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大法廷にて 1

とうとう時間が来た。


儀礼斧を持った廷吏二人に導かれて、マルバス伯は、大法廷に入廷した。

オルランド卿以外の全員が初めてだ。

ティティヴィラス君もアリトン君もタープ君も初めてらしい。


この建物は、馬蹄型の劇場のような作りになっている。客席ならぬ傍聴席は法廷を取り囲むように、階段状になっている。腰掛だけでも3百人ほど座れるらしいが、そこはすっかり埋まっていて、その後ろの立見席にも人がいる。


舞台にあたるところに、裁判官たちの席と陪審員たちの席が設けられている。


法廷の真ん中には、証言台がある。石造りの柱を切り取って持ってきたような小さなテーブルである。

天板には天秤のレリーフが施されており、女神アスターテへの宣誓などは、これに手を当てた状態で行われる。


証言台から五歩の範囲は、『内陣』と呼ばれ、女神アスターテへの訴えの場所である。

大理石のモザイクで美しく飾られている。白と黒を基調としたその模様は同心円状に広がっていて、水面にドスンと証言台を落とし、その波紋がきらめきながら広がっていく様を思わせた。


内陣に足を踏み入れていいのは、ごく限られた人数だけだ。

基本的には原告、被告、証人。アスターテ神官が双方から一名づつ。

そして内陣の輪の中で発せられた古語のみが、記録され、裁判官と陪審員の判断の材料となる。


内陣の左右に分かれて、弁護団の椅子と机が置かれている。


タイミングを同じくして、原告側弁護団も入場してきた。


控室で相手方の弁護団の名前を見てからティティヴィラス君が、ずっと、小さく震えていたが、実際に相手が見える場所に来ると、もう、歯の根もあわないくらいにガタガタ震えている。

武者ぶるい、というよりは怖くて仕方がない、という感じだ。


原告側は青いサッシュ、被告側は赤いサッシュを肩から掛けることになっているが、

始まる前から大けがしているみたいだ。袈裟懸けでザクっとやられている感じ。


「相手側は、さすがに、すごい貫録ですな」


マルバス伯は思わず言わずもがなのことを囁いた。


「ええ」


オルランド卿は相手方の紹介をしてくれた。


末席にいるのがオルランド卿の従兄にしてダブルオーの片割れ、オスカー卿。

隣はバシリコク家から テオ卿で、オスカー卿の義兄にあたるらしい。

ヴァレフォールの分家の一つ、西ヴァレフォール家当主 ニコラス卿。

これまた分家の一つ、北ヴァレフォール家当主。ホレイシオ卿。

そして一番上席にはヴァレフォール本家からオットー卿。オルランド卿の伯父上だ。


マルバス伯は説明を聞きながら、思わずため息をついた。


「申し訳ないね。君は、本当に、親戚一同を敵に回すことになってしまって」


「なに、アスターテ氏族にはよくあることです」


オルランド卿は肩をすくめた。


「一対一だったら、逃げたくなるところですが、幸い大勢です。

そして全員が自分が大将でないと気が済まないタイプです。料理人が多すぎるとケーキはまずくなるといいますしね」


オルランド卿は金糸でごつい刺繍が施されたサッシュを肩から斜めにかけている。

オリーブの枝をモチーフにしたもので、通称「アスターテオリーブ文様」


この刺繍付きサッシュをかけることができるのは。アスターテ上級神祇官のみ。

いくら金を積んでも試験に合格しなければ、ダメなのだそうだ。

こちらの陣営はオルランド卿一人だけである。


向こうは全員がゴツイ刺しゅう入りたすき掛け。


例えるなら斧もって鎧兜の重装騎兵5騎に対し、

こちらは重装兵一騎、軽装歩兵4・・・・・いやいや。違うな。

歩兵3人。私という素人が一人。

マルバス伯は冷静に思った。

私は丸腰で棒っきれもたされて、戦場に迷い込んだような気がする。

せめて、邪魔をしないようにするしかできない。


「しかし、なかなか盛況ですな」


マルバス伯が囁くと、オルランド卿が傍聴席を見回した。


「注目の裁判だからでしょう。しかし妙だな」


「なにがですか?」


「地味な予備審問をわざわざ傍聴しに来るのは法曹界の人間か、弁士を生業とするもの位なもの。なのに今日は、見たことがない顔が多いんですよ。法曹界の人間でも弁士でもない毛色の違う人たちだ」


