ロザリンド 雲の上の世界にて2
夜になるのを待って、ロザリンドは王妃様に付き従い、エイラ宮を出た。
先頭はカフシエル嬢だ。似たような廊下が延々と続いているので、ロザリンドはすぐに自分が、
どこにいるのかわからなくなった。ろうそくの明かりでできた影が怪しく揺れ、足音だけが響いている。
ベリアル宮につながっているという渡り廊下を抜けると、ろうそくを片手にもったマルバス伯たちが待っていた。
マルバス伯はフードをとると、王妃様に深々と頭を下げた。
「王妃様のご協力に感謝いたします。セーレ公爵の家臣、エルンスト・マルバスと申します。こちらはヴァレフォール卿。タープ卿」
マルバス伯は、いつものおっとりとした雰囲気をかなぐり捨てて、きびきびせかせかとしゃべった。お兄様が「タープ卿」と呼ばれているのもちょっとうれしい。
「書類を見せて」
ロザリンドが紙ばさみを渡すと、マルバス伯はそれを隣のオスカー卿に渡した。オスカー卿は兄と一緒にその場でしゃがみこみ、厳しい顔で不備がないか確認している。
きちんと書き写したつもりだけれど。ロザリンドは、その様子をドキドキしながら見守った。
王妃様がマルバス伯にお声をおかけになった。
「よくぞテレサの力になってくれました。礼を申します」
「お言葉痛み入ります」
「さきごろ宮廷を退出しましたがルキウス・マルバスという医師がおりましたが」
「あのものは、私の従弟にあたります。王妃様にお気にかけていただけたとなれば、本人も喜びましょう。先日も手紙が届きまして、居場所は申し上げられませんが、元気にしているようです」
「そう。よかったこと」
オスカー卿はやがて書類を読み終えた。
「結構です。これに陛下のサインがあれば、いけると思います」
ロザリンドは書類を受け取った。
マルバス伯がロザリンドの前に立った。
「では、最終確認だ。書類はよし。インクとインク壺はあるね」
「はい。あります」
「扉の前には、見張りのものが立っているはずだ。誰何されるだろうから、
宴の主催者であるパンドーラ・カシモラル公爵夫人に取次ぎを頼むんだ。王妃オクタヴィアさまが、陛下への拝謁を望んでおられます、とね」
「はい」
「それと、宴で皆さんはジポング裁判の勝ちを祝っているけれども」
「なんですとっ」
「平常心でね。無関係を装うこと」
「・・・・・努力します」
ロザリンドの心臓はバクバクいいっぱなしだ。鼻血の気配はないけど。
「では出発しましょう。宴の場所は「明星の間」です。王妃様のためのお部屋を勝手に使われており、ご不快とは存じますが」
マルバス伯は王妃様に申し訳なさげに言って一礼すると、先に立って歩き始めた。
ついて行くと、やがて賑やかな音楽が聞こえはじめた。
マルバス伯は足を止めた。
「この角を右に曲がった先です。私どもは無関係ということになっております。ここでお待ちしております。成功を祈っております」
今度はロザリンドが先導を買って出た。
明星の間に続く廊下を歩き始めるとすぐ、槍を持った警備の人たちがこちらに気が付き駆け寄ってきた。
「とまれ。何用だ」
一斉に槍の穂先を向けられ、ロザリンドは思わず足を止めた。思っていたのと違う。扉まで、まだずいぶんあるのに。だが、大きく深呼吸して、ロザリンドは口上を述べた。
「王妃オクタヴィア様が、陛下への拝謁を望んでおられます。パンドーラ・カシモラル公爵夫人にお取次ぎを」
情けないくらい声がふるえたが、何とかいいきった。




