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25 君を見せたかった、見せたくなかった。






「また、無茶をして‥‥」


「すみません」


 アルベールは、全身水に濡れたセシルを見て、ため息をついた。

 セシルは院長から着替えを借りて、アルベールが部屋から出ている間にさっさと着替えた。


 あの後、セシルはすぐに助け出されて何事もなかった。というのも、近くに院長先生がいたので、彼がすぐに川に飛び込んでセシルを救出してくれた。川があるのが孤児院の近くということで、子供達がそこに落ちてしまうのも珍しくないという。




 髪を拭いていると、扉がノックされたので「どうぞ」と言う。アルベールが中に入ってきた。


「着替えられたか?」


「はい。髪はまだなのですが‥‥」


 早くしないと、と髪を拭くスピードを上げると、アルベールはセシルの手を掴んだ。


「あまりかき乱すと、髪が痛む。貸してくれ」


 アルベールはそう言って、セシルからタオルを取った。そのままセシルの髪を撫でるように水分を拭き取っていく。

 その仕草が慎重すぎるくらいで、少しくすぐったく感じた。


「今日は、どうして連れてきてくれたんですか?」


「それは、俺一人だと荷が重かったからな」


「それ、嘘ですよね」


 セシルは子供達から聞いたのだ。アルベールは毎回、一人でこの場に赴いていると。ならば、セシルは必要ないはずだ。


「そうだな。‥‥もう少しで、王宮のパーティがあるだろう?」


 セシルはそれを聞いて少しドキリとした。王宮のパーティはもうすぐそこまで迫っていたのだ。


「その時に、所詮、契約結婚だと言われて君の引き渡しを言い渡されるかもしれない」


「‥‥‥」


「それを避けるためにも、なるべく妻としての君の姿を多くの人に見せたかったんだ」


「なるほど」


 (だから、お姫様なんて言ったのね)


 セシルはアルベールの本日の言葉を思い出して、赤面した。


 熱を覚ますため、セシルは懸命に邪念を払おうとしたのだが、アルベールがセシルの耳をそっと撫でたことで、それは阻止された。その感覚に、セシルはびくりと体を揺らす。


「だが、少し後悔もしている」


「な、何故ですか?」


「あのジャックとかいう子供、君にいやらしい視線を送ってなかったか?」


「は?!」


 その間も、アルベールの手はセシルの髪を優しく撫でていた。髪の流れに沿って、時々は逆らいながら。


「送ってませんよ!相手は子供ですよ?」


「そうだが‥‥‥彼と君の年齢差は、俺と君の年齢差と大して変わらないんだぞ」


「なんですか、それ」


 セシルは脱力した声を出す。年齢差だけを見ると、そう思うかもしれないが、セシルが訴えた通り、相手は子供だ。何より、セシルの見た目は決して麗しいとは言えない。子供がセシルに恋愛感情を持つなどあり得ないはずだ。


 しかし、アルベールは納得していないようだった。


「君を見せたいと思って来たが、君の綺麗な姿を見せたくなかったような気もしてな‥‥」


 今度は別の意味でドキリとした。そのまま心臓は鳴り続ける。


「すまないな。勝手なことを言った」


 本当に勝手ですよ、とセシルは口を尖らせた。アルベールは苦笑しながら、軽く謝る。


「それで、彼はどうだったんだ?」


「少し、お説教しちゃったので。反省ですね」


 セシルはアルベールに身を預けつつ、目を瞑った。そして、かつての自分のことを思い出した。


「彼は、何も信じたくなかった日の私と少しだけ似ています」


「それは、王宮でのことか?」


「いえ。教会でのことです」


 それも、まだセシルの母が生きていた時だ。セシルは、この見た目と父が誰か分からないことから、教会では冷遇されていた。

 それがどうしようもなく嫌なことに気づかず、人に酷い言葉を浴びせてあたったりしていた。更に、セシルには聖魔法という珍しい魔法があったから、それを悪用した悪戯なども度々していた。

 そんな時に、母に言われたのだ。「不遇が人を傷つけていい理由になったり、迷惑をかける大義名分にはならない」「辛いのなら、その中に幸せを見つけなさい」と。

 授かった力は人の役に立つために使いなさい、とも。


 だから、セシルは今まで何をされても聖魔法でやり返さなかった。


「素敵な母親だな」


「そうですね」


 セシルはふと、母にアルベールを紹介したらなんて言うだろうかと考え、やめた。

 母がいれば、今頃も教会に留まっていただろうし、王宮から追放されることもない。そして、アルベールと契約結婚をすることもなかっただろう。


 しかし、アルベールは何もかも見透かしているかのように、セシルを見つめて目元を和らげた。


「もし叶うなら、君の母に会いたかったよ」


「‥‥‥私も、会って欲しかったと思っていました」


 少しだけ、声が震えた。同じことを思ってくれたことが、嬉しくて仕方がなかった。


「今度、お墓参りに行こうか」


「はい」


 セシルはアルベールを振り返り、笑顔を向ける。すると、アルベールはセシルの髪にキスを落とした。


「な‥‥‥‥っ!」


「乾いたぞ」


「生臭いでしょう‥‥!」


「そこなのか」


 アルベールは呆れたような声を出す。しかし、川に落ちた後なのだ。生臭くないか、不快にさせてないか、そればかりが気になってしまう。


「君で不快になることなんてないが‥‥‥」


 話しながら、アルベールは後ろを振り返る。すると、すぐに扉からノック音が聞こえてきた。


「君に来客のようだな」


 控えめに扉が開く。そこには、ジャックが立っていた。


「あ、あの‥‥‥」


 おずおずと彼は前に出る。どう話せばいいのか分からないようだ。セシルは彼の前に行き、膝をついて目線を合わせた。


「俺、悪気は全然なくて」


「うん。知ってるよ」


 川に落ちた時、すぐに彼が川に飛び込んだのが見えた。院長先生はセシルとジャックの二人を救出しなければいけなくなり、大変だったが。


「ごめんなさい‥‥」


 彼は、院長先生にもしっかりと怒られていて、本当に反省をしているようだった。許すも何も、セシルは彼に怒っていない。ここで「いいよ」と言えば終わりだ。だがー‥‥


「だめ。許さない」


「えっ‥‥‥」


「それは、そうだよ。あんな危ないことしたらダメでしょう」


 彼の勝手に外へ出るなどの行動は、一歩間違えれば、自分やその仲間を危険に晒すものだった。それに、彼自身、攻撃的な言葉を繰り返して、いいことは何もないだろう。


「次に会う時までに、君が幸せに感じたことを教えて。そしたら、許してあげるから」


 だから、セシルは「許さない」という選択肢を取った。


 「ね?」とセシルは微笑みかける。ジャックは恥ずかしそうに顔を赤らめた。



 その後ろでアルベールは「やっぱり、連れてこなければよかったな」と呟いたが、それがセシルに届くことはなかった。



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