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2 愛する気満々なのですか?





 これまでのセシルは1日20時間労働が当たり前だった。もちろん体調など、すぐに悪くなる。しかし、セシルは自身に癒しの聖魔法をかけることで、ボロボロの体をなんとか持ち堪えていた。


 身なりを整える時間なんて全くなかった。だから、セシルよりも美しかった新しく来た聖女の子はより好かれていた。


『あんたも、あの方を見習えばいいのに』


『どうしてそんな格好で平気なのかしら』


『寄るな触るな。言われた仕事だけしていろ』


 昨日のことのように、かけられてきた言葉が耳に蘇る。セシルはそれらの言葉を強気に()ね返してきたが、それでも傷つくこともあった。けれど、そこでの生活も教会よりはマシ。


 (けが)れた存在として折檻(せっかん)される日々に比べたらと、何度も涙を飲んだ。


 だから、少し休みが増えて栄養を取れたらいいなとは思っていたが、伯爵家に来ても同じくらい働くことは覚悟していた。


 なのに、契約を交わしてから旦那様はセシルを仕事に連れていくことはなく、既に1週間以上が過ぎていた。働くことが何もない。それどころか、旦那様は契約をした後、仕事があると言って何日か屋敷を空けていた。

 そのため、何をしたらいいのか分からず、生まれて初めてダラダラと怠惰(たいだ)な日々を送っていた。


 セシルは、部屋に飾られている一輪の花を愛でて、思わずため息をついた。


 コンコンと扉を叩く音がする。「どうぞ」と声をかけると、「失礼します」と言って1人の女性が入ってきた。


「奥様、昼食のお時間です」


 彼女の名前は、レイン。この屋敷の侍女頭らしく、今ではセシルの専属侍女としてこのように食事の給仕をしてくれたりしている。

 (つや)やかな黒髪、涼しげな目元を持つ彼女は、クールビューティーの体現者のようだと、セシルは密かに思っていた。


 これまで「聖女」だの「小娘」だのと呼ばれることが多かったので、「奥様」といった畏った呼ばれ方は、まだ慣れない。


 そんなことをぼんやりと考えている間にも、レインは次々に机に料理を用意してくる。


 前菜、スープ、魚料理、口直し、肉料理、デザート‥‥‥

 出されていく料理に手をつけていく。それは、私が今まで食べたことのない量の食事で、最初はクラクラと目眩を覚えた。


 しかし、いつ食にありつけるか分からない生活を送っていたことから、食べ物を残すことには抵抗があり、更に不思議なことに、どんなに食べても食べ足りないと感じるのだ。ということで、セシルは毎回完食を果たしていた。


「‥‥‥奥様。僭越(せんえつ)ながら、無理して食べる必要はないです」


「大丈夫、無理はしていないよ」


 こうレインが声をかけてくるのもいつものこと。しかし、何回か言われているので、さすがに気になってきた。


「もしかして、私って食べすぎなのかしら?」


「一般的な量よりは、少し‥‥‥いえ。かなり多いかと」


「そうなの‥‥‥‥」


 確かに、用意されたものは少し多いなと思っていたが、「かなり」多いとは思わなかった。


「これは、奥様の好みが分からなかったアルベール様が命じられているだけで、残しても問題はありませんので。もちろん、食べ切っても頂ければ、それだけ厨房の者が喜びます」


「旦那様が?」


「はい。ただ一言、『ありったけ食わせろ』と。奥様があまりに痩せていらっしゃるから心配されたのですよ」


「心配‥‥‥‥?」


 心配って、とセシルは怪訝に思う。それはあり得ないはずだ。だって、彼は言ったのだ。「愛するつもりはない」と。


 しかし、だ。豪勢な部屋に、食事、立派な侍女、心配、そして‥‥‥‥


 セシルはチラリと窓際に飾られている一輪の花を見た。そこにあるのは、旦那様がセシルに贈ったものだった。セシルが屋敷に来てから、


(まるで、「愛する気があります」と言われているみたいね)


 しかし、セシルは首を振る。そんなことはあり得ない、と。実際、彼が欲しいのは聖女としての力のはずだ。


(これも全て私への機嫌取りって思うと、少しだけムカつく気がする)


