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28 王宮のパーティ①




 会場に足を踏み入れた瞬間、ザワリと空気が揺れた。そして、セシルに注がれる様々な視線。

 好奇、嫉妬、嫌悪など。セシルにとって、気持ちのいいものは一つもない。


(なんだか、懐かしいな)


 王宮にいた頃までは、こんな視線によく晒さられていた。ウィンスレット家では、ずっとレインが守っていてくれたし、味方も多かった。


 セシルは揚げ足を取られないように、と背筋を伸ばす。しかし‥‥


 歩くたびに通りすがった令嬢達が「ほお‥‥」と息を吐いた。最初は怪訝に思っていたセシルだったが、隣を歩いている彼を見て「なるほど」と納得した。


 令嬢方は、アルベールを見て、その美しさに心を奪われているのだった。一方のアルベールは、そんな令嬢達に目もくれず、興味ないといった表情だ。


「‥‥‥困ったな」


「何がですか?」


「男どもが君に視線を送っている」


「正気ですか?」


 セシルは「信じられない」といった視線をアルベールに向けた。


「むしろ、ご令嬢方が旦那様に熱い視線を送ってますよ」


「正気か?」


 お互い顔を見合わせて、首を振る。認識の齟齬に、互いが呆れ合っている。そんな話をしていると、二人ににじり寄る影が複数。


「伯爵様。お久しぶりです」


「‥‥‥ああ。久しいな」


 話しかけてきたのは、三人の女性。癒し系、お色気系、可愛い系とタイプの違う美人が並び、アルベールに話しかける。


「そちらの方は、奥様でしょうか?はじめまして」


「はじめまして。セシルと申します」


「私達は‥‥‥」


 三人はそれぞれ名前を告げる。苗字が同じなので、三姉妹のようだ。


(‥‥‥聞かれてるな)


 話の途中で、セシルは周りからの隠しきれない視線を感じた。

 周りは、アルベールがなんて答えるのか

 おおよそ、この結婚の意図を聞きたいと言ったところだろう。


「それにしても、アルベール様がご結婚なんて驚きましたわ」


 三人の中で代表するようにお色気系の令嬢がそう話題を振る。それに合わせて他の二人も相槌を打つ。


「本当に、どなたにも(なび)かなかったアルベール様と聞いて、おどろきましたわ」


「ご結婚相手はさぞ条件がよくて素敵な女性なのだと話しておったのですよ!」


 探るような言葉だ。アルベールの反応を窺っている。それに対して、アルベールは、セシルを|本当に愛おしくて仕方ない《、、、、、、、、、、、、》という風に見つめて、セシルの腰を抱いた。


「ああ。俺は彼女を愛しているからな。本当に彼女と結婚できてよかったと思っている」


「なっ‥‥‥」


 彼女達は、顔を一瞬こわばらせたが、すぐに笑顔を浮かべてセシルに目を向けた、


「ほほほ。お熱いのですね。では、セシル様はどう思われているのかしら?」


 セシルは、しばらく黙っていた。しかし、覚悟を決めてアルベールに寄り添った。


「わ、私も。アルベール様を愛しておりますので嬉しいです」


「‥‥‥」


 これは、作戦だ。この契約結婚を守るために、「愛し合っている」夫婦を演じることで、王宮の付け入る隙を無くそうとあうものだった。

 だから、これはただの演技だ。そう考えると、セシルは少しモヤモヤとしたのだがー‥‥‥


(アルベール様、演技に熱が入りすぎじゃない?)


 本当の本当に愛おしそうに見つめるから、セシルもどうすればいいのか分からなくなり、胸の奥がキュウと鳴るようだ。


 そんな風に愛し合う夫婦を演じると、三人のご令嬢はいよいよ顔をひくつかせた。


「仲がよろしいようで、よかったですわ」


「それでは、ご機嫌よう」


「ご機嫌よう」


 去って行った彼女たちを皮切りに、沢山の人がアルベールの元に群がって行った。


 このように、めまぐるしいと感じるほどに次々に挨拶に来る人々に、言葉を返していく。


「ウィンスレット伯爵。お久しぶりです」


「子爵。久しぶりだな」


 小太りの男性が近づいてきて、アルベールに話しかけた。彼は冷や汗をかきながら、必死にアルベールの顔を窺っている。セシルの方は見向きもせずに、ないものとして扱っているようだ。


 アルベールはセシルに耳打ちする。


「君に嫌がらせをしていた侍女の父だ」


「なるほど‥‥」


 分かりやすい説明にセシルは相槌を打つ。

 例の彼女はウィンスレット家から解雇されて、雇ってもらえるような家は無くなってしまったという。また、婚約の話もこなくなってしまったらしい。


 そのため、間接的とは言え、その元凶になったセシルは恨みの対象なのだろう。目に入れたくないのも分かる。


「この度は娘が伯爵様にご迷惑をおかけして申し訳ございません」


「俺に、ではなく。俺の妻に迷惑がかかっているのだがな」


「ああ‥‥‥」


 子爵はチラリとセシルを冷淡な目で見る。笑いこそしなかったものの、小馬鹿にするような雰囲気は消し切れていない。


「それは大変失礼いたしました」


「‥‥‥‥」


 アルベールは、彼に何かを言おうとする。が、それはすぐに打ち消された。


「アルベール様ぁあ!!」


 悲鳴に近い甲高い声が響いたからだ。ドドドドという足音ともに、アルベールに近づく金髪縦ロールの女性。

 例の侍女だった。彼女は赤いドレスを着てメイクをバッチリに決めている。そして、走ってきた勢いのままアルベールに抱きついた。


「会えなくて寂しかったですぅ」


「‥‥‥」


「こらっ!やめなさい!!」


 子爵が嗜めるが、彼女は離れる様子がない。アルベールも、露出度の高いドレスに身を包んでいる彼女を無理やり引き剥がすことは出来ないようだった。


 彼女はアルベール越しにセシルと目が合うと、アルベールから離れる。そして、ビシッと指をさした。


「セシルさん!今回はあなたの性格のよさに負けましたけれど、私だっていい人を見つけて、あなたよりも幸せになるんだからねっ!」


「やめなさい〜〜!!」


 すみません、と謝りながら子爵は娘を引きずって行く。そんな姿を見ていると、セシルは彼を少しかわいそうに思った。


 彼女がいなくなったことで、嵐が去って行ったように、急に静かになる。アルベールはセシルと目があった瞬間、すぐに口を開いた。


「俺は、触れてないからな」


「何も言ってませんよ」


 セシルは本当に気にしていないのだが、「しかし‥‥」とアルベールは弁明を始める。そんな姿は珍しいので、少し面白いと思いながらセシルはその様子を見ていたのだが。



「本当に、あなたは変な女性に好かれるわね」



 その時、後ろから凛とした声が聞こえた。


「‥‥‥‥アイリ‥‥ス?」


 振り返ると、そこにいたのは黒髪の女性。色白な肌に赤い唇と瞳、黒い髪が引き立つ。

 珍しい髪色もさることながら、儚さと色香と愛らしさを備えた女性だった。


 先程の三人の美人が束になっても敵わないほどの美しさだ。もちろん、セシルなんて足元にも及ばないー‥‥


「元気だったかしら?アルベール」


「ああ。君も元気だったか?」


 アルベールは、そんな彼女にこれまでの女性への対応と違い、親しく答えた。



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