ロザリンド 雲の上の世界へ
セーレ公爵とマルバス伯が周到に根回ししてくださっていたのだろう。
ロザリンドはすんなりベリアル宮殿に迎え入れられた。
面接をしてくださったのはシュノス夫人というエイラ宮を取り仕切る女官長だった。
「ロザリンド・タウルプさん。タウルプ伯爵家のご令嬢ね」
「はい」
「現在の当主は兄上のギャニミード殿」
「はい。そうです」
「ガープ侯爵様のご親族とか」
「はい。亡き父がガープ侯爵夫人ユリア様の又従弟にあたりまして、その御縁で紹介状をいたたたたけ・・・・・・いただけることになりまして」
「そう」
シュノス夫人は書類に目を戻した。ロザリンドはドキドキしながらその様子を見守った。
なにか、おかしなところがあるのかしら。
マルバス伯によれば、ガープ侯爵さまもその奥様も、親戚のタウルプ家も、ベリアルの北の方のどこかに存在しているらしい。タープ、と似ている苗字だから選ばれたらしいが、経歴書にかかれているロザリンドとのつながりは、すべてでっちあげである。
一応、親族の名前は覚えてきたけれど、誰かの顔の特徴とかを聞かれたら、全く分からない。
シュノス夫人はしばらく書類を眺めたのち、ため息をついた。
「本当はね、こんな慌ただしいことではいけませんのよ。エイラの侍女とは格式高いものですからね。申し分のない書類が整っておりますから、とやかくは申しませんけれども」
本来はエイラの侍女は3か月の神殿での潔斎。半年の見習い期間を過ぎてからでないといけないのだそうだ。
いろいろ書類を偽造してくださったらしい。
ロザリンドは、ぼろが出ないように、ひたすら微笑んでごまかした。
意外なことに髪を切っていたことが有利に働いた。
ロザリンドは知らなかったのだが、女神エイラの神殿に入り巫女になる方は、誓願を立てたのち髪を短く切るのだという。
エイラ宮を取り仕切る女官長シュノス夫人は、エイラの巫女の資格を持っておられる方だそうで、あと数年で髪を下ろし、神殿にお入りになる予定だとか。
すでに髪を切っているロザリンドのことをとても誉めてくれた。
「エイラの侍女は髪を切る必要はありませんでしたのに・・・・・・お若いのに尊いお志ですこと」
認めていただいたことはうれしいが、髪は女神にお捧げしたわけではなく、お金が必要だっただけなので、なんだか申し訳ない気分になった。
明日には王妃様にお目通りがかなうという。
その日の夕方、ロザリンドは、ベリアル宮殿の一室で一人で夕食を食べた。
お昼ご飯はアスターテ神殿。そして夕ご飯はベリアル宮殿である。
小さいパンと薄いスープはものすごく美味しかったが、量が少なかった。
多分、上品な貴婦人はこのくらいしか食べないのだろう。
それにしても自分の身分の変遷を思うと、頭がくらくらする。
施薬院の一室で家族三人で暮らす破産者から
裁判のために住み込みで働く弁護士の補佐になれたのも、すごいステップアップだと思っていた。
そこからさらに王族フルーレティ女伯の侍女にしてもらえて、その流れで王妃様の侍女になれるなんて。
王妃様に一番近くお仕えする「エイラの侍女」と言えば、ものすごく格が高く、公式の場においては王妃様の次であり、公爵夫人たちよりも上なのだそうだ。
期限付きとはいえ、自分の成り上がりっぷりにびっくりである。
ここはもう雲の上の世界だ。
食事がすむと、ロザリンドは落ち着かない気持ちで部屋の中を歩き回った。
マルバス伯には「迎えをやるから、それまで部屋で待機」と言われている。
出来る限りテレサさんの裁判関係者とは無関係を装うのが望ましいそうだ。
というわけで、ロザリンドは落ち着かない気持ちで、マルバス伯からの連絡が来るのを待った。
扉をノックされるたび、すごい勢いで走り寄ってパッと飛び出したものだから、メイドさんたちに面白がられてしまった。
それが五回もあった。
1暖炉に火を入れてもらったとき
2夕食を持ってきてもらったとき。
3燭台とロウソクを持ってきてくれたとき
4食器を下げにきてもらったとき
5シュノス夫人からの明日の予定を伝えてもらったとき
とくに5人目の人は、飛び出してきたロザリンドと目が合っただけで笑いが止まらなくなり、「申し訳ございません」、としきりに謝ってくれた。
ロザリンドは、逆に申し訳ない気持ちになった。
そうよね。ベリアル宮に滞在する人は優雅な貴婦人に決まってる。
ノックするたびに目をギンギンにさせて何度も何度も飛び出してくるような、変な気合の入った人はいないわよね。
待ちに待った迎えが来たのは、ずいぶん夜が更けてからだった。
待ちくたびれて、ベッドに寝転んでうとうとしかけていたロザリンドだったが、
