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判決

選ばれなかった判決文書を握りしめて、この不当な事態を歯を食いしばって耐えていたオルランド卿が、立ち上がって叫んだ。


「異議ありっ」


オルランド卿は文箱のなかに文書を詰め込むと、それを掴んで、つかつかとボルフリ裁判長のもとに歩み寄った。


「こちらの判決を御採用願います。こちらなら受け入れる用意があります」


ボルフリ裁判長は、近づいてきたオルランド卿を怯えた目で見返した。

熊の咆哮を思わせる迫力で、ガミジン裁判官がオルランド卿を怒鳴りつけた。


「控えおろう。勅書に異義など許されぬ。却下だ」


「では刑執行の無期延期を申請いたします。またこのような判決の通例として、女性の場合、父、夫、兄弟が代わりに戦うことが認められています。テレサ嬢の場合、婚約者バルカ提督が遠い任地に居られます。バルカ提督の到着までお待ちいただきたい」


「却下。却下。判決はこの期限込みのものである。代わりに戦うことが認められるのは夫のみである。パシトーエ嬢の場合、婚約自体も疑わしいものだ」


「では、バルカ提督から、その意思を確認する手紙が届くのを待っていただきたい」


「却下だ」


何を言っても、隣のガミジン裁判官が代わりに答えてくる。

ボルフリ裁判長はおろおろして槌を振り上げたままだ。

ガミジン卿がオルランド卿を一喝すると、黙したままの裁判長に促した。


「さ、ボルフリ殿。ぐずぐずせず槌を打ち鳴らしてください」


木槌が振り下ろされれば刑がそれで確定してしまう。

オルランド卿は、ボルフリ裁判長が振り上げたままの木槌を押さえると、その目を覗き込んで言った。


「お待ち下さい。ボルフリ裁判長。わかっておられますか?体力の差が歴然としている男性と女性を、殺傷力のある武器でもって戦わせるのですぞ。となれば、この判決は、ほぼ死刑に相当する。あなたは無実の人に裁判もないまま死刑判決を下そうとしている」


「こっこれは勅許によるものであり」


やっとのことで、ボルフリ裁判長は目を泳がせながら弱弱しく言った。


「しかし、その判決を下すのは、誰です?あなたですよ。ボルフリ裁判長。責任は貴方にある。

ご再考を願います。外交問題になります。

この裁判は、アスターテの法の範囲をこえた、政治的な要素があるのです。

婚約者に死刑判決をくだしたベリアル王国に対し、バルカ提督が大艦隊を率いて宣戦布告するかもしれない。

ナーダに攻め寄せ、責任者の首を要求してくるかもしれない。

国際問題になったときには、責任を負うのはだれですか。

判決をくだした貴方ですよ。責任者の首を要求されたら、すなわちあなたの首が送られます」


オルランド卿は裁判長に迫った。

ボルフリ裁判長が口をパクパクさせながら脂汗をぬぐう。


「しかし、どうすれば」


「この場は一旦、判断を留保し、元老院にお預けするのが得策かと」


「おお。なるほど、なるほど」


ボルフリ裁判長は、新たな活路を見出し、かすかに安堵したような表情でオルランド卿の進言を検討しかけたようであったが、その決意は隣のガミジン裁判官の鼻息一発で吹き飛ばされてしまった。


「フン。何をバカげたことを」


ガミジン裁判官があきれたように言った。


「テレサ・パシトーエのために、バルカ提督が攻め寄せてくる?在りえないよ。

ジポング海図のために結婚したのだから。それがなくなったら婚約も無しに決まっている。正直いって、用済みの妻を始末してくれたことに感謝なさるのでは」


オルランド卿はガミジン卿をにらみつけた。


「宮廷筋の噂話のみで決めつけないでいただきたい。

その勘違いがこのバカげた裁判を産んだのですよ。

そもそも、濡れぎぬなのです」


ガミジン裁判官の方も、負けない形相で睨み返した。


「オルランド・ヴァレフォール!!貴様、先ほどから何をしているのかわかっているのか。恐れ多くも、勅書の儀式を妨害し、判決を捻じ曲げようとしておるのだぞ。僭越極まりない」


ガミジン裁判官には構わずにオルランドは、ただボルフリ裁判長に訴えかけた。


「この裁判はそもそも言いがかりだ。テレサ・パシトーエ嬢は無実です。

裁判が続き、パシトーエ嬢の主張を聞いていただきさえすれば、バルカ提督が彼女と婚約した理由は、ジポング海図とは何の関係もないことも立証できたのです・・・・・・ゼパル氏の証言によって、パシトーエ嬢はビレト公爵爆殺事件に関わりのないという事実が立証されました。ご納得いただけたはずです」


横合いからガミジン卿が怒鳴る。


「それで、さらに狂人に証言をさせ、亡きビレト公爵を侮辱させるきかね?許されないよ。ジポング到達の英雄を貶めることなど断じて許されない」


「そんなつもりはございません。そもそもジポング海図は存在しない。そのことを・・・・・」


ぐあーっつ

突然、怪鳥のような奇声が法廷中を圧した。

セバスチャン・ビレト公爵の叫びだった。


「あいつを殺せっ死刑だっ」


セバスチャン・ビレト公爵が奇声を上げながら、オルランド卿を指さし、さらに突進しようとした。まわりにいた廷吏たちに引き留められたが、なおも手足をばたつかせながら叫んだ。


「ジポング海図が無いといったっ!!陛下の称号にケチをつけたっ。王室を侮辱したっ。ゆるされない。これはもう謀反だっ謀反人を捕らえろっ」


ビレト公が暴れ始める。

それに乗じて、ガミジン卿が、廷吏に命令した。


「彼を捕らえよ」


廷吏二人が両側からオルランド卿の腕を取り、ボルフリ裁判長から引き離そうとした。

オルランド卿は必死でボルフリ裁判官の持つ木槌を掴んだまま、なおも説得を試みた。


「裁判長!記録に残っていないとはいえ、前回の予備審問において、パシトーエ嬢が爆殺事件にかかわっていなかったことは、ご納得いただけたはずです。

そのうえ、この裁判は、非常に政治的要素を含んでおり・・・・・」


オルランド卿は木槌を握ったまま裁判長から引き離された。「ご再考を」という悲痛な叫びは、ヒネス・ガミジン裁判官により遮られた。


「オルランド・ヴァレフォール。木槌を返したまえ」


マルバス伯がオロオロしている間に、オルランド卿は廷吏たちに木槌をもぎ取られ、そのまま両腕を掴まれて拘束され、法廷の外に出されてしまった。


ガミジン裁判官はボルフリ裁判長のほうに槌を突き出した。


「さあ。どうぞ」


ボルフリ裁判長としては、あと一人いる裁判官の意向も確認したい所だったろうが、サルマック卿は置物の様に固まり、こちらを見るなと言いたげに縮こまっていた。


「はい。どうぞ」


ガミジン裁判官の眼力に押され、ボルフリ裁判長はおそるおそる槌をうけとり、打ち鳴らした。


判決が確定した。


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