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24 アルベールの視察先②





「そいつは、魔女なんだぜ?」


「魔女、だと?」


 ビリビリと空気が震える。アルベールとジャックは一触即発の様子だった。


「魔女ってどういうこと?」


 その中で一人の女の子が純粋な疑問として聞く。ジャックは、アルベールから目を逸らしてニヤリと笑った。


「教えてやるよ。そいつはな、王宮から追放された悪ーい魔女なんだ」


「王宮??」


「そうだ。聖女・エレン様をいじめて追い込んだんだ。そのせいでエレン様はいなくなってしまったって、もっぱらの噂だぜ?」


 それを聞いた子供達は「えー」と声を上げる。


「そうなの?」


「そもそも、今歌ったやつだって、聖女様と王子様の物語に出てきてるだろう?その中で、そいつは悪い魔女」


 セシルは彼が言わんとしている物語を思い出す。

 それは、一人の美しく心優しい聖女と立派な王子様が惹かれ合い、恋に落ちるストーリーだった。先程歌ったお姫様の歌は、聖女が王子様と結婚することを夢見る歌で、物語を大きく盛り上げる役割を果たしているのだ。

 そして、もう一人の聖女に擬態した魔女が尽く二人の仲を引き裂こうと暗躍する。

 それは、エレンとセシルを暗に示しており、ロマンチックな実話として巷で人気になっていたのをセシルは知っていた。


 なんて答えればいいのかと迷っていると、険しい顔をしたアルベールが一歩前に出た。そして、子供達に目線を合わせるようにして屈む。

 そして、少しだけ顔を緩めると、静かに話し始めた。


「確かに、その話の魔女は悪い奴だったな。けれど、それは悪の魔法をかけられていただけなんだ。だから、皆勘違いをしているだけで、彼女は悪者なんかではないよ」


「え?」


「そうなの?」


「そうだ。‥‥‥だから、悪の魔法から解き放たれた彼女は、優しいお姫様だ」


「悪の魔法ってどうやって解いたの?」


 ある女の子の質問に、アルベールはふっと笑みを漏らし、口元に人差し指を当てた。その瞬間、色気がブワッと花開く。


「なんだと思うか?」


 目の前にいた女の子たちは顔を赤くした。一方で、ほかの子供達は口々に言葉を発し始める。


「キスだ!!」


「真実の愛!」


「やっぱり、王子と姫だ!!」


 ワイワイ、キャッキャとはしゃぎ始める。彼らにとって、悪い魔女の話よりこちらの話の方が魅力的だったのだろう。

 しかし、ジャックはそれに納得するはずがなく、顔を真っ赤にさせて怒りをあらわにしている。


「なんだよ!俺よりそいつの話を信じるって言うのかー‥‥」


「やめなさい、ジャック!!」


 彼の後ろには、いつの間にか院長が立っていた。彼はジャックの取り巻きの男の子達を抱えていて、既に説教済みのようだった。


「この方々は、我々の生活を支援してくださっているんだ。感謝を忘れる人間になってはいけないだろう!」


「‥‥‥」


「謝りなさい!」


 しばらく俯いていたジャックは、院長と私たちを睨んで走って外へ逃げて行ってしまった。


「ジャック、待ちなさい!」


 院長は二人の子供を抱えているため、彼を追いかけることが出来ない。


「お見苦しいところをお見せしてすみません。今すぐ、彼を捕まえて謝らせますので」


「いや、その必要はない」


「しかし‥‥」


「あの」


 セシルはその中で静かに手を挙げた。


「私、彼を追ってもいいでしょうか?」






⭐︎⭐︎⭐︎







 セシルは外に出て、ジャックの姿を探す。孤児院の庭に姿がなかったため、孤児院から少し外に出るが、なかなか見つけるのが難しい。

 院長先生は、彼は怒られるのも顧みずに脱走することが時々あると言っていた。危険だからやめて欲しいと思っている、とも。


(なんだか放っておけない‥‥)


 セシルは、彼が去っていく直前に悲しげな顔をしていたのを思い出した。それは、誰も信用できないという意志を持った顔だった。そして、セシルはそんな彼と過去の自分を重ねていた。


 しばらく歩いて、ようやく橋の上で川を眺めているジャックを見つけた。


 セシルが近づいていくと、彼はびくりと体を震わせて飛び上がった。


「な、なんだよ」


「あなたを追いかけて来たの」


「なんで追いかけて来るんだよ」


 彼はギッとセシルを睨む。


「そうね。‥‥私とあなたが似てると思ったからかな」


「はあ?似てる訳ねーだろ。聖女としてチヤホヤされてきて、追放されても拾ってもらえるお前には」


 彼は自嘲的に笑い、自分のことを話し始めた。セシルはそれを黙って聞く。


「お前には想像つかないかもしれないけどよ、俺は親に捨てられたんだぜ?それで連れて行かれた孤児院は、経営破綻ですぐ潰れるしよ」


「そうだね。その人の辛さはその人自身しか分からない」


 セシルだって、これまで経験してきたことの辛さは、誰にだってわかってもらえないと思っている。そして、同様に他人の辛さも分かるわけではない。しかし、理解して歩み寄ることは出来ると思っている。


「でも、辛いのはあなた一人じゃないし、一人だけの世界に閉じこもっていたら余計に辛くなるだけ」


「はっ聖女らしく慰めてくれるのか?可哀想って?生憎、間に合って‥‥」


「違うよ」


 セシルは真っ直ぐと彼を見つめた。


「甘えるなって言ってるの」


「え?」


 彼は平手打ちを喰らったかのように、呆然とした表情を浮かべた。


「確かに、あなたは不遇かもしれない。けれど、それが人を傷つけていい理由になったり、迷惑をかける大義名分にはならない」


 そしたら、人は彼を可哀想な子だと言うだろう。自分よりも下に見て。自分より下の奴が言うことなんか放っておけ、と。


「辛いのなら、その中に幸せを見つけなさい」


「幸せなんて‥‥」


「幸い、あなたには心配してくれる先生や仲間がいるでしょう?それは、充分な幸せだよ」


 セシルが横を向くと、そこには院長先生や彼の取り巻きだった男の子達が不安そうにこちらを見ていた。


 それはセシルがずっと知らなかったこと。アルベールと出会って、知れた温かいものだった。


 彼はカァッと顔を赤くした。そして‥‥‥


「なんだよ!お前には分からねーよ!」


 そう言いながら、彼はセシルを突き飛ばした。


 ほんの子供の力だと思っていたのだが。軽いセシルの体はすぐに傾いた。そして、二人は橋の上におり、すぐ下には川があった。確か、前にもこんなことがあった。王宮から追放された時だ。


(落ちる‥‥‥!)


 そう思った時、焦った表情でこちらを見るジャックの顔が目に入った。



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