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14 その頃の王宮は





 

 セシルとアルベールがピクニックから帰ってた、ちょうどその頃の王宮。


 そこでは、第一王子のルーウェンが優雅に食後のワインを(たしな)んでいた。お気に入りの侍女を隣に座らせて、接待をさせる。


 しかし、彼の気分は晴れなかった。


(エレンでもいてくれたらな‥‥)


 エレンとは、現在、王宮にいる聖女の名前だ。エレンは美しく、気立てがよく、身分も高かった。そして、聖女としてよく働いてくれた。それこそ、セシルがいなくなる前は、以前よりもはるかに多くの仕事をエレンはこなしてくれた。

 にも関わらず、セシルは「エレンが仕事をしていない」と主張し、仕事量を減らしてくれと要求してきた。その要求が通らないと分かると、エレンに嫌がらせをしてきたのだ。

 確かに、セシルとは違い、エレンは魔獣狩りはしたことがない。しかし、人には得て不得手がある。セシルの聖魔法が攻撃力が高いから、魔獣狩りを任せていた。それだけだ。


 エレンが嫌がらせに耐えられなくなった時に、ルーウェンに泣きついて「助けて欲しい」と懇願(こんがん)してきたのだ。だから、ルーウェンはセシルを追放した。


 ‥‥‥‥なのに。


「殿下!」


「なんだ。今、忙しいんだ。後にしてくれ」


 ルーウェンは侍女に膝枕をしてもらっていたが、突然開いた扉に薄目を開けた。


(ノックも無しに扉を開けるなんて、礼儀のなってない奴だな。あとでクビにしよう)


「城下に魔物が出現していて、混乱が起きています!どうか、ご指示をお願いいたします!!」


「‥‥‥エレンは?」


「まだ帰ってきておりません!!」


 ルーウェンは、チッと軽く舌打ちを打つ。今日は、エレンから休暇を申し入れられていたのだ。彼女は、セシルがいなくなってから、自責の念で病んでしまっていた。そのため、聖女としての仕事も(はかど)らず、城下には魔物が頻出していた。


(それでも、美人だから許せるけれど)


 セシルとは違い、美しい見た目をしている彼女は、自然と庇護欲が湧いてくる。だから、この日、急に休暇が欲しいと言われた時も快くオーケーした。


 だが、これではあまりに働かな過ぎではないだろうか?


「‥‥お前たちでなんとかしろ。セシルと魔獣狩りは何度もしていただろう。慣れているはずだ」


「そ、それは‥‥‥」


 目の前のそいつは、気まずそうに目を逸らす。魔物を狩るだけなら、一般の人間でも出来る。浄化などの処理などに聖女が必要なだけだ。だから、エレンを出すまでもないだろう。


「もう、限界なんです!!あの聖女様の力がなくなったから、被害が‥‥‥」


「とにかく、エレンにこれ以上の仕事はさせられない」


「‥‥‥‥もう、時間の問題ですよ」


「貴様らでなんとかしろ」


 彼は王子であるルーウェンに返事もせずに、バタンと扉を開けて乱暴に部屋から出て行った。


 ルーウェンは、また侍女の膝の上で目を瞑った。


 セシルがいなくとも、エレンがいてくれるから、王宮はうまくやれる。そのはずなのに、ここ最近、何かがおかしい。


 エレンの調子が悪くなり、聖女の務める仕事が滞っている。魔物も蔓延(はびこ)っている。部下たちの様子も反抗的。


 歯車が一つ抜けただけなのに、何か大きなものが動かなくなっている。ルーウェンはそんな心地がした。


「なあ、お前はどう思う?」


 ルーウェンは起き上がり、その場にいた侍女に尋ねる。が、彼女の様子がおかしい。いつもなら、ルーウェンの話すことに笑って頷くだけの頭の弱い女なのに、にこりとも笑みを見せないのだ。


「お前?」


 彼女はしばらく虚空を見つめていたが、やがてニヤリと口を大きく開いた。


「‥‥‥‥‥‥なっ」


 そして、彼女‥‥‥いや、彼女だったものはメキメキと姿形を変えて、やがてそれは人型の巨大な魔物へと変化していった。


「やめろ‥‥‥」


 その魔物は、ニタニタ笑いながらジワリジワリとルーウェンに近づいていく。ルーウェンは後ずさるが、やがて壁にたどり着いてしまい、それ以上逃げることが出来ない。


「やめろ、やめてくれ‥‥‥」


 ルーウェンを追い詰めた魔物は、大きく口を開けた。そのまま‥‥‥


「うわああああああああああ」


「エレンの名の元に命じる。爆ぜろ」


 ふわりとしたその声と共に、魔物の体はバラバラと崩れていく。ルーウェンの目の前には、金髪に美しいラベンダー色の瞳を持った女性が立っていた。


「エレンか」


「遅くなりました。殿下、申し訳ございません」


「いや、いい。ありがとう」


 ルーウェンはエレンから伸ばされた手を握り、立ち上がった。


「なんか、城下の方大変なことになっているみたいですね」


「ああ。だが、君は気にしなくていい」


 ルーウェンは助けてくれた彼女への感謝から、そう言った。本当は聖女としての仕事をして欲しい気持ちもあったが、仕方あるまい。何よりも、彼女は美しいのだから。


「それよりも、今日はこの部屋に滞在しないか?また魔物が現れるかもしれないし‥‥‥」


「すみません。今日は少し忙しいので」


「‥‥‥そうか」


 断られて落ち込むも、貞操観念の固い女なのだとルーウェンは前向きに捉えた。やはり、彼女は素晴らしい女性だ、と。


「ところで、今日はどこに行っていたんだ?」


 彼女はラベンダー色の瞳を細めて、言った。


「少し、昔の友人に会ってきたんですよ」




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