大法廷にて 4 Mundus vult decipi, ergo decipiatur.
オルランド卿とホレイシオ卿は、白熱した議論を続けていた。
マルバス伯は、息を殺してヴァレフォール師弟二人の応酬を眺めていた。
ほとんど古典の引用。
ティティヴィラスくんは二人の議論の出典がわかるらしく、深くうなづいている。
「むむう、プラトンの国家論。たいして、キケロのカティリーナ弾劾ですな。ややっキケロで返してきた。ピーソー弾劾、?いやマルティウスかな。なるほど、そうきたか」
理解しようとするのをマルバス伯はあきらめた。
お互い古語で、ずいぶんと高尚な議論が交わされている。自分がこれをやらずに済んで本当によかったと思うばかりである。
議論は完全に平行線である。
オルランド卿が、行われた証言を前提にして、偶発的な事態が引き起こした悪意のない事故である、との主張を展開している。
せんじ詰めれば屁の話である。なんとなく、肚に力を入れにくいような締まらない気持ちになる。
しかし、ホレイシオ卿は証人そのものがうさん臭く、証言は採用すべきではないと主張している。
常識人であるマルバス伯としては、腹の底からホレイシオ卿に同意したいところだったが、それを表明するわけにはいかない。
やっちゃったら負けである。
いきなり攻守所を変えた感があった。
話す内容はともかくとして、ゼパル氏を証人として認めるか否か、だけをとってみれば、オルランド卿に理がある。
手続きを踏んで「証人宣誓」をした人間を(まあ、自らを悪魔だと言っていることについては置いといて)認めない理由は存在しない。
だが、ホレイシオ卿が、絶対に譲れない理由も、まあ、わかる。
ゼパル氏を証人として認めることは、すなわち「ビレト公爵が死んだのは、屁によるものだ」という可能性を認めてしまうことになる。
そうなれば、あのセバスチャン・ビレト公爵は大激怒。
国王陛下のご不興を買うことも間違いない。
新型火薬の爆発によって殺されたとなれば、英雄の悲劇的最期となるだろうが、通りすがりの男の屁によって死んだとなれば、喜劇になってしまう。
壮絶なバトル、白熱した議論ではあったが、いつまでたっても平行線であった。
マルバス伯が陪審のほうを見ると、セーレ公が聞き入っている。
どうやら、想定の範囲なのか、戸惑う様子もない。
目が合うと、セーレ公は魔よけの小鬼像みたいな邪悪かつ不気味な笑顔で頷き掛けてきた。
その一瞥で、なんとなく、言いたいであろうことは伝わってきた。
『なあ、エルンスト。僕にこのゼパル氏を信じろというのかい?
ああ。もちろん僕は味方として、どんな話でも信じた振りをして見せる覚悟はあったし、してみせるよ。
だがね、ここまでヤバイ与太話を信じて擁護する羽目になろうとは思わなかった。
僕の評判は、がた落ちすること間違いなし。
何か僕に恨みでもあるのかな?・・・・・・あるか。山ほどあるよね。
だからといってさ、これはひどくないか?だってさあ・・・・・・・』
マルバス伯はあわてて目をそらした。自分の後ろめたさが加味されているとはいえ、多分八割がたあってると思う。
これ以上見ていたら、まだまだ続きそうだ。
高い天井に、ヴァレフォールの美声が木霊する。
なんてすばらしい響き。声の高き低き、そして深み。
屁にまつわる議論を戦わせているとは思えない。
ティティヴィラス君が囁いてきた。
「マルバス伯は余裕の笑みですなあ。さすがです」
マルバス伯はかぶりを振った。
んなわけあるかい。こんな無茶なことを本当だと言い張らなくてはいけない、良心の呵責に押しつぶされて、たましいが半分ぬけかけているだけだ。
いつ果てるとも知れない議論に決着をつける男は陪審員席にいた。
それは、マルバス伯の頼みにしていた腹に一物持っている王子セーレ公ではなかった。
腹の中に何もため込まず、それゆえ仲間たちの絶大な信頼と人気を誇る快男児ジャスパー・キマイリス卿であった。
のちにヘリオス騎士団の鏡と称えられる男である。
ゼパル氏の屁の話で、手を打ち、足を踏み鳴らし、けたたましい笑い声を立てていたが、笑いすぎて椅子から滑り落ち、床を転げまわっていた。ようやく笑いが収まったらしい。むっくり起き上がった。




