ファーストコンタクトは六畳一間
昔では基となる理論は当時における最先端を基準としている。今ではとんでもない!と言われるような事でさえ、当時では常識だった。例えば女性の子宮は体の中で固定をされていないと考えられていた。
激しく動けば体内で激しく動き、女性特有の諸々の問題はその事が原因で起こっていると、だから体の未発達で成長途中の女の子が激しい運動をすれば将来的に子供を産めない体になってしまうと考えられていた。コルセットは元来、この時点における最先端の医学的見地から男性よりも臓器が多い女性の体を守る為に使われていた。
それは次第に社会事情も重なり自律した女性の、大人の証明として女性たちが受け止める様になり…と途中から極端に腰を補足する為に使われる器具になってしまった。
まあその話が一体何の関係があるのか?と問われれば、今と昔では考え方の基となっている事柄が違う、と言いたいわけだ。
SFも然りでジュール・ベルヌの月世界旅行も当時の最先端の科学的見地に基づいた作品で、今では荒唐無稽と言われてもその時点では最も科学的に説得力のある内容だった。
だからたぶん…そう、近い未来…は……説明が付かないだろう。
確か生物は、例えば遺伝子的に最も遠い者同士でも同じ環境下では似た様な形に進化するという。モグラとオケラで有名な収斂進化という考えだ。
知的生命体が進化をする過程で求められる能力に基づいて形作れば、自然とこの現在の人類と似た形状になる。
腕が多ければ、足が多ければ、目が多ければ、逆に少なかったりすると脳の容量が圧迫されて高度な文明を築くだけの知性を獲得する事が出来ない。
ただ近年の研究で鳥は人間とは違う脳の進化をしただけで、三歩歩けばで例えられるような知能の低さではない事が分かっている。
とここまで脳内で1人語りを終えた僕が天を仰ぎ見るのは致し方ないと理解してほしい。
「なんや自分、めっちゃ遠い目しとんな」
居間のちゃぶ台の前に座る…座る!?あれは座るという理解で良いのだろうか?しかしそれ以外にちゃぶ台の前における所作は無く、それ以外の所作が無いのなら表現もそれ以外は無い。
つまり座る…正座……よりもあぐら寄りか?
兎にも角にも彼?彼女?それ??は―――
「それは失礼じゃろ?自分、まあ流石に仕事場の上司だのと一緒とは言わんけども、友人知人にそれ呼ばわりするんか?」
ごもっともな意見に思わず前置きをした上で土下座の態勢を僕はした。
彼もしくは彼女、または両方の…蛸型なら彼彼女?、つまり蛸型宇宙人に僕は動揺を隠せずただ冷静に状況を見極める為、観察しているのだけどもどうしてこうなったのか?
六畳一間、風呂無しで近くの銭湯(夜9時まで)を頼らねばならない格安の賃貸に遠い星からのお客様を出迎えているのか?
静かに彼彼女を観察する限り、非常にマスコット的な愛嬌のある蛸型宇宙人…ではなく割とあっちの神話体系に出てきそうなヌメヌメとした体液等を撒き散らしていないのが救いな、子供がここに足を運んだらSAN値直葬な地球外生命体いや異星人。
湯呑を触腕?で器用に、丁寧に吞んでいて、その見事な所作から正座をしていると幻視してしまう。そんな状況下に至ったのは何故か?
朝起きた、インターフォンが鳴った、彼彼女がいた、今に至る…う~ん何一つとして理解がおよべない。
そもそも世界的な大事件だ。人類が夢見る地球外生命体との遭遇。未来の科学文明に思いを託して、まだまだ火星に行くのもサイエンス・フィクションな現時点で、たぶん最初に出会う地球外生命体はバクテリアとかそのくらいだという現在進行形で、まさかまさかのハーバード・ジョージ・ウェルズの世界がこんにちわ。
アポロ月面着陸以来の出来事として大号外が舞う事態、ただ朝からテレビはいつも通りの平叙運転だった。各局毎度の政権批判ばかりだし、かの有名なテレビ局は変わらずアニメとか放映している。
そこから推理すれば局所的な出来事という訳だ。
「そんじゃ自己紹介、うちは§@\¶¶Θや」
おふッ!?と聞きなれない音声に条件反射の奇声を発してしまいそうになる心境をぐっと堪える。例えばの話だが、進んだ文明の定番アイテムは万能の言語を翻訳する機械だ。ファーストコンタクトが行われるなら相手側の文明が一定水準まで進んでいるのが望ましい理由でもある。
文明の発展は通信手段の発展でもある。
遠方、手紙だと数か月はかかりそうな距離でも電波なら時間差なく行える。
様々な電波を収集し集積し解析をすれば、高度に発展した、銀河間を移動する手段を手にした文明ならあっさりと日常会話を可能としてみせる。それでも翻訳し切れない言葉はあるだろう。
それに対して一定の水準まで発展し成熟した文明社会なら角を立てる事無く気にしない。しかしそうでなければ、それこそ人の倫理観が未成熟な社会なら容易く問題になる。
だからファーストコンタクトが起こるなら、人類が急激な変化にある程度まで対応する事が出来るようになってからかもしれない…筈だと思っていたんだけどな。
「すまんすまん、地球人用だとルルリ・ル=レル。ルルリでええよ」
そういって彼彼女ことルルリ…さん?
