Vox populi vox dei. 大衆の声は神の声
さあさ皆さん、お待ちかね。
大注目の「海図か魅力」おっぱじまったぜ。
俄かファンのために、ちょろっと説明しとこうか。
俺っち、基本親切だから。
今日のお客さんは、明日から事情通になれるってわけさ。
後でお祝儀よろしくな。
事の発端は、先代のリチャード・ビレト公爵さまが、大爆発で亡くなった。
ナーダのフォカロル神殿を吹っ飛ばし、町中揺るがすような大爆発さ。
息子のセバスチャン・ビレト公は、敵討ちを誓った。
言い分はこう。
「すべてはテレサ・パシトーエのせいだ。
あの不細工女はバルカ提督の婚約者になったが、それはジポング海図のおかげだ。
ジポング到達の英雄であるリチャード・ビレト公が奉納した、門外不出のジポング海図。
あの女は、ジポング海図を盗み、それをバルカ提督に貢ぎ、まんまと婚約者の座を手に入れやがった。
でなくて、天下一のモテモテ男があんなブスを選ぶわけがない。
床入りしたのに生娘のまんまおっぽり出したのが、その証拠だ。
あの女は、その腹いせに、後見人に命令して新型火薬で父を殺したに違いない」
パシトーエ嬢の方にも言い分がある。
「ふざけないでよ。バルカ提督を引き付けたのは、私の魅力!!大体なんで泥棒扱いされなきゃなんないのよ。ジポング海図なんて知らないし、火薬なんて知らないわよ」
というわけで、真っ向対立と相成った。
奇しくもお互い雇った弁護士は、ヴァレフォール家出身。
ビレト公側には、本家のオットー御大に分家のホレイシオ卿までがそろい踏みで御出陣だ。
俺っちみたいな法廷玄人には、たまらない好カードなわけよ。
そして、こないだの「悪魔の薬」の裁判でタッグを組んでいたダブルオーは今度は敵と味方に分かれた。
オスカーさんがビレト公側。
そして一族で唯一オルランドさんがパシトーエ嬢側についた。
どんな丁々発止の演説がきけるかと思うと、もうわくわく止まらない感じでさ、もうね、俺っち予備審問から聞きに行ったのさ。
同じこと考える奴は多くてさ、並ぶ並ぶ。大変だったよマジで。
予備審問ってさ、基本地味。これから裁判で争う内容を話し合う。
原告も被告も出てこない。
これを踏まえて次を楽しみにする、というのが普通なんだが、今回は違ったね。
しょっぱなからドラマだったよ。
まずはパシトーエ嬢側から口火を切った。
あの爆発を引き起こした張本人呼んできましたってさ。
もう、法廷がどよめいたよ。
登場したるはゼパル氏。名前聴いたことある?
あるんなら、兄さんちょっと遊び人だね。この色男。
そうさ娼館に行ったら必ずある、アレだよ。『愛と快楽のため』の、あの袋作ってるひと。見た目は真っ赤な服着たちんちくりんの小父さんなんだがね。
じつは錬金術師にして、貿易商人。何隻も船を持っている大金持ちらしいぜ。
登場するなり、ゼパル袋を配りだしたから、みんなびっくりさ。
みんなで「ゼ・パ・ル ゼ・パ・ル」と手拍子付きで、大盛り上がりさ。
そして、証言がまたすごかった。
爆発は自分のせいだ。逃げも隠れもしない。
その原因は何だと言ったと思う?新型火薬?違う違う。
屁だって。
なんと、あの場で屁ぇこいたっていうんだよ。
それがあの大爆発の原因だって。
な、笑えるだろ。
あの場でも大うけだった。とくに陪審員席のジャスパー・キマイリス卿なんかさ、笑いすぎて椅子から滑り落ちて、床を転げまわって笑っていなさった。
すごいのはさ、ゼパルさんはさ、自分で名乗り出てきたんだよ。
これが認められたら、ビレト公を殺した殺人犯になっちまうじゃん。
それでもさ
「首ちょんぱがなんぼのもんじゃい」
って啖呵を切ってさ。
当然ビレト公側は怒るわな。証拠を見せろってさ。
パシトーエ嬢側では、そう簡単にはいかねえと。
