていた理由が、段々と分かってきた。


「さて。素晴らしい聖女殿に提案だ。今回の騒動を止めてくれた功績として、君の追放を撤回したい」


 その言葉に「おおっ」とどよめいた。ほとんどの人がその提案を好意的に受け止めているようだ。


(冗談じゃない‥‥)


 セシルがそう思っても、周りは違う。


「だから、王宮に戻って来い。セシル」


 ルーウェンは自信満々に、手を差し出す。その手を取ることを皆が期待しているようだった。


 もし、ここで断ったらどうなるだろうかとセシルは考えた。ルーウェンとセシルの二人で話していた先程の状況とは明らかに違う。

 皆が注目しているこの場で断れば、きっと第一王子に恥をかかせることになるだろう。

 そして、王族への不敬に当たる可能性もあるのだ。それはつまり、アルベールへ迷惑をかけることになる。


 そこへ、アルベールがセシルの前に出てきた。


「待って下さい。妻は混乱しています。この場で返答を求めるのは酷では?」


「黙れ。伯爵風情が」


 ルーウェンは周りが賛同している空気に、強気になっていた。アルベールを黙らせることに成功すると、彼は顔を緩めた。


「まあ、しかし。貴様の言うことも一理ある。このように皆の前では返答しづらいだろうから、別室で話を聞きたいと思う」


「‥‥‥」


「それに、君から脅されているから返答できないことも考えられる」


 セシルはルーウェンを睨みつけた。そんなことあり得ないのに。アルベールは、誰よりも優しいのに、と。


「そんな顔をするな。別室で話を聞くだけだ。何も問題はないだろう?」


「しかし‥‥」


 それでも尚、食い下がろうとするアルベールの袖をセシルは引き、首を横に振った。これ以上は、周りの心象を悪くするだけだろう。


「殿下、行かせて頂きます」


「よし」


「しかし、話が終わればすぐにアルベール様の元に」


「相分かった。お前をしっかりと帰すことを約束する」


 ルーウェンは、セシルの言葉にすんなりと頷いた。こちらが拍子抜けしてしまうほどに。とにかく、言質は取れた。危険はないと見ていいだろう。


「さて、彼女は預かる。個室を用意させるから、貴様はそこで待ってろ」


「‥‥‥承知致しました」


 アルベールは納得していないようだったが、一旦引き下がった。セシルとアルベールは一瞬だけ目を合わせて、言葉を交わさない。


 そのままセシルは、ルーウェンに連れられて会場外へ出て行った。






⭐︎⭐︎⭐︎






 セシルが連れてこられたのは、王宮にある応接間の一つだった。部屋の中にはローテーブルとソファ。それに、天使の描かれている絵画などが置かれていた。


 ルーウェンはセシルをその部屋に入れると、別の用があるそうで、その場から去ってしまった。


 連れて来られたのはこちらなのに、彼を待たなければいけないらしい。


(早く、アルベール様のもとに戻りたい)


 そんな風に考えてしまうのは、アルベールへの自分の気持ちを自覚したからなのか‥‥‥


「‥‥‥‥‥‥‥‥!!」


 突然、後ろから布で口を塞がれた。ふわりと甘い匂いが口や鼻の中に入ってくる。


(これは、まずいかも‥‥‥)


 そう思った時には、セシルは足から崩れ落ちていた。



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