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1 追放されたので、契約結婚しました






 ワインレッドのソファに、少女と男が向かい合って座っていた。


「君を愛するつもりはない」


 突然、そう声をかけられて白髪の少女は正面に座っている男に目線を向けた。

 少女の名前は、セシル。腰まで伸びた白い髪に、濃いアメジスト色の瞳を持っている。が、その姿は痛々しいと感じるほど()せており、髪も服もボロボロであった。彼女は、彼の言葉に思わず眉を寄せた。


「それは、どういうことです?」


「そのままの意味だ。これは、契約結婚であり、愛はない」


 だから安心していい、と。そう話す男の名前は、アルベール・ウィンスレット。

 彼は、隣国との境を接する領地を治める、ウィンスレット家の当主。我がフィアストラ王国において重要な立ち位置にいる辺境伯(へんきょうはく)だった。

 彼は真紅の髪を揺らし、その碧眼でセシルを見つめ、返事を待った。


「分かりました。それでいいです」


 何故ならば、セシルは助けてもらう側だからだ。セシルは出会って幾ばくもないこの男と契約結婚をする。その契約結婚に至ったのには、セシルの背景に理由があった。


 セシルは、教会生まれ教会育ちの聖女であった。聖女とは、魔物という害獣(がいじゅう)を浄化し、人々や土地に豊穣(ほうじょう)と加護を与え、傷ついた民を癒す存在である。どれも聖女にしか出来ないことであるため、その存在は崇められ、ある程度の地位と生活は約束されるはずだ。 ‥‥‥‥‥本来だったら。


 教会は神聖な場所であり、結婚も出産も許されていない。しかし、その禁忌が冒されて生まれたのがセシルだった。


 大司教は、セシルの存在自体を罪だと言った。


 そのために彼女に姓はなく、教会からも常に冷遇されていた。食事も住む場所も睡眠時間も充分に与えられない。

 しかし、セシルは聖女ーー‥‥それも、非常に能力のある聖女であった為、教会はセシルを捨てることはなく、寧ろ束縛し、彼女の能力を搾取(さくしゅ)をしていた。


 そんな環境に耐えられなくなり、力づくで抜け出し、王宮に保護を求めたのが2年前。

 非常に珍しい存在である聖女を囲い、時々しか聖女を派遣しない教会に不満を持っていた王家は、そんな彼女を快く迎え入れた。


 そのお陰で、セシルは幸せに何不自由なく暮らし始めたー‥‥‥‥‥なんて、都合のいい夢物語みたいなことは起きなかった。


 教会から逃げてきたことや見た目のことなどで差別や嫌がらせは常に隣り合わせだった。


 とはいえ、初め、セシルの力は大いに役立っていた。 聖女は貴重な存在だし、王宮はセシルを保護したことで聖女を有する教会と軋轢(あつれき)を生じさせてしまったからだ。

 聖女としての莫大な仕事をする代わりに、住む場所と食べるものに困ることはなかった。しかし、セシルは長時間の労働を強いられ、最後には法外な研究を求められるようになった。それを断り、改善を求めているうちに、王宮からは煙たがられるようになる。


 そして、王宮にセシル以外の聖女が現れることで、事態は決定的となった。皆、そちらの聖女の方を崇めて、セシルを蔑ろにし始めたのだ。



 新しい聖女は誰よりも美しく、気立てがよく、身分もあったため、皆から好かれていた。けれど‥‥‥‥‥


『ごめんね、私の分も仕事してもらっちゃって』


 ラベンダー色の目を細めて、笑いながら謝る彼女の顔をが目に浮かぶ。

 彼女は度々、自分の仕事をセシルに押し付けてきていた。聖女が増えたのだからと、仕事量も増えて、あれでセシルの睡眠時間はものすごく減った。


 結局、セシルはそんな彼女に嫉妬をして嫌がらせをしたとして、王宮から追放されることになった。


 唯一、手を差し伸べてきたのは、セシルの目の前に座るこの男だけだった。行く当てのなかったセシルを、彼は王宮に多額の金を払うことで買い取ったが‥‥


 その見返りはなんだろうか、とセシルは考えていた。


「なら、契約内容の確認を改めて行おう」


 アルベールはセシルに資料を渡し、2人で目を通していく。


 そこには、アルベール・ウィンスレットは、セシルの身の安全を確保すること。セシルはその見返りとして、聖女としての働きをすること。その働きには、一定の賃金が支払われること。などが書かれている。


