大法廷にて 5 Mundus vult decipi, ergo decipiatur.
手足をばたつかせながら、転げまわって笑っていた、キマイリス卿が、笑い涙を拭きながら、
むっくり起き上がった。
ヴァレフォール師弟の舌戦は玄人を唸らせるものだったが、素人や古語の分からない者たちにとっては、なんだか怒鳴り合っているようにしか見えない。
席に戻ったキマイリス卿は、白熱した議論を交わすヴァレフォールの間で、つくねんとたっているゼパル氏が現在暇であると判断したらしい。金色の目を輝かせてゼパル氏に話しかけた。
「なあなあ、おっさん。ゼパルさんだっけ?マジ?あの大爆発、マジでおっさんの屁?」
「そやで」
「そんで、そのまま飛んだってマジ?」
「そやで。港の船まで一っ飛びや」
キマイリス卿は手を打ってわらった。
「マジかよ。最悪だぜ。おれらさ、これ新型火薬だから、臭い覚えておこうぜって言ってさ。なあスフェン、そうだよな」
キマイリス卿は、とっても遠いところにいる男に話を振った。話を振られた男も大声で話を返してきた。
「そうだよ、ゲロ吐きながらさ」
「そうそう。」
「これ絶対新型火薬だから、臭いを覚えておこうぜって」
「な、アルマンディン。お前なんか2回もげろ吐きながら。嗅ぎまわったってのにさ。おっさんの屁だってよ」
「やべえ。あれ、おっさんの屁だったんだ」
キマイリス卿は手を打ち足を踏み鳴らして大笑いしていた。
裁判官の咳払いをして注意を促したが、キマイリス卿は、なんかウザいなと言いたげにちらりとそちらを見ただけで、話を続けた。
「いいぞ、おっさん。おもしれえじゃねえか」
法廷中の注目はキマイリス卿とゼパル氏に集まっていた。
ジャスパー兄貴のいう事だから、とか面白ければ正義みたいな感覚だろうか。
オルランド卿もホレイシオ卿も議論を中断した。
法廷は、もうすっかりキマイリス卿のペースであった。
「あとさ、港の近くで飲んで喧嘩してたやついたよな」
「はーい。俺らです」
傍聴席の後ろの方に座っていた男たちが数人立ち上がり、勝手に証言を始めた。
「あのひ、非番だったんで、港近くのウミネコ亭で飲んでいたんすよ。そしたら、急に外が臭くなったんで、窓を閉めたんす」
「そしたら、隣のテーブルのやつらが、突然殴り掛かってきやがって」
「そうそう。俺らが屁をこいたって濡れ衣かけてきやがって」
「俺らじゃねえって言ったのに」
「聞きゃしねえの」
「おまけに、屁をこいたあとで窓を閉める外道は、殺すっていいやがって」
「生かしちゃおけねえ。だったかも」
「外がクセえから閉めたって言ってんのに、嘘つき呼ばわり」
「こっちも上等だ、っていって売られた喧嘩を買ってさ」
「ぼこぼこにしてやったんすよ」
「そう。俺らの圧勝」
「そんで、勘定はそいつらにつけとけって言って、店を出ようとしたら、外の方が臭えでやんの」
ぎゃはははは
マルバス伯は額を押さえた。笑いどころがよくわからない。
港のそばに、バカばかりが集まる掃きだめのような店があるらしいことだけはわかった。
めまいがしそうだ。
「うみねこ亭か。そうか。その上を飛んだ気がするな」
ゼパル氏はもっともらしくうなづき、オルランド卿はそれを訳し
ホレイシオ卿は「異議あり」と叫んだ。
キマイリス卿がゼパル氏に言った。
「なあなあ。ゼパルさんよぉ。一発こいて見せてくれよ。」
傍聴席からも声が飛んでくる。
「一発こいちまえば決まりじゃんよ」
「おれら臭い覚えてっからさ」
ゼパル氏は重々しくうなづきながら、腹を撫でた。
「うむ。実は先ほどから、いささか催しておる」
「よっしゃあ、決まり」
うひゃひゃひゃと笑いながらひとしきり笑うと、キマイリス卿は大音声で怒鳴った。
「おう。おまえら静かにしろや。ゼパルさん、屁をこくってよ」
さらなる大爆笑である。
まんざらでもなさそうに、にやにやしながらゼパルがいう。
「おい。にいちゃんやめてくれえや。静かにされたら照れるがな」
話の成り行きを見守っていたオルランド卿はゼパル氏に飛びついた。
「本当ですか」
「おお。ちょいといけそうなきがする」
「わかりました。少しお待ちください」
オルランド・ヴァレフォールは裁判官に申し立てた。
「ビレト公は偶発的な事故により無くなった。それは、ゼパル氏の放屁によるものである。これを立証致したく存じます。厳正なる裁判官に置かれましては、一事不再理の原則にのっとり、対処いただきたく存じます。では準備をさせていただきたい」
オルランド卿は、後ろに置いておいた麻袋を廷吏に渡した。
中には買い集めたオレンジと大きなハンカチが入っている。
「正直申し上げて、耐えがたいほどの大変な悪臭になります。ご希望の方には臭い消しのオレンジをお渡しいたします。それと、大きめのハンカチもご用意いたしました」




