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図書館にて

ロザリンドは、休みをもらった日、図書館に行ってみることにした。

お兄様のメダルもあるし、この短髪だし。


母にとっては、それも面白くはなかったらしい。

女が本を読むなんて、どうかしている。ただでさえ、髪が短いのに、ますます縁遠くなってしまう。

どうやら自分と一緒に刺繍をしながら、日ごろの愚痴を聞いてほしかったらしい。


ごめんね。お母様。

思いながらも、朝暗いうちからナーダへ向かった。


ナーダについたロザリンドは、ドキドキしながら王室図書館の正面玄関に行き、開館を待つ人たちの列に並んだ。

そして、図書館の扉が開いた。扉のわきに館員らしき人がいたが、皆立ち止まることもせずメダルを掲げて、足早に図書館の中に入っていく。


そっけなく。さりげなく。女だと気づかれませんようにと祈りつつ、ロザリンドはすまし顔でメダルを上げた。

じつは、この入り方について、ロザリンドは昨日、兄に頼んで、ちょっと練習したのだ。


「入りなれている感じで、扉のわきにいる男にメダルを見せればいいんだ。そっけなく、さりげなく。大丈夫。顔なんか見てやしないから」


本当だわ。入れたわっ。

ロザリンドはうっとりと、玄関ホールの案内図を眺めた。

さあ、何を読もうかしら。

もちろん、物語も捨てがたいけど、せっかく正面玄関から入ったのだし。


ロザリンドは法律の文庫のほうに向かった。

入り口には女神アスターテ像があった。目隠しをして右手に剣、左手に天秤というのが一般的。だが、ここの女神像は右手に剣は持っているが、目隠し無しで、左手には本を持っている。


文庫の一つには、裁判の記録書類もあり、そこも自由に閲覧できた。

もしかして、オルランド・ヴァレフォールさんの担当した事件があるかも。

そうしたら、直筆のサインとかが見れるかも。

ちょっとした下心で判例集を見始めたロザリンドだったが、じきにその面白さに引き付けられた。


訴状や判決文のほかに、裁判に至るまでの準備の書面や、証拠について書類も含まれています。

特に『準備書面』には、訴訟を起こした人たちの主張とか反論が、細かく記載されている。

文書は淡々とつづられていたが、人々の怒り、悲しみが伝ってくるようで、夢中になって読みふけった。


ぐううううっ。自分のお腹がなるのに気が付き、ロザリンドは我に返った。

夢中で読んでいるうちにお昼も過ぎてしまったらしい。そういえば、朝ごはんも食べていなかった。


名残惜しかったが、ロザリンドはお昼を食べるべく裏庭に向かった。朝、施薬院を出発する前に、台所に行ってパンを分けてもらっていたのだ。

食べる場所を探して、ロザリンドは裏庭に向かった。

裏口がある庭には、パールベルの花が咲き乱れていた。

そんな季節なんだわ。


その場に立ったまま硬いパンを食べ終えると、ロザリンドは丘の上を散策することにした。

追い詰められて、ここに立った日から、もう数か月たっている。

懐かしく思いながら歩いていると、素っとん狂な声が響いた。


「ロザリンド、ロザリンドではなくて?」


ニムエとシーリアだった。

今日は女性の入っていい日ではないのに。そのうえ驚いたことに二人とも華やかなドレス姿だ。

ニムエはパールベルの花畑をまっすぐに突っ切ってこようとしていて、シーリアに止められていた。

会いたいような逃げたいような。

ロザリンドが迷ううち、ずんずん二人は近づいてきた。

ニムエは深い緑。シーリアは淡い黄色。どちらも光沢のある絹のドレスだ。襟元と袖口にはレース。胸元には見事な飾り刺繍があしらわれている。

こんな服を普段着にしているんだわ。


ニムエはロザリンドの目の前に立つなり、両腕を掴んで揺すぶった。


「あなた、心配しましたのよ。この数か月、どうしていたの、まあ、どうしたの?その髪の毛」


「これは、その・・・・・・話せば長くなってしまうので」


「なあに。聞かせて」


こちらの話をすると、多分暗くなってしまうだろう。そう思うと、何か言い出しにくかった。


「そっちがさきよ。どうして女装・・・・・・じゃなくてドレス姿で図書館にいるの?」


「ふふん」


ニムエは持っていたレティキュールからメダルを取り出した。


それには『最高神祇官候補生』と刻印されていた。

なにこれ。


「ええ、そうよ。名わたくしニムエ・フルーレティ女伯爵。このたび最高神祇官の候補になりましたの。だからいろいろ特権があるの。ナーダの大学の授業受け放題。元老院の見学し放題。図書館も入り放題」


「わたくしも、付き添いということで許可が下りましたの」


「これからは、堂々と中央から入るの。今までこそこそ入り込んでいたのがおかしかったのだわ」


そうだった。この人たちは雲の上の人たちだったのだ。

ロザリンド複雑な思いでうなづいた。


「大ニュースがあるのよ。パールベルで男名前を名乗っていた。サウロとかいったかしら。覚えている?」


「ええ、おられたわね」


ロザリンドは図書館で何度かあった人を思い出した。

遠い異国の物語が大好きで東洋の遠い国ジポングにあこがれていると言っていたっけ。

サウロ、というのは男の名前ではなくて、サウロシナという本が好きなお姫様の名前からとったと聞いていた。サウロシナ姫は日記の中で、皇帝の妻になるよりも、物語を読むほうが嬉しいと書き残しているそうだ。


「その、サウロさんが、なんとすごかったの。本名はテレサ・パシトーエ。王妃様の筆頭女官だったの」


「それだけでもすごいのに、とんでもない玉の輿に乗ったのよ。なんとバルカ提督と婚約なさったの」


「バルカ提督?」


「御存じない?カルタゴ帝国の提督で軍団を率いておられるの。何十隻も船をお持ちで大金持ち。世界一のモテ男として有名な方よ。歌にも歌われた方」


「女の人にモテまくりの人のお心をひと目でとらえるなんて、素晴らしいでしょ」


「ゆくゆくは侯爵夫人。幸せをつかんだんだわ」


「正直言って、容姿は普通なの。茶色い髪で茶色の眼。じつはものすごい持参金をお持ちだったけれど、それがわかったのは提督と婚約した後の事なの。バルカ提督を引き付けたのは、彼女の魅力なのよ」


「重要なのは、やはり知性なのよ」


「そう、これからは本を読む女の時代だわ」


では、きっと不幸のしわ寄せはみんな私のところに来たのだわ。

ロザリンドは皮肉に思った。

堪えようと思った涙が、一気にあふれ出た。


ニムエもシーリアも話をやめた。シーリアが、遠慮がちに言った。


「ごめんなさい。浮かれていて。あなたのこと、聞かせて。どうしていたの。話してくださいな。私たち何か力になれるかも」


ロザリンドはかぶりを振った。

この人たちは雲の上の人たちだ。前からわかってはいたけれど。


破産して病院の事務仕事で食べていかなくてはならない自分とはなおさら住む世界が違う。

それがわかったからには、友達ではいられない。


「髪は・・・・・・切って売ったの。兄が薬で体を壊してしまったから、今は施薬院にいて」


父の死から破産したことまで、何もかもぶちまけて、話してしまおうかとも思ったが、二人に引き比べた自分がみじめすぎて、喉が詰まった。


二人は励ますようにロザリンドが話すのを待っている。だが、そうされるほどに苦しくなった。ロザリンドはかぶりを振ったまま後ずさると、そのまま逃げ出した。

もう、会うことはない。



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