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Finem lauda 終わりを称えよ

ロザリンドがエイラの侍女となって二十日余りが過ぎた。


王妃様はとても静かにお暮しで。時間の流れが止まっているみたい。

計画はその後どうなったのか、全く情報が入ってこないので、外の様子はわからない。


兄から手紙が来た。


「タープ家のギャニミード大叔父が急病。とても会いたがっているので、見舞いを乞う」という文面である。存在しない親族だが、何かあると思ったロザリンドは、王妃様から一日のおやすみをいただいた。


ベリアル宮の裏手まで、兄が見知らぬ馬車で迎えに来てくれた。


「このまま、大叔父様のお屋敷に向かうことにしよう。お待ちかねだろうからね」


「ええ」


すました顔で乗り込む。馬車が動き始めるのを待って、ロザリンドは兄に尋ねた。

聞きたいことは山ほどある。昨日からうずうずしていたのだ。


「どういう事?それで、テレサさんは御無事なの?」


「ああ。無事にカルタゴに到着されたそうだ。手紙が届いているから、読ませてもらうといい。ロザリンド・タープさんにもよろしくと書かれていたよ。」


「よかった」


ロザリンドはほっとして、背もたれに寄りかかった。たぶん大丈夫だろうとは思っていたけれども、改めて聞いて安心した。王妃様にいい知らせを持って帰ることができる。


「で、今日の行先は?」


「もちろん事務所にしていたお屋敷さ。今日は「魅力か海図か」裁判チームの報告会と解散パーティをすることになった。セーレ公の立てた腹黒計画の全貌が明らかになるはずさ」


「楽しみね。今日はほかにどなたが?」


「そうだな。皆集まる予定だ。豪華メンバーだぞ。マルバス伯、ティティヴィリス先輩。アリトン君、ゼフォンさん、そして・・・・・・・」


「そして?」


「そして・・・・・・・いやあ、この森の木は見事だねえ」


ギャニミードは、ロザリンドを焦らすように、唐突に言葉を切って外の景色を見た。


「もう。どうして兄さまはそう意地悪なの?そして、の続きは?ほかにどなたが?」


そわそわしながら、ロザリンドは言った。

にやにやしながら、ギャニミードは答えた。


「そして、ダブルオーだ。オスカー卿とオルランド卿もおられる」


「まあ」


オルランド様に、お会いできるのだわ。ロザリンドの頬がかすかに熱くなったが、これ以上揶揄われないために、そっけなく言った。


「30日の入牢と伺ったけれど、少し早くてよかった」


「ああ。20日で出られた。大変だったんだよ。証人として来ていたゼパルさんって覚えているか?あの人がね・・・・・・」


ゼパル氏の話を聞くうちに、馬車は懐かしの事務所へ到着した。


扉を開けてくれたのは、ゼフォンさんだった。いつもの端正な黒服ではなく、なぜかギリシャ風の衣装で、背中に羽を背負っている。


「このたびの作戦、わたくしもいささか、貢献いたしましたからな。今日の私はアルゴー船の乗組員。名はカライスです」


「やあ、来たね。エイラの巫女の御登場だ」


後ろからアリトン君も玄関ホールに顔を出した。

アリトン君も、ギリシャ風衣装だった。髪は緩く編み、純白のトーガをしどけなくきて、ベルトには色とりどりの宝石がじゃらじゃらさせている。

ロザリンドは思わずその美貌に見ほれた。


「どうだい?オリュンポスから降りてきたばかりって感じだろう?」


さすがのナルシスト発言にも思わず、うなづいてしまった。

ふつう、パーティの花形といえば女性で、それは今日の場合、紅一点であるロザリンドではないかと、ちょっと期待をしていたのであるが、なんだか負けた気分である。



「では魅力と海図裁判の無事の終結を祝して」


マルバス伯が音頭を取り、皆で乾杯をした。


「まあ、思うことは多々あるねえ。皆さんもそうでしょう。真実が認められなかった。記録にも残っていないし。テレサさんに、正々堂々と主張させてあげたかったが、その場も失われてしまった。なんというか」