「聖女の働きとしては、どのくらいのことをすればいいのでしょうか?」


「この領地でここ最近、魔物の出現が頻発している。その駆除が間に合っていないのが現状だ。その手伝いをして欲しいと思っている」


「あとは?」


「それだけだ」


「それだけ??」


 セシルはその言葉に、むむむと眉根を寄せた。


「それだけなんてことはあり得ないですよね?あまりに働かなすぎでは?」


「‥‥‥国際聖女保護法には、聖女に過剰労働を強いてはいけないとされている。これ以上の働きは明らかな過剰労働だ。王宮はともかく、教会は守っていなかったのか?」


「教会の方が守っていなかったですね」


「は?」


 今度はアルベールの方がぐぐと眉根を寄せた。


「なので、もっと働かせても大丈夫です」


「いや、大丈夫ではない。そもそも魔物を浄化すること自体、聖魔力を大きく消費するし、命の危険も多少なりとも伴うだろう」


 彼の言っていることは最もだ。しかし、その常識はセシルには、全く当てはまらなかった。


「‥‥‥聖魔力と危険性についてですか。それなら、問題ないです」


 セシルは小首を傾げた。


「私、『最恐の聖女』と言われるくらいには強いので」


「‥‥‥‥」


 セシルには桁外れの聖魔力があり、通常の聖女の何十倍も聖女の魔法を使うことが出来た。また、その魔法を発動する時に、他の聖女には見られない禍々しい黒と紫の光が現れることから、「最恐(さいきょう)」と言われていた。


(多分「恐ろしい」っていうのは、私の見た目の揶揄もあったんだろうけどね)


 それでも、セシルは自分の見た目を嫌ったことはない。老婆のようだと言われる白い髪は雪みたいで綺麗だと思っているし、毒々しいと恐れられる紫の瞳だって愛嬌があると思っている。ものは考えようだった。


 しばらく難しい顔をして黙っていたアルベールだったが、やがておもむろに口を開いた。


「‥‥‥ここの内容に変更はない。一定の仕事さえしてもらえれば、後は自由だ」


「あら、そうですか」


 そこは受け流して、セシルは更に資料に目を通していく。さらりさらりと長い髪が流れていく。その髪を耳の横にかけて、セシルはもう一度アルベールを見た。


「ところで、この”幸せを保証する”という最後の文言はなんでしょうか?」


 セシルが目線を上げると、いつの間にかアルベールは立ち上がり、セシルの顔を覗き込んでいた。至近距離で2人は目を合わせる。しかし、そこに甘い雰囲気など全くなかった。

 しばしの沈黙の後、アルベールは口を開く。


「‥‥‥‥‥‥‥目が」


「?」


「俺を信用できないと言っているな」


「そう見えますか?」


 セシルは少しだけ唇を尖らせて自分の目元を触った。そんなセシルをやれやれと見ていたアルベールはソファに座り直し、足を組んだ。


「契約上でも俺の庇護下(ひごか)に入るんだ。幸せは最低限でも保証したい」


「それはありがとうございます。けれど、伯爵家の庇護下に置いて頂けるだけでも充分すぎるくらいなので」


「伯爵家ではなく、俺の庇護下だ。(もら)えるものは、貰っておけばいいのではないか?」


「そういったことは好きではないので。何より、こういった概念的なことを貰うというのは少し違う気が‥‥」


 こんな曖昧なことを書かれると、後で何を請求されるか分からない。しかし、アルベールはどうしてもこの項目を消そうとはしなかった。他の項目に関しては、要相談という感じであったにも関わらず、だ。アルベールも頑なであったが、セシルもまた然りであった。


 セシルは、彼が自分を憐んでいるのではないかと、少しだけ考えた。その考えに至って、彼に頼るしか道のなかった自分の不甲斐なさに悔しくなった。


「とにかく、あなたにはぜったいに頼りません!」


「‥‥‥‥」


「幸せは自分で見つけますから!」


 その悔しさを隠すために、啖呵(たんか)を切ったのだがー‥‥


 セシルは自分の発言に徐々に羞恥心を覚えた。助けてもらわないと生きていけないのに、何を言っているのかと。しかも、アルベールはセシルを眺めるだけで、口を開くことはない。


「と、とにかくこの項目は消して下さい。お願いしますね」


 セシルは早口で(まく)し立て、すとんとその場に座る。


 するとアルベールは意地悪く口端を上げて、心底楽しそうにニヒルに笑った。そして、セシルの手を引いて、自分の元に寄せた。


「この項目は譲れないな」


「は?」


「君がそう言うのなら、俺は嫌というほど君を甘やかせよう」


「はあ?!」


 セシルは思わず目を()いた。一方、アルベールは余裕綽々とした態度だ。


 王宮から追放されたので、契約結婚をすることにした。しかし、早くも、セシルはこの男との結婚を選んだことを後悔し始めていた。


 こうして、不安しかないセシルとアルベールの結婚生活が始まった。




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