ノックの音に飛び起き、素早くドアを開けた。
今度こそ大当たり。
ドアの外には、兄が従僕用の衣装を着て立っていた。
「おまたせ。マルバス伯がお呼びだ」
「わかりました」
ロザリンドはロウソクを片手に兄の後についていった。
長い廊下が延々と続いている。
自分の部屋前の床は大理石のタイル。そしてギリシア風の女神の彫刻。と覚えておいたのだが、廊下は何処まで行っても大理石で、ところどころによく似た彫刻が置かれている。
いくつも回廊を抜けてしまうと、もうわからなくなった。
やっとマルバス伯たちがいるという部屋についた。
ノックは2回、3回、1回。
部屋の中には、マルバス伯がいて、出迎えてくれた。
「よかった、無事についていたんだね。うまく行っているかな」
「はい。順調です。明日の朝、王妃様の拝謁を賜れるとのことでした」
「そうか。じゃあ、前に預けた手紙をお渡ししてくれ。そして王妃様の代理として、一字一句間違いなく写し、王妃様のサインを頂いて・・・・・・」
ロザリンドはマルバス伯とこれからの事を確認した。
その時、部屋にノックの音がした。二回三回一回。
マルバス伯はうなづき、兄は身軽く立ち上がるとドアのかぎを開けた。
入ってきた人を見るなり、ロザリンドは思わず立ち上がり駆け寄った。
「オルランド様。御無事だったんですね」
だが人違いだった。面差しは似ていたが、あかりのそばで見ると、全くの別人だった。
「オスカー・ヴァレフォール卿。この度協力を仰ぐことになった」
マルバス伯の紹介に、ロザリンドは慌てて一礼した。
「失礼しました」
フードをとったその人は、ロザリンドに笑顔を向けた。
「はじめまして。オスカー・ヴァレフォールです。オルランドと婚約なさっているそうですね。遅れましたがお祝いを申し上げます」
「ありがとうございます」
ダブルオーのもう一人。たしか、オルランド様の従兄にあたるはずだ。
この人の方が整った顔立ちだけれど、やっぱりオルランド様の顔の方が味がある感じで好きだわ・・・・・・て。だめよ、ロザリンド。
そんな浮ついたことを今は考えちゃダメ。
ロザリンドは、気を引き締めた。
「オルランドも元気ですよ。夕方に接見が許されたのですが、ベッドは固いし本がないと文句たらたらでした。牢屋と言っても、普通の部屋ですし。閉じ込められて、今回のことについて毎日説教くらうだけですから」
「・・・・・それはかなりつらい気がするのですけれど」
「ご心配なく。オルランドなら逆に論駁してしまうでしょうよ。それで僕が来た理由ですが」
オスカー卿が携えていた袋から、細長い箱を出した
「これをオルランドから頼まれました。母上の形見をロザリンド嬢に渡してほしい。エイラの侍女は真珠の首飾りをつけることになっているから、ちょうどいいと言っていました。ヴァレフォール本邸までひとっ走りです」
ロザリンドは震える手で箱を受け取り、そっと中を見た。
見事な粒ぞろいの真珠だ。
「これは大刀自たるヴァレフォールおばあさまが預かっておられてね。説得に手間取るかと思っていましたが、すんなり渡してもらえまして。間に合ってよかった」
「こんな大切なもの。私には勿体ないです」
「とんでもない。使ってやってください。あいつも自分で渡したかったろうに。もうしばらくムショ暮らしです。不器用な男ですが、いいやつです。お見捨て無きよう願います」
「見捨てるなんてそんな・・・・・ありがとうございます。大切にお預かりします」
そのあと、皆で場所の確認に行った。
「あそこが明星の間だ」
明星の間の前には、赤々と蝋燭が灯されて、大勢の人が行きかい、がたがたと荷物が運び込まれていた。
マルバス伯は責任者らしきひとと何かを話し、すぐに戻ってきた。
「順調だ。あれは、タッチストン卿のもので東洋のドレスとか壺とかだそうだ。明日の朝から飾り付けだ」
そしてそこから角を曲がったところの小部屋に案内された。
「明日のよるは我々はここで待機している。エイラ宮からの渡り廊下から、道なりに来ると、この部屋の前を通る。廊下に出て待っているつもりだが、いなかったらノックをしてくれ。回数は覚えているね」
「はい。二回三回一回」
「よし。では明日」
帰りも部屋の前まで兄が送ってくれた。でなければ多分戻れなかっただろう。
枕元のテーブルに大切に真珠の箱を置き、ロザリンドはベッドにもぐりこんだ。
オルランド様。私、頑張ります。お借りしたこの真珠に恥じない働きをして見せます。
明日エイラ宮で、王妃様に拝謁を賜る。
書類を書き写す。そして夜にはサインを頂きに・・・・・・