マルバス伯のスピーチで、なんとなくしんみりしかけた。オルランド卿は励ますように、マルバス伯の肩をたたいた。


「そんなことはありませんよ。どんなに記録を改ざんしようとしても、それは上っ面だけのこと。真実というのは伝わるもの。そして人の記憶に残ります」


「なにより、あの屁は強烈だったからね。わすれられません。皆さんは臭い消しがあったからいいようなものの、僕らは無しでしたからね」


オスカー卿が鼻をつまんでまぜっかえした。




それぞれの武勇伝に花が咲いた。

ロザリンドは、計画の全容を知ることができた。


マルバス伯とオスカー卿がアスターテ神殿でテレサさん外出許可を勝ち取り、テレサさんはエイラ宮へ。

ロザリンドのところへ来て、王妃様に導かれ、秘密の通路を通って外へ。

外で待っていた兄とアリトン君の馬車で港へ行き

そして、セーレ公とエギュン公が宴会をする船に隠れて、追手をやり過ごす。


そして最後にマルバス伯がテレサさんからの手紙を披露してくださった。


「テレサ・パシトーエ嬢はカルタゴに到着しているとのことだ。今は、ハミルカル公爵のお屋敷にご滞在中。確か、公爵夫人がバルカ提督の姉上にあたるそうで、その御縁でだそうだ」


「そう。よかったです」


「これは王妃様宛だ。お渡ししておいてくれたまえ」


「はい。お預かりします」


ロザリンドは大切にしまい込んだ。


オルランド様と二人きりで話せるおりがあったので、ロザリンドは思い切って話を切り出した。


「真珠を貸していただきまして、ありがとうございました。持ってまいりましたので、あとでお返しいたします」


「いや、別に急いで返さなくてもいい。エイラの侍女である間は使うこともあるだろうから持っていてくれてかまわない」


ロザリンドは、ふわっと天にも昇る心地になった。


「よろしいんですか」


「ああ。私もヴァレフォール家に置きっぱなしだったし、有効に使ってくれる方がいい」


「ありがとうございます」


ロザリンドは上目づかいでオルランド様の様子を伺った。

それはもう少し婚約したままでいてもいいってこと?

それとも、エイラの侍女になると使うだろうから、という純粋な親切?。


とりあえず最悪の事態は無くなったので、ロザリンドは息をついた。

そっけなく真珠を受け取られ、「そうそう、婚約破棄はいつにする?」と切り出されたらどうしようと考えると、もう気が気ではなかった。


オルランド様は落ち着いていて、優しくて、いつも通りだ。

お母様の形見だという大切な真珠を貸してくださったことの意味が読めない。


「お言葉に甘えて、このままにさせていただきます」


ロザリンドはうつむいた。

ああ、私はいま、オルランド様のご厚意に付け込んでいる。

もう裁判は終わったのだから、婚約者のシャツも必要ない。私と婚約している必要もない。もうお役御免なのだから、潔く身を引くべきなのはわかっている。

でも、なんだかそうしたくない。

おこがましいのはわかっている。

前の婚約者コカトリス伯爵令嬢は、いつも沢山の殿方を引き付けていたという魅力的な方で悲劇の美女。王族という高い身分で、お家も裕福、父上は法曹界の有力者。

それにひきかえ、私なんて、勝てるところが、何一つ見つからない。

パッとしない容姿、興奮したら鼻血をふく間抜け体質。家は破産していて、髪の毛を売ったほど貧乏。

頼みの綱だったお仕事でのつながりも、もう無くなってしまう。


この真珠だけが、オルランド様とロザリンドをつないでくれる、たった一本の絆。


「大切にします」


「ああ」


そこへ、ひょいっとオスカー卿が割って入ってきた。


「ロザリンド嬢は大変でしたねえ。「婚約者のシャツ」のために、ご親切で、この石頭オルランドと婚約してくださったそうですね。たいへんでしたね。」


「大変だなんて、そんなこと」


「大変でしょう。なにしろこの男、無口で無粋おまけに無趣味でムショ帰り」


オルランド様はさすがにむっとしたらしく、オスカー卿を迷惑そうににらんだ。


「おい。くだらない韻を踏むのはよせ」


「だめだよ。ここは無駄に、とかにして調子を合わせないと。ねえ。ロザリンド嬢。

エイラの侍女となられたわけだし、引く手あまたでしょう」


なんだか不穏な雰囲気を感じながら、ロザリンドは早口で答えた。


「いえ、そんなことございません」


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