Non omne quod licet honestum est. 許されていることの全てが正しいわけではない 2
後で聞いた話だが、腹黒セーレ公は周到な根回しをしていたらしい。
ボルフリ家は何代か前に王族の降嫁があったらしく、アスターテ系の中では上位の家柄であるが、現在の宮廷序列においては、中位の貴族である。
そして、権威に弱い。
王族が5人も、今をときめくセーレ公までいることに緊張してしまい。世間話をした際に称号を間違ってしまったらしい。
腹黒セーレ公は、それをとても悪意に取ったふりをした。
「いや、5人もの陪審員候補が押しかけて、さぞや迷惑だったろうね。悪意を持っても当然さ。僕は気にしていないよ」
顔を合わせるたびに、そういう嫌な絡み方をしたため、繊細なボルフリ裁判長はとくに萎縮してしまっていたそうだ。
それゆえであろう、この時もボルフリ裁判長は、勝手に陪審員の席を離れて審議の場に入り込んできたセーレ公に対し、「席に戻れ」と、たしなめることはしなかった。それどころか怯えたような目をしたまま固まってしまった。
さらに言えば陪審員は裁判に働きかけることは許されていない。直接に勅使に話しかけるなどもってのほかである。
だが、他の裁判官たちも、宮廷人としての序列を重んじた。
身分が上の人間の話を遮ってはならない。というやつだ。
悠々とセーレ公はクローケル卿に話かけ続けた。
「いや、このさい王大后様とサシで晩餐としゃれこんでもいいよ。是非お招きいただきたいね」
この修羅場に世間話?何を考えているんだ?
ついでに王大后様がセーレ公のことを忌み嫌っているのは、宮廷人の間では公然の秘密である。
同様の疑問は、おそらくみんなの頭に浮かんだのであろう。
一同それぞれが様子をうかがうように、周りに目を走らせた。
唐突に声をかけてきたセーレ公に、クローケル卿はかすかに眉をひそめた。が名指しで呼ばれれば無視するわけにもいかなかったのだろう。
のろのろと裁判官の隣に入ってくると、用心深く答えた。
「それはそれは。お悦びでございましょう。いつ頃になさいますか?」
「一緒にリチャード・ビレト公に素敵なあだ名を考えて差し上げるんだから、さすがに、丸腰で同じテーブルを囲む勇気は出ないねえ。新しく鎧と鎖帷子をあつらえているから、それができてからかな」
一同は凍り付いた。
「殿下、お戯れを」
顔を引きつらせながらクローケル卿が言う。
セーレ公は、皆の動揺を楽しむように、くっくっくと人の悪そうな笑みを浮かべた。
「完全防備で行かなくちゃね。王大后さまも、もちろん臨戦態勢さ。スープのスプーンで僕の目を抉り出しにくるだろう。それを避けた後は、前菜のナイフとフォークが飛んでくる。ナイフで喉笛を搔っ切りにくるだろう。メインディッシュにたどり着けるかな。面倒だが、そうする甲斐はあるってもんさ。あだ名の素材は盛りだくさん。何しろ通りすがりの男の屁で死ん・・・・・・・」
裁判官たちが急に大声で咳き込みだした。
「おや、どうしたんだい?風邪か?」
知ってるくせに。話を遮るための咳払いだって、わかってるくせに。
腹黒全開のセーレ公は、すました顔で見回した後、話を再開した。
「勅使クローケル。新参者の君は知らないだろうけれど、亡きビレト公は、僕の古なじみでね。いくつも僕に綽名をつけた方なんだよ。
『ザクロ顔』だの『かさぶた溶岩』だの。最近も私生児だのとよんでおられた。『セーレの私生児』とね。
昔は泣いたものだけど、今は別に怒っていないよ。そういうきついしゃれがお好きなんだ。そのうち僕も付け返して差し上げようと思っていたのだが、折がなくてね。
今はほら、ビレト公の死因にちなんで・・・・・・」
またしても咳払いである。
ボルフリ裁判長は勇気を振り絞ったらしい。
「殿下。この場で勅使殿に話すのはおやめください。それに、陪審員は裁判で知りえた内容を他ではなすことは禁じられております」
「もちろん、ぼくは、自分が陪審員をしている、この裁判については話さないさ。一言だってね。
だが、君たちはオルランド・ヴァレフォールを裁判にかけるんだろ?彼の行動が王室侮辱罪とか不敬罪にあたるかどうか審議する、新しい裁判がはじまる。そうだよね?」
セーレ公が同意を求めた相手は、オットー・ヴァレフォール卿だった。オットー卿は恭しく「左様でございます」とうなづいた。
「ってことはオルランド卿の来歴について僕は話し放題だ。
なんと、この間の裁判でビレト公爆死の裁判に関わっていた男だ。
原因は屁だと立証した件で裁判になるってさ。そうだよね?」
いいながらセーレ公はボルフリ裁判長のほうを見た。
ボルフリ裁判長はすがるような目でガミジン卿を見る。
ガミジン卿は意向をうかがうように、チラチラとクローケル卿を見上げる。
クローケル卿は、厄介なことになったと言いたげに、セーレ公を見た。
だれもはっきりとはモノを言わない。
揚げ足とか言質をとられてはたまらないからだ。
何だか、空気が張り詰めている。見えない火花が散っている
マルバス伯は構図を理解した。
いつのまにか始まっていたゲームのルールに気が付いたというべきか。
勝負の行方はボルフリ裁判長が握っている。
強いものにまかれる上、自分の頭を使って判断するのを避けようとする優柔不断なタイプ。
こいつを思い通りに動かしたら勝ち。
ボルフリ裁判長は、いまのところ隣にいるガミジン卿の意見に左右されている。
だがガミジン卿も大局を見る目はない。目の前のクローケル卿のご機嫌を取り結びたいという一心であれこれ提案をしているのみ。
そしてクローケル卿は、陛下とビレト公のご機嫌を取りたい。
いくらヴァレフォール一族が正攻法でせめても、のらくらとかわすばかりなのは、なんとかオルランド卿に意趣返しをしたいということ以外考えていないからだ。
そして、自分は責任をとることなく、自分の思い通りに天秤を動かそうとしている。
その腹黒男たちの構図を正確に把握したセーレ公が割って入ったわけだ。
何という腹黒。蛇の道は蛇。腹黒は腹黒を知る。
だが、今は、それが頼りだ。全力で応援いたしますとも。
行け。腹黒公爵。がんばれ腹黒セーレ公爵。
いつの間にか、ここは腹黒男の頂上決戦の場と化している。
ゼフォン老ならこのすごさを分かってくれたろうに。
セーレ公は、軽薄に笑った。
「なあ、クローケル卿。陛下が勅書判決なんて手段に出た理由は何故だと思う?」
「陛下のお考えを図るなど、恐れ多いこと。そのご意思に臣は従うのみでございます」
「なるほど。忠臣の鏡だ。だがね陛下と半身の源を同じくする僕にはわかるよ。このご命令のもとになった陛下のお心の内をね」
「それは興味深い。ぜひ承りたく存じます」