本日は予備審問であり、双方の弁護人と裁判官、陪審員が集まり、争点の整理をするだけである。

原告セバスチャン・ビレトも被告テレサ・パシトーエも法廷には姿を現さない。

にもかかわらず、大法廷の傍聴席は8割がた埋まっていた。


とくに、妙にガタイのいい連中がたくさん来ていた。

そして無駄にでかいこえで、大ホール法廷を挟んで世間話を始めた。


「何だ、お前らも来たのかよ」

「おう。ジャスパー兄貴の晴れ舞台じゃあねえか」

「見なきゃ損だぜ」

「酒の持ち込みがだめだってよ」

「なんか、丸腰ってのはフルチンでうろついているきぶんにならねえ?」

「おお。なるなる。なんか締まらねえよな」

「おまえら脱ぐんじゃねえぞ。裸踊りやったら追い出されるからな」


だははは

ぎゃはははは


なんだか、酒場にいるような会話を聞いて、マルバス伯は思わず顔をしかめたが、オルランド卿は思い当たることがあったらしい。楽しげに笑った。


「なるほど。わかりました。おそらくは、ヘリオス神殿守護騎士団の人たちでしょう。陪審員にジャスパー・キマイリス卿がおられますからね。弟さんたちとか友人たちが、大挙して見物に来られたのでしょう」


ヘリオス守護騎士団はバアル神殿騎士団とならんで二大騎士団と呼ばれている。

神の名を冠し国王陛下に直隷するところは同じだが、雰囲気はかなり違う。


バアル騎士団は、すべて貴族。半分以上名誉会員が占めている。

対して、ヘリオス守護騎士団のほうは、貴族出身者は半分程度。

いざ外国と戦争となったとき組織されたベリアル国民はヘリオス騎士団の指揮下に入ることになっているせいもあるだろうか。ずっと庶民的である。


現ヘリオス騎士団長はキマイリス侯爵。その長子であるジャスパー・キマイリス卿は、セーレ公と同じく最高神祇官の候補となっているため、マルバス伯も儀式のたびにお会いしている。

 黒檀の肌に金髪、おまけに金色の目という、キマイリス家の容貌を受け継いでいる。れっきとした王族なのだが、びっくりするほど気さくな方だ。


マルバス伯はおもわず囁いた。


「それにしても、雰囲気がちょっと砕けすぎていませんか」


「いい感じですよ。ゼパル氏と相性がよさそうだ。裁判の結果、有罪無罪を決めるのは陪審員ですが、彼らの判断は傍聴席にも影響される。今日の聴衆は願ってもない」


「だといいのですが」


陪審員たちが入ってきた。


セーレ公はフルーレティ女伯爵に腕を貸している。腹黒公爵だけあって外面はいい。そういえばあの女伯爵閣下はセーレ公を憎からず思っておられるらしい。何かささやかれて頬を染めつつうなづいている。


陪審員の席の後ろのほうに席が用意されている。陪審員たちのおつきの者たちが座る席だ。

ロザリンド嬢がシーリア・エリゴール嬢と並んで腰かけるのが見えた。今日は、フルーレティ家の侍女として参加である。

オルランド卿はそちらをみて、かすかに表情を緩めた。

「婚約者のシャツ」を入手するため、書類上の婚約者となった二人だが、なかなか似合いだと思う。

どちらも真面目で誠実で、それゆえにいささか不器用なところがあって、進展らしい進展がないようだが、ここは、気の利く私が何とかしてやらねばなるまい。この裁判が終わったら、すぐにでも。

