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裁判始まる


施薬院からナーダ市街へ向かう、早朝の馬車に揺られながら、ロザリンドは、寝不足の眼をこすった。今日は、裁判の初日、予備審問が行われるというのに。すっごく気合を入れて集中しないといけないのに、昨夜はほとんど眠れなかった。


寝不足なのは、8割がたお母様のせいだわ。ロザリンドは思った。

今日の裁判初日に備えて、ロザリンドは昨日の昼、施薬院に戻ったのだが、

その日、なぜかお母さまが帰ってきていた。


誰かが、叔父様に、ロザリンドの婚約について知らせてしまったらしい。

しかも相手は、名門ヴァレフォール家のホープ。オルランド卿である、と。


叔父様の家で破産者の居候として形見狭く暮らしていたのに、たちまちお客様待遇に改められたことが薄気味悪くなったお母様は、確認のため施薬院に戻っていらしたらしい。


まあ、現状は幸か不幸か、母の期待通り、いや、それ以上になっている。


息子は大法廷デビューする。アスターテ系氏族だけでなく、世間が注目している有名な大事件の裁判だ。チャームorチャート裁判だ。


そして娘は、アスターテ系の名門の御曹司と婚約がととのったうえ、王族フルーレティ家の姫君の元へ出仕している。


いつの間にか、出来損ないの息子と恥さらしの娘が、大出世していることに狂喜乱舞であった。


もちろん、きちんと現状について説明した。

兄は、この裁判を最後に医師としての道に専念するつもりであると繰り返したし、

ロザリンドも、婚約はこの裁判の為であり、婚約と言えば婚約だけれど、そんなにちゃんとしたものじゃない。お名前をお貸しした便宜的なものである旨を説明した。


が、母の耳には一つも入っていない様子であった。


裁判について、お兄様に持って帰った資料を見せつつ、説明したいことは山ほどあったのに、

母がソワソワうろつきまわり、思ったことを喋り散らすものだから、一向に集中できなかった。


「お母様ね。ヴァレフォール家を訪問して、お話してきてあげる」

「お母様思ったけれど、ドレスの流行について調べておいた方がいいと思うの」

「婚約式でしょ、パーティでしょ、そうね、5着は必要」

「招待客についてだけれど」


「お母様。今、お兄様と大事な話をしているのっ。」

といっても

「婚約の話のほうがずっと大事です」


で、ジ・エンド。話の通じなさは相変わらずだった。


ロザリンドだって、できるなら、そういう話をしてみたい。


でも、それ以前の問題として、自分が本当に婚約したと考えていいのかどうかも分からない。

この一月で、オルランド様とはちゃんとロザリンドとして声を出して話せるようになったけれど、仕事の話しかしていない。

態度も、お兄様に成りすましていたときと変わらない。

嫌われてはいない。という程度のことしかわからない。

そこら辺のことを、口を酸っぱくして説明したのだが、ダメだった。


オルランド様と同じ屋敷に住んでいるとか、付き添いなしで二人きりで馬車に乗ったことなんかを話したら、無駄に暴走してしまいそうで、話せなかった。


繰り返しに嫌気がさしたロザリンドはとうとう、机をたたきながら叫んだ。


「お母様が、この裁判が終わるまでに余計なことをなさったら、私の方から婚約破棄しますわっ。婚約破棄っ婚約破棄っ」


と言いたくもない言葉を連呼してやっと、お母様は、しぶしぶ引き下がってくださった。


それから、兄さまに、何とか必要な資料の説明をし終えたころには、明け方だった。

というわけでロザリンドは寝不足のまま、馬車に揺られていた。


ロザリンドは隣に腰かけた兄の方を見た

久しぶりの法廷衣装にマントを羽織っている。メダルをかけて、緊張している。

今日は、シーリア・エリゴール嬢が会いたがっているから。挨拶に行こう、と言ったのだが断られた。

「お前も、友達甲斐のないやつだ。やんごとない姫君に僕みたいな人でなしのクズを引き合わせようだなんて」

「くずだなんて、そんな」


ギャニミードはきっぱりと首を振った。


「会えない。僕は、素敵な美女と楽しくやってるって言っておいてくれ」


「ちょっと、トゲトゲしい美女ってこと?アーチンは男の子でしょ」


「どうでもいいだろ。いま生活を立て直すので精いっぱいだから、他のことなど考えられない」


そう言われてしまうと、それ以上は言えなかった。


なんとも思っていないから会えないのではない。きっと逆なのだわ。

シーリアさんには、兄さまと会わせてほしいと頼まれて、安請け合いしてしまったけれど、あきらめるしかなさそう。

ロザリンドはため息をついた。



今日の裁判についても、考えなくてはいけないことは山積みである。


まず心配なのは、証人として出廷予定の、ゼパル氏だ。

マルバス伯は証人として呼ぶのに反対していた。

だけれど。

あの爆発は、自分のおならのせいだと主張しているのだそうだ。

ありえないような気がする。

だが、これが認められれば、争点の一つは消えるし、オルランド様とティティヴィラス先輩がその威力を確かめて、いけると判断したそうで、押し切られる形となっている。




ナーダ市街のはずれ、施薬院の馬車を降り、ロザリンドは兄と連れ立って、アスターテ神殿へ向かった。


今日の裁判が行われる大法廷がある建物のまわりから、西の市へ向けて、ズラッと何十人もの人が並んでいた。


係の人が列を整理しながら呼びかけている。


「今日の大法廷は。チャームオアチャート裁判の予備審問です」

「ビレト公爵とテレサ・パシトーエ嬢。裁判の傍聴希望者はこちらへ」

「本日は原告被告とも出廷しません」

「列の最後尾は建物の向こう側になります」


兄が興奮気味に呟いた。

「すごいな。こんなのは初めて見るよ。注目の裁判なのだな」


神殿の関係者入り口へゆくと、すでにティティヴィラス先輩とその一族がいた。

どうやら3台もの馬車を連ねてきたらしい。

父上と母上。弟さんと妹さんたち。伯父さん伯母さん叔父さん叔母さん。いとこたち。

ティティヴィラスの一族は見分けがつく。先輩と同じく爆発したみたいな髪の毛だ。

顔見知りの奥さんがロザリンドに手を振った。


「ありがたいわ。夫が大法廷デビューできる日が来るなんて。夢のようだわ。

この子供たちにもね、父様の晴れ舞台を見ておきましょうねっていっていたの。

一族総出で来たのよ」


ロザリンドが兄と一緒にティティヴィラス夫人と話していると、突然見知らぬ恰幅のいい二人組が割って入ってきた。


「君、まさか。ギャニミード・タープ君か」


「お久しぶりです。モレク先生。イポス先生」


兄に引き合わされて、ロザリンドも一礼した。

どうやら、法学院時代の恩師らしい。

教授二人は、なんだかそわそわしながら、言い訳がましく言った。


「よかったなあ。もうずいぶん調子がいいらしいねえ。働けるくらいだから」


「ありがとうございます」


ティティヴィラス先輩がやってきて、ギャニミードに話しかけた。


「不思議なことだがね、教授たちは、ギャニミード・タープ君のメダルを借りた何者かがここに来るんじゃないかと疑っておられたんだよ」


「ほほう。なんでまた、そんなことをお考えに」


「いやなに、図書館で別の人間がギャニミード・タープを名乗っていたという情報があったそうでね。成りすましているんじゃないかと。どうかね?タープ君。誰かにメダルを貸したことはないかね?」


ギャニミードがくるんと目玉をまわして見せた。


「いやあ、貸したりはしません」


ロザリンドも加勢した。


「まあ、なんてことでしょう」


悲劇のヒロインの様におおげさに嘆いて見せた。


「メダルを他人に貸すなんてありえませんわ。いったい誰がそんな酷いことを?ねえ。お兄様。どう思います?」


言いながら、ロザリンドは教授たちの様子をうかがった。

どうやら、ギャニミードに成りすましていたのが、ロザリンドだとは気が付いてないらしい。


教授二人はわざとらしく咳払いをした。


「ははっそうですな。そんなはずありませんな」


「会えてよかったよ。タープ君。それでは」