ゼパル氏は、あの屁が自由自在にこけるなら船やめて屁で稼ぐってさ。ちげえねえ。
そんでしばらく押し問答だ。
だが、突然ゼパルさんの腹具合がいける感じになった。
会場では、屁に備えて準備が始まった。
パシトーエ嬢側は、すでに臭い消しのオレンジとかを大量に買い込んでいたんだ。それと括り付ける布切れをあわせて、まわりに配り始めた。
裁判官様とか、陪審員席の澄ましたお貴族様なんかが皆、鼻先にオレンジ括り付けているのは、見ものだったぜ。
そうそう。今回、陪審員席には王弟殿下のセーレ公爵もおられたんだ。ただでさえ仮面で顔半分隠れているのに、さらに口元まで隠してさ。なんか間抜けな姿だったぜ。
皆大真面目で、その作業を終えた。
ゼパルさんは、屁をこくべく、こんなポーズで構えた。
腰を落として足を踏ん張って、そうそう。そんな感じ。
そして、ぐっといきんだ。
すげえ音だったよ。ぶほおおおっと、
もう豚の大群がわめいているみてえな、大砲みてえな、とにかくすんげえ音だったぜ。
風もすごくて、重たげなマントがパタパタはためいていたくらい。
近くの蝋燭が、何本も一斉にすごい勢いで燃え始めて、あっという間に燃え尽きちまった。
さっき、俺っち
「みんな、鼻先にオレンジを括り付けた」
って言っちまったけど、皆じゃねえんだよな。
ビレト公側の弁護士は皆拒否したし、陪審員の中でもキマイリス卿は断った。
たかが屁だし、大したことねえと思ったんだろうな。
だがね、たいしたことあったんだよ。
ゼパルさんの真後ろに立ってた弁護士さんなんか、あまりの臭さに倒れちまった。
キマイリス卿は、最初は「臭え臭え」と大笑いしていたんだが、本格的に臭いが広がってくると、だんだんそれどころじゃなくなってきたみたいでさ、
オレンジがねえと耐えられねえと思ったんだろうな。鼻をつまんできょろきょろ見回した。
まわりの陪審員席に座っているのは、ヒョロヒョロの坊ちゃんたちなんだから、そっちから奪い取れば楽なのに、あの人、漢なんだよねえ。
臭さに悶絶しながらも、傍聴席に躍り込んだ。
その日、傍聴席にはキマイリス卿の友達が大勢きててさ。
そのときも、十人そこらが数個のオレンジを奪い合っていた。
キマイリス卿はそのど真ん中に飛び込み、やっとのことでオレンジを確保した男に、拳闘勝負を挑んだ。
つぶれたオレンジを鼻にあててた男は片手が使えなかったわけで、その分ハンデだったわけよ。
息を止めたまま、両の拳で攻撃するキマイリス卿の敵じゃなかった。
ほんの数秒でケリはついた。いや、すごかったよ。右の流し打ちからハイキック。そして腹に正拳叩き込んでノックアウトだ。
キマイリス卿は、オレンジをもって、悠々と陪審員席にお戻りになったんだよ。
まあ、見届けたられたのはそこまででさ、俺っちのいた後ろの方の席にも臭いが来やがって。もうね、臭いのなんの。
肥溜めに頭から突っ込まれたみてえなの。
息を止めたまま、死に物狂いで外に出てさ、外に出て深呼吸した時には涙が出てきやがった。
あんなに空気がうまかったことはねえな。
そんで、口直しって言うか、鼻直しにオレンジを買うため、市場中を走り回ったんだがよ、ほとんど売り切れ。
残っていても、なんか食えねえような硬い緑色のやつしかねえの。急に三倍くらいに値上げしてやがってさ。
最悪だぜ。
法廷ではさ、後で聞いた話だけど、あのあと錫杖が打たれたんだと。
三回打つ間に「異義あり」っていわれなきゃあ、主張が通るってやつ。
ってわけで、爆発の原因は屁で決まり。
でも、そうなるとこの裁判どうなるのか、分かんなくなってきたぜ。
だってさ、ビレト公としてはさ、パシトーエ嬢が火薬を仕掛けたって主張していたわけだから。
そこが、通りすがりの男の屁になっちまった。
これからどうなるのか、こうご期待。