マルバス伯は思った。


ジャスパー・キマイリスが姿を見せたとたん、傍聴席はどっと沸いた。


「よっ待ってたぜ。ジャスパー・キマイリス登場」

「ジャスパー兄貴の間抜け面、見に来たぜ」


どうやら、傍聴席のヘリオス騎士団員にとっては、いつもと違う衣装で静々と歩いてくるキマイリス卿は、もう、それだけで面白くてたまらないらしい。


「おい。キマイリス。お行儀よくその場に座っているんだぞ」

「ジャスパー。服を脱いじゃダメだめだぞ」

「いつもみたいに、斧振り回すのもなし」

「裸踊りも歌もがまんしろよ」


野次の一声一声に笑いが起きる。


キマイリス卿は金貨のような目で会場を見まわすなり、舌打ちして怒鳴った。


「てめえら、何しに来やがった。ぶっ殺す」


騎士団の面々は、どっと沸き返った。


「いただきました。今日初めての「ぶっ殺す」」

「しょっぱなからしくじってやがる。」

「ざまあねえな」


野次を聞いていたオルランド卿は楽しげに笑った。


「いい風吹いていますよ」


「これがですか?」


「ええ」


オルランド卿は、ニンマリ微笑みかけた。


3人の裁判官が入場した。

ガミジン卿。サルマック卿。裁判長はボルフリ卿。


ボルフリ裁判官長が、のっぺりした声で審議すべき争点を読み上げ始め。


「原告によれば、審議すべき争点はいかの通りである。

1 テレサ・パシトーエ嬢は、後見人ロノウェにジポング海図を盗ませた疑い。

地図を取り戻そうとしたリチャード・ビレト公爵を死に至らしめた。

2 その代金は、持参金と称してテレサ・パシトーエの口座に振り込ませた・・・・・・」


選任された裁判官の家名を聞いただけで、マルバス伯の心は重くなった。

いずれも宮廷に出入りする大貴族たちである。となれば何の考えもなく陛下の意向どおりに判決を下す。


ところが隣のオルランド卿は実に嬉しそうに言った。


「ますます我々が有利になってきましたな」


マルバス伯は信じられない思いで見た。


「どこがだい?裁判官がそろいもそろって、有力貴族の宮廷人だよ。陛下およびビレト公の味方に決まっているじゃないか」


「Nil homini certum est.」


人にとっていかなるものも確実ではない。

オルランド卿は確信に満ちた口調でそう言った。


「そろいもそろってコネで現職にあるというのは有名ですよ。そろいもそろって学位を持っているだけのド素人だ。現場に出てきたことはほとんどない。ということは、突発的なことに対応できない。今だってそうでしょう」


確かにその通りだった。


裁判官の一人、ガミジン卿が、木槌を振り下ろし、「静粛に」と声をかけたが、まるで通用しなかった。

ますます傍聴席は、というかキマイリス卿の友人たちが盛り上がって、野次はヒートアップしている。


「おう、廷吏。キマイリス卿の席は外でいいよ」

「そうそう。無駄に声がでかいから平気」


キマイリス卿は促されて自分の席に座ったものの、再び立ち上がり、会場を圧するような大声で、怒鳴った。


「てめえら。うるせえよ。馬鹿どもが。今すぐ出てけ。出ないと、まじで皆殺し」


キマイリス卿の物騒な宣言にも、野次はさっぱり収まらなかった。


「おお。来てみろや」

「返り討ちだ。ばーか」

「陪審員は黙ってろや。」

「こちとら野次飛ばし放題なんだよ」


収まらないヤジに業を煮やしたらしい。


裁判官のガミジン卿が、机をたたき壊す勢いで、木槌を振り下ろし続けている。


「ますますいいですね」


オルランド卿は楽し気にいうと、立ち上がって内陣へ足を踏み入れた。



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