「ルルリでええよ」
ルルリはニコヤカ?に笑った。
取り合えずこちらは山岡誠一ですと名乗って、さて次はどうしよう?
そもそも蛸型宇宙人という今更のツッコミをすべきなのかもしれない。
地球上、重力下では大きくなるには基礎となる骨と筋肉、そして相応の心臓が必要だ。
陸上には海中に棲息する種と同等の甲殻類はいない、何故なら支えられないからだ。
まあ実際にはもっと小難しい話なので割愛するが、蛸という軟体生物が重力下で平然とちゃぶ台の前に正座し、買い置きの地元銘菓に舌鼓を打ちながらお茶を啜るなど出来る筈は本来は無い。
しかして実際にしているのなら…骨が無くとも大丈夫な程に強靭な筋肉の塊なのか?細く見えるが実際はすさまじい密度があるのか?自重を支えるに足る筋肉…陸上でも蛸は意外に早く動く、しかしあれは動くというよりも這う、決して歩かない。
ルルリはちゃぶ台の前に歩いて座った。
どういう理論で達成しているのかは、所詮は門外漢である僕の理解の範疇にはない。
専門家が聞けば鼻で笑う推論や憶測というのもおこがましい事柄しか考え付かないのだから、今はこの非現実的な状況化を静観する心持ちで受け入れるしかない。
地元銘菓…れもんけーきの買い置きはもうないので、名物はっさくゼリーかまたは別のレモンケーキか?
「いや柑橘だらけやん、何で柑橘類ばっか?」
地元が海沿いの街という関係から地域一帯では柑橘栽培が盛んという歴史から、新しいお土産は大体レモンや八朔を筆頭に柑橘類ばかり。やはり異星人にもツッコミを入れられたか。
ちょっと前に新しい地サイダーが発売されたけど、やはりレモンだった。ただ地域の特色を考えればベストな組み合わせでもあり、何より特産のブランド品というでもあるので―――
「すっげーレモン味!酸っぱいけど美味い」
とニコヤカに歓待する事が出来る、ただし実はすごく危険な綱渡りをしている心境だ。というのルルリは食べる前に何やら機械でお菓子をスキャンしている。内容物の確認なのは間違いないし、こちらもそれを促している。
何故か?
地球では最も好例なのは某化学調味料だろう。
イスラムの教えで豚を食べる行為が禁忌なのは最早世間の一般常識となっている、しかし当時はそうではなかった。国民的な調味料という地位を獲得したその某調味料には豚由来の生物が使われていた、それを知った国民が大激怒し現地法人の役員が死刑にされそうになった。
最終的に何とか穏便に済ませる事は出来たが、当然の同じ理屈でファーストコンタクトではそこも気を付けなければならない。自分達には当たり前の食べ物があっちでは何らかの理由で禁忌だったりする。そうなれば?最悪の定番ネタは宇宙戦争の始まり、地球文明の終わりだ。
なので会食の場を設けるなら事前に食事の面で徹底して、その可能性を排除しなければならない。
土下座も事前に謝罪の意味だと伝えてからした。
実はそういった礼儀作法も気を付けなければならない、ただこのネタは割と色んなSF作品で使われているから特に説明は不要だと思う。
「いや突然上がり込んだのによくしてもらって」
いえいえお気になさらずに、と言いつつ僕自身はまさに綱渡りの真っ最中の心境。
相手の目的は何か?
行動とは目的があるから起こすものだ。目的も無しに行動の為に行動を起こす事は、少なくともファーストコンタクトを試みている相手は絶対にしない。
ルルリは大使かそれに近しい身分の筈だ。国家から全権を委ねられている立場かもしれない、なら衝動的な行動は厳に慎む。国家の意思を代表しているのだから。とはいえ僕があくまでみなしているだけで、実際はただの観光客かもしれない。
自己紹介はまだ途中だ。
「さて改めて、この星からはまだ観測されていないハニガルバト超銀河団の…ざっくりするとキルタ銀河同胞団から来ました。こちらで友好の証はどのように?」
握手、でいいはずだ。取り合えず握手についてざらっと説明して相手側に失礼がないか確認するとルルリは触腕を僕へ向ける。握手…は失礼になる行為ではなかったようだ。なので僕はルルリの手?を握る。
ルルリの触腕は不思議な感触でしっかりとした弾力がありながら、海生生物に似た見た目とは裏腹のぬめり気の無い、しっとりとした質感だった。
現時点での推測は…ルルリは調査員でありつつも最初の対応から僕との接触は私人としてだ。
理由としては僕は一般的な1人暮らしをしている専門学校生で、ルルリはかなり砕けた言葉遣いだった。実際は翻訳機の関係から砕けているだけで、とても丁寧に喋っていたかもしれない。
両親は健在で父は会社員、母は事務員と一般的な共働き、弟がいて彼はまだ中学生だ。
父は仕事を家庭に持ち込む事が大嫌いな人なので、父の務める会社について良く知らないが相応に大企業だったいう認識。
「まずこちらに来た目的じゃけど、再来年から我々とファーストコンタクトを国際的に公式に行う事になりました」
それが僕の所へ来た理由とどんな関係があるのか?と僕は尋ねた。
ルルリはニコヤカ?な顔?で―――
「なぜ再来年から?と尋ねない辺りはお話の通り」
法律を施行するなら準備期間がある。新しくこういうルールが始まりますよ、と広く周知され全員に受け入れる準備をしてもらう期間だ。何か新しい事を準備期間も無しに始めると大きな混乱が生まれる。
それが社会不安に繋がり国家を揺るがす、世界規模で行われるファーストコンタクトなら相応の準備期間を必要とするのは当然。再来年という数字も余裕を持っているとは言い難い、とはいえ設け過ぎるとただの浪費にもなるから難しい所だ。
それでもいきなりやった場合の必ず現れるであろう反異星人団体によるテロ行為を未然に防ぐなら、十分な時間かもしれない。
潰す用意をしてから湧いて出てくれれば、完全な駆除は出来なくとも被害を最小限に抑えられる。
「つまりうちは地球人に受け入れてもらおう情報工作をする要員として、この地域を担当する1人として派遣されました。手配したのは誠一のお父さん」
親父ッ!?え?父さんの会社ってそういう会社なの!?初めて知った。
もしかしてJA〇A関連?
普通ここは政府関係者じゃないの?ボーイミーツガールじゃあるまいに、年齢的にお酒を飲める年齢じゃあボーイじゃなのでは?ギリセーフ?それとも心は何時でも少年ハートなら許されるのか?
そもそもルルリはガール?
「一応地球人と同じように性別はあるよ。ただ両性で性別は任意の選択制、うちは早々に女性を選択しとるから女性」
マジか…人生で初めて手を繋いだ異星人が初めて手を繋いだ異性とは…人生はまさに小説より奇なり。
「え?うちが初めて?」
うわぁ…信じられない生き物を見たという視線だ。
当然だ、顔立ちは悪くはないが積極的に行くような性分でもなく、目立たない気風もあって小中高を華麗に異性とのイベントはノーエンカウント。フォークダンスは一人でダンシングだった。
話題になったぜ?プロフェッショナルな入れ代わり立ち代わり1人フォークダンス。
と僕が自虐史の1人語りをしているとルルリは唐突に立ち上がる?一応、立ち上がるでいいと思う。
「しゃあない、知らせんかったうちが悪いしな。地球人が相手なら仕来たりは無効じゃけど…用心せんとな」
立ち上がったルルリはまるで着ぐるみを脱ぐ?ようにそれとも脱皮する様に何かが後ろから…え?光った眩し!?唐突に発光現象!?からのまるで光の繭から孵化する様に何かがルルリから姿を現した。
「うちらの、キルタではな。異星人の未婚かつ母親以外と手を繋いだことも無い男性体と手を繋ぐ行為は一種の婚約にあてはまるんや」
そういって仁王立ちするのはとても美しい人型の、しかし全体的な造形美は地球人との共通点こそあれども明確に細部は大きく異なっていた。
例えば肌色。黒や白ではない、青みを帯びているが肌質は近い何かを感じられる。
対照的に髪色は髪色は深い深海の様な黒くありながらも独特な光彩を放ち、地球人とは明確に違う塩基配分列の髪質をしている。
総論すると僕はあまりの美しさに、現在一糸纏わぬ立ち姿に思わず息をのんでしまった。
そしてさっきまでの蛸型のルルリ?はまるで熱で溶けたゴムのように液状になり、アメーバのように動いて人型のルルリに纏わりつき、SF作品で良く目にするラバースーツの様な宇宙服に変化した。
「一応、今後どうするか?穏便に無かった事に出来るか?諸々は追々で、今日から同居させてもらうけど大丈夫?」
ファーストコンタクトでやらかした男として地球の歴史に僕は名を刻んでしまったようだ。まさか自分が端折った部分でやらかしてしまったのだから。