ロザリンド 婚約者のシャツ
アスターテ神殿には陪審員と付き人達のための部屋がいくつもある。
ロザリンドはフルーレティ女伯の侍女として、その中の一つに滞在していた。
裁判が終わるまでは、基本的に外部の人との接触は禁じられている。
予備審問から一週間ほどたっているが、これからの予定について、何もわからなかった。
ゼパル氏の臭すぎるおならで、なんだかすべて吹き飛ばされてしまった感がある。
もう一回予備審問があるのか、それとも公判が始まるのか。
次の日取りが決まってもいいころなのだけれど・・・・・・。
もしかしたら、もめているのかもしれない。
裁判のことは気になるものの、3人で時間を気にせずに、おしゃべりできるのは楽しかった。
姫様は、セーレ公爵にオレンジをくくるのをお手伝いいただいたことを繰り返し語っていた。
「このハンカチ、宝物にするの」
ロザリンドもシーリアも部屋に戻ってすぐに捨ててしまったが、さすがは恋する乙女である。
異臭のこびりついたハンカチも取っておくらしい。
シーリアさんは捨てたくて、うずうずしているらしいが、「姫様のものだから」と我慢している。
お茶の時間になった。美味しい焼き菓子を頂きながら、ふと姫様が言った。
「ところで婚約者のシャツはいつ登場するのかしら?」
くふふふふ。姫様とシーリアさんは意味ありげにロザリンドの方を見た。
「楽しみだわ。だって、あなたとオルランドさんの愛の結晶ですものね」
「や、やめてくださいって」
なんだか、子供を授かったみたいな言い方をされて、ロザリンドは盛大に照れた。
「もう少し後じゃないかと思います。オルランド様が実際に着用なさる予定ですけれど、本当にお気の毒な姿なので、見ないで上げてください。
「え、何、どんな姿?」
「あなた、見たの?」
「ええ。シャツというよりも、袋みたいな感じで」
ロザリンドは「婚約者のシャツ」出来上がったときの話をした。
出来上がったという連絡が来たので、さっそくみんなでエイラ神殿に赴いて一室で効果を見せてもらうことになった。
これを着用する際には、エイラの巫女がそばにいないといけないとか。
色々細かい使用法があったので、エイラ神殿の一室をお借りして、試してみることになった
もしかして、私も一緒に服を脱いで横たわらなくてはいけないのかしら?
そう思うと、きまり悪くて泣きそうだったが、幸いそれはなかった。
ロザリンドは準備が終わるまで、廊下で待っていた。
呼びにきてくれたアリトン君は、なんだかニヤニヤしていた。
「入って入って。でも、あまり見ないで上げてね。特に股間のあたり」
「見ません」
「そりゃあ、そうだよね。すごいよ。シャツというより袋。
「股間のあたりに絵文字の刺繍が合ってさ。よく読んだら『快楽は罪』だってさ。そのほかにも、いろいろと聖句が散りばめられててさ。ありがたすぎてさ」
くひっひひひ。アリトン君は声を殺して、ひとしきり笑った。
聞くんじゃなかった、ロザリンドは思った。
部屋に入るとマルバス伯もティティヴィラス先輩も、真面目腐った顔つきで、窓から外を見ていたが、なんだか笑いをこらえているように見えた。
部屋の真ん中のソファに、オルランド様が憮然とした顔で横たわっていた。たくさんの刺繍が施された袋の中に入った状態である。腰あたりには薄い毛布が掛けられていたので、股間あたりにあるという問題の刺繍は見えなかった。首元はきれいな組みひもで、きっちり結ばれていた。
「そこの紐を引いてください」
巫女さんに促されるまま、ロザリンドは紐を引っ張った。
「あの、苦しくないですか?」
オルランド様は、難しい顔をしたまま、「大丈夫」と答えた。
「この時点では、袋に余裕がある」
ロザリンドが紐を解くと、オルランド様は体を起こした。
上半身があらわになってしまったので、ロザリンドはどぎまぎしながら目をそらした。
マルバス伯たちがオルランド様を取り囲んで、検証を始めた。
「どこまで脱げますか」
「腰のあたりで止まってしまいますね」
「ちょっと引っ張らせてください」
マルバス伯が軽く引っ張って、感心したように言った。
「なるほど。パシトーエ嬢の証言の通りですなあ」
「ぴったり体にくっついていますね」
ロザリンドは、婚約者のシャツについての証言を思い返した。
袋が水にぬれた服の様にぴったりくっついてしまうから、体の線がすべてわかってしまう。足の形とかお尻の形とか。
だめだ。考えたらだめ。
ここで鼻血を出したら、変なやつと思われてしまう。それだけはだめ。
「証言によれば、バルカ提督は、これを脱ごうと試みたが果たせなかったそうですな」
「では、どうにかして脱いでみましょう」
オルランド様は軽く応じた。
「袋の口が首あたりにあるときは余裕があるのです」
「じゃあ、袋が体にくっつく前に素早く引き下ろせば脱げそうな気がしますね」
ちょっとまって。オルランド様は今、全裸なのよね。
「わっ私、外に出ていますっ」
ロザリンドは小走りで部屋の外に出た。
「それで、どうなったの」
姫様とシーリアさんが、目をキラキラさせながら言った。
「いや、見ていないので、なんとも」
ロザリンドは話をそらした。
ロザリンドが部屋を出た後、オルランド様の「ぐおっ」というくぐもった悲鳴が聞こえた。
袋の口を首元まで持ち上げたのち、勢いよく引き下ろしたらしい。
結婚の女神エイラは、結婚式まで女性の純潔を守り抜く。『婚約者のシャツ』を着用の上勝手に脱ごうとする不埒者を許さない。
霊験あらたかな『婚約者のためのシャツ』は、引き下ろしたその勢いのまま、オルランド様の下半身をぎゅっと締め上げた。
オルランド様は、そのまましゃがみこみ、しばらく立ち上がれなかった。
「もげるかと思った」とつぶやいておられたらしく、アリトン君などは笑いをこらえるのが大変だったそうだ。
何がどのようにもげるのか、という話は、この場合とてもはしたないことのように思えたので、ロザリンドは考えないことにした。




