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勅使

勅使を迎える準備が整うまで休廷、ということになり、裁判官たちは退席していった。

満員の傍聴席でも、ざわめきが起きている。


「おいおい。何が起きてんだよ」

「そこの弁護士さんヨオ。説明してくれよ」


傍聴席からいくつも声をかけられた。

法廷にいるものは傍聴席からの問いかけに答えてはいけないことになっている、というのは建前で、いったい何が起きているのか、渦中にあるはずのマルバス伯も理解できなかった。


タッチストン卿を控室へ送っていたオルランド卿が戻ってきたので、マルバス伯は尋ねた。


「勅使が来たというのは、どういうことですか」


オルランド卿は、黙したままどこか上の空といった趣だったが、やがてぼそっと言った。


「雲の上の方では、これ以上裁判を続けるのは宜しくないと判断遊ばされたらしい」


「どういうことですか?告訴を取り下げるということですか」


「いいえ。この裁判自体を、陛下がアスターテの天秤の上から取り上げられたのです」


「は?まだまだ意味が分からない」


「裁判自体を陛下が没収なさるということです」


「はあ」


「具体的に言うと、勅使は勅書と同時に文箱二つを携えてきているはずです。

今から、テレサ嬢に、そのうち一つを選んでいただくことになりましょう」


「それで?どうなるんです」


オルランド卿はしばし言いよどんだが、やがて答えた。


「箱にはそれぞれ判決文一通づつ入っています。選んだ箱に入っていた書状が、正式な判決になります」


「なんですか、そりゃあ」


マルバス伯は思わず立ち上がった。


「証拠集めも証言集めも書き写した法律文も、無かったことになってしまうではないですか。

今、この瞬間に、ここ何か月やってきた仕事がすべて水の泡になって、単純な二者択一で運命が決まってしまう。そういう事ですか」


オルランド卿は、死んだ魚のような目でマルバス伯を見返した。


「そうです。その通り」


マルバス伯は、ため息をついて、そのまましおしおと座り直した。

そうだ。悔しいのはこの男も同じだろう。いや、私以上に悔しかろう。

オルランド卿は、ぼそぼそ説明してくれた。


「古の昔から、存在している法律です。国王陛下の至上権に関わるもので・・・・・・私も遭遇するのは初めてです」


もしかして。

マルバス伯は相手陣営の方を見た。自陣の不利をさとって賄賂でも送ったのか?

だが、浮かない顔でささやき合っているところを見ると、向こうの陣営にも寝耳に水という感じらしかった。


満員の傍聴席で動きがあった。廷吏が呼び掛けている。


「傍聴席のものは速やかに退場せよ。くりかえす。速やかに退場せよ」


長い棒を持った廷吏たちが、じりじりと追いだしにかかる。

たちまち不満の声が沸き上がった。

ぐるりと議場を取り囲んだ傍聴席のあちこちで怒号が飛び交い、もみあいになっている。


「何だよ、始まったばっかりじゃねえか」

「俺は帰らねえぞ。ぜってえ帰らねえ」

「徹夜で並んだんだよ。でていけなんてあんまりだ」

「そうだ。ふざけんな。ここを動かないからな」


強情な何人かはベンチにしがみついて抵抗していたが、結局外に出されることになった。


陪審員もその付き人達も外に出るように促されている。ロザリンド嬢は不安そうにこちらを幾度も振り返りながら部屋を出ていった。


オルランド卿が我に返ったように、周りを見回して立ち上がった。


「こうしてはいられない。テレサ嬢にご説明しなくては」


「そうですな」


「再開ののちは非公開裁判になります。弁護人、陪審員以外のものは入場禁止になります。弁護人の中でも上級法務官以外は入れないのですが、マルバス伯は陛下に謁見できるご身分ですから、認められると思います」


オルランド卿はきびきびした説明を受け、マルバス伯は額に手を当ててため息をついた。




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