Malum consilium quod mutari non potest. 変更がきかないのはダメな計画
明星の間から自分の部屋に戻ってからも、なんだかドキドキが続いていて、ロザリンドはよく眠れなかった。考えることが多すぎる。
書類はあれでよかったのかしら。陛下のサインがないからと突き返されたら?
ロザリンドはただただ幸運の女神、ディケーに祈りを捧げた。
運命を操る舵をもち、玉乗りをしている女神さまだ。
どうか、よい方に転がっていきます様に。
心配なのは、昨夜変更した箇所だ。
マルバス伯の、いや、セーレ公の計画は、帰り道にテレサさんの馬車ごと奪い去って、追手を巻く、というものだったと思われる。
それが王妃様の一言で変更になった。
王妃様の私室のどこかから、外に出て東側の塔の菜園までつながっているという。
だがフィリパさんによれば。そんな通路などありえないという。
フィリパさんは部屋に戻ってからも、しきりにその通路について聞きたがっていたのだが、王妃様は頑として場所を教えてはくださらなかった。
「教えてあげられないわ。通っていいのは私だけ。知らなければ、上手にとぼけることができるもの」
結局、ロザリンドは悶々としたまま朝を迎えることになってしまった。
今日の夕方が、本番だ。
テレサさんを救えるか否か。運命の一日だ。
朝食の席では、王妃様もフィリパさんも寝不足気味の顔だった。
準備をしたメイド達が下がっていったあと、フィリパさんは、もう一度話を蒸し返した。
「本当に、そんな通路ありますの?」
「ありますよ」
「どこに」
「教えられないわ」
王妃様は食事が終わると、静かに命令なさった。
「タープ嬢を東の菜園に案内してあげて。そこで会いましょう」
その菜園に向かう途中ずっと、フィリパさんは文句たらたらだった。
「だって私、7年間もお仕えしているのよ。テレサさんの次に長いのよ。でも、誰からもそんな通路の話一度も聞いたことないわ。その通路のことを教えていただけないなんて、水臭いわ。わたし、秘密は守れるのに、信用してくださらないんだわ」
ロザリンドは考えていたことを言った。
「王妃様は、たぶん、すべての責任をお一人で引き受けようとなさっているんだと思います。もし、罪に問われることになるかもしれませんから」
「でも、貴方は計画について全部知っているんでしょ」
「とんでもない。計画の全部は知らされていないです。そのほうがいいって言われています。各々が別の意図を持って動き、偶然が重なってその結果になった、という状態が望ましいのだそうです」
「なにそれ。よくわからない」
「テレサさんはいま重犯罪者扱いにされてしまっていますから。助けようとした人間も罪を問われてしまいます。それを避けなくてはいけません」
「重犯罪者なんて。ありえない」
フィリパ嬢はため息をついた。
「私たち、ずっと同じ部屋で暮らしていたのよ。本当に寂しい。バルカ夫人として華やかにここを去るんだから祝福して見送ってあげようと思っていたのよ。でも、こんなことになるなんて」
エイラ宮からでて、ぐるりと建物を回ると、東塔のそばの菜園についた。
フィリパさんは近くのアプリコットの木のそばに行き、なつかしげに見上げた。薄桃色の花がいくつか咲いている。
「毎年、これをとっておやつにしていたの。収穫して、天日にほして。王妃様とテレサさんと3人で。去年は宮廷医師のマルバスさんも参加して、楽しかったわ」
「ああ。ここに勤めていたというお医者さんの」
「そうよ。テレサさんと初めてバルカ提督の噂話をしたのもここだったわ。テレサったら真っ赤になっていたわ。あの頃にはもう二人は出会っていて、恋に落ちていたんだわ。あれから一年くらいしかたっていないのに。ずいぶん昔のことみたい」
かすかに涙声になったフィリパさんは、鼻をすすった。
菜園と言っても、今は特に作物が植えられているわけではなく、空き地だった。少し離れたところに納屋らしき建物が見える。
ロザリンドは東の塔の方を振り返り、その下にある小さな扉を指さした。
「王妃様は、あちらから出ておいでになるんでしょうか」
「まさか。あれは開かずの扉よ」
東の塔についているのはその頑丈そうな扉一つきりだった。ロザリンドは試しにノックしたりがたがた揺らしてみたりしたが、中からは何の反応もなかった。内側に頑丈そうな閂がかかっているようだ。
フィリパさんが思い出したように言った。
「王妃様のお部屋からメイド達が出入りする通路があるの。薪を持って来たり、替えのシーツをもってきたり、おまるを空けたりするの。そこから出るんじゃないかしら」
「なるほど。ありえますね」
ロザリンドはうなづいた。
「それはここにつながっているんですか?」
「いいえ。この建物の向こう側にメイド達の詰め所があってそちらへつながっているの。でもそうなると「人目につかずに」というわけにはいかないわ。菜園からは遠いもの」
「でも、東の菜園って仰ったし」
二人して首をかしげていると、蹄の音と馬車の音が近づいてきた。
「あら、誰か来る」
「珍しいこと。ここは宮殿の端っこだから滅多に人が来ないのに」
一人は馬に乗り、一人は二輪馬車を操っている。
「ふおっ」
ロザリンドは思わず声を上げた。
菜園にやってきた二人連れは兄とアリトン君だった。二人はロザリンドに気が付き駆け寄ってきた。
「ロザリンド。会えてよかった。こいつは幸先いいぞ」
兄は馬から降りていった。
「ご命令でね。セーレ公は王妃様の提案を受け、計画を変更なさった。僕らは下準備のためにここに来たんだよ」
「君にそれを伝えることと、ここの下見をしておくようにいいつかったんだ。ああ、そうだ」
アリトン君は荷台にあった包みをロザリンドに渡した。
「これは、テレサさんの着替えだ。男物の服。食事をする場所で見張りのやつらがいなくなったら、すぐにこれに着替えてくれ」
「僕らは、これをどうやって届けたらいいか考えあぐねていたんだよ。これで任務の一つはクリアだ」
「やった」
兄とアリトン君はハイタッチを交わした。
「ところで、お兄様のその恰好どうしたの?」
兄がとんでもなくおめかしをしている。刺繍たっぷりの上着に、襟元と袖口にはレースをふんだんに使っている。かぶっているのは鷹の羽根つき帽子。すっごく高そう。
「すごいだろう。セーレ公にいただいたんだ。刺繍やらレースやらをひっかけそうで、怖くてね」
そして、兄が昨日着ていたのと同じ、侍従の黒服を、今日はアリトン君が着ている。
「すごいだろう?これを着ているだけで、誰も僕の美貌に気が付かないんだよ」
浮かない顔でアリトン君がいい、皆思わず噴き出した。
兄が計画を説明してくれた。
「今日は本当に忙しい。
午後になったら、タープ家の家長として、エイラ宮に仕える召使たちに付け届けをすることになっている。妹がエイラ宮で王妃様にお仕えすることになりまして・・・・・・といいながら、大量のワインとエールを配りまくる。
夕方にはみんなへべれけになっているはずだ。テレサさんが逃げ出したって騒ぎになっても、だれも気が付かない」
「なるほど」
「僕は夜遅くに、セーレ公が港で舟遊びをなさっていることを聞きつけ、樽酒をもって、ご挨拶に向かうんだ。自然な流れだろう」
「あの」
聞いていたフィリパさんがおずおずと言った。
「宮殿の門は全部日没には閉められてしまいますから、出入りするには特別な許可がいりますけれど」
「そこは大丈夫ですよ。ちょっと離れた門まで行くことになっている。袖の下が通じるそうでね。夜遊びのためにナーダまで行くやつの間では有名な話なんだそうだ。そこで他の人たちと落ち合って、港まで一目散。そこで船を用意してくださっているそうだ」
「心配なのはさ、この菜園からその門までは僕ら二人だけでテレサさんを守らないといけないってことさ。責任重大。宮殿を小半時かけて突っ切っていく。見咎められないといいんだが」
ふたりそろって深呼吸した。緊張のあまり、かすかにふるえている
「とにかく、君たちは、食事に来るテレサさんを迎え、ここに来られるように取り計らってくれ」
ロザリンドはおもわずフィリパさんと顔を見合わせた。
「それなんですけど、フィリパさんは場所が違うんじゃないんじゃないかしらって」
「ええ。王妃様は通路の出口を教えてくださらないの。東の塔の菜園としか。そうなると、一番近いのはあの扉なのだけれど」
フィリパさんは塔の下についている木の扉を指さした。
「開かずの扉なのよ。内側から閂がかかっているし。別の入り口なんじゃないかしら」
「いや、でも場所はここであっているはずですよ」
「ちょっと近くにいってみてみましょうか」
4人が連れ立って東の塔の扉の前に行った
そのとき、ゴトンという音がして、何者かが内側から閂を開けた。
皆、びくっとなって扉を見守った。
塔の下にある扉が開いた。埃まみれの服を着た人がよろめきながら外に出てきた。
「王妃様っ」
フィリパさんが悲鳴のような声をあげて駆け寄った。
ロザリンドもあわてて後に従った。
「いけませんわ。大事なお体ですのに」
フィリパさんは、王妃様のかぶっていたボンネをとると、自分のと取り換えた。
そして、埃をはたいたり、蜘蛛の巣をとったりしながら文句を言った。
「いけませんわ。」
「ええ。心配をかけたわね。御免なさい。でも、言った通りでしょう。菜園に来られる通路があるって」
王妃様は勝ち誇ったようにおっしゃった。そして、見慣れない二人をみて首を傾げた。
「ところで、その二人はどなた?」
「ああっすみません。ご紹介いたします、えっと」
「シーツ」
アリトン君が口の前に人差し指をたてると、ロザリンドに向かってかぶりを振って見せた。そして王妃様の前で優雅に一礼した。
「我々、セーレ公にお仕えしているものです。
本日の計画が成功した暁には、改めて拝謁の栄を賜りたく存じます」
兄もあわてて真似をして一礼した。
王妃様は晴れやかに微笑まれた。
「そうね。わたくしも威儀を正して迎えることにしましょう。会えるのを楽しみにしていますよ」