 セシルがここに来てから姿を見せないのも、愛人か何かのところへ行っているのだろう。


 そう考えていると、扉からノックが聞こえてくる。私が「どうぞ」と言うと、勢いよく扉が開いた。


「失礼します!!奥様、お変わりありませんか?!」


 入ってきたのは、栗色の毛を持った男性だった。


「エリックさん。少々、声が大きいかと」


「ふぁ?!レインさん!!すすすすすみません!!」


 レインの姿を見て驚いている彼は、筆頭執事のエリックだ。少々粗忽(そこつ)な面があるが、非常に有能な人物であるため、旦那様がいない時に屋敷のことを任されている人物だった。


 レインの存在にびっくりしていた彼は、深呼吸の後、困ったように彼女に話しかけた。


「レインさんも、お変わりありませんか」


「こちらはありません。侍女の方も問題ないかと」


「‥‥‥そうですか」


 一瞬、目線を下げた彼はすぐに「あっ」と言って、セシルの方を向いた。


「奥様!アルベール様からのプレゼントが庭に届いておりますので、よろしければ見に行ってみて下さい」


「庭に?」


「はい!ものすごく立派なのでぜひ!それでは、失礼しますね」


 彼は言うだけ言って、嵐のように去って行った。お陰で庭にあるものが何か分からず仕舞いだ。

 レインはポカンとしているセシルに申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ございません。ただ、エリックさんに悪気はなく‥‥」


「分かっているわ」


 彼はとてもいい人なのだ。セシルは、ここでの短い生活でよく分かった。

 忙しそうの中でも、会うたびに「元気か」「困っていることはないか」とニコニコと聞いてくれて、そこに何も悪意はないことは明白だった。


「とにかく、何があるか気になるから、庭に行ってみるね」


 セシルが立ち上がると、レインも「ついて行きます」と一緒に来てくれることになった。


 部屋を出ると、沢山の侍女や執事が働いている。セシルの姿を見ると、中にはヒソヒソと悪意を持った声を上げる者もいた。「汚らわしい見た目」「買われた女」「旦那様に媚びている」など、とね。


 それを聞いたレインは、ジロリとその侍女たちを睨んで、セシルに話しかけた。


「‥‥‥‥‥消してきましょうか?」


「いやいや!直接何かされたわけでもないのに」


 セシルは慌てて首を振った。が、レインの目は‥‥‥据わっている。


「しかし、あのまま放置しておけば、奥様に害をなす可能性も有り得ます」


「害をなすって、暗殺とかそういう危険性のこと?」


「いいえ。そこまではいきませんが」


 セシルはその言葉に小さく笑みを洩らした。多少の攻撃くらいなら、聖魔法を使って余裕で躱せる自信がある。


「なら、大丈夫だよ」


「しかし‥‥‥」


 それでも、レインの顔は晴れないので、セシルは詳しく説明することにした。


「嫌がらせなら、もっと平気。王宮でもそういうことあったんだ。物を隠されたり、大勢から呼び出しをくらったり‥‥‥」


「‥‥‥‥‥」


「それでビンタされてビンタし返したりね」


「‥‥‥そうなのですね。ちなみに、その後は何かありましたか?」


 レインは少し考えた後、様子を窺うようにしてセシルを見た。


「何回かそういうことあったけど、大抵ビンタ合戦になったかな」


「‥‥‥‥なるほど」


 あれは大変だった。相手は5人くらいいるのに、こちらは1人しかいないのだから。

 しかし、あれで連続ビンタの才能はついた気がする。その才能をどこで発揮するのかは謎だが。


「奥様は大変お強くていらっしゃいますね」


「はは、よく言われるかも」


 何せ、”最恐聖女”なのだ。セシルは後ろに付いているレインを振り返って微笑んだ。


「だから、レインも私の侍女になったことで何かされたらすぐに私を呼んで。応戦に行くわ」


「それは頼もしい」


 顔を見合わせてふふっと笑い合う。よかった。少しはレインと打ち解けられたかもしれない。


 と、ちょうど屋敷を出て、庭までたどり着いた時だった。


「ば、化け物!!」


 悲鳴にも似た声が聞こえてきたのは。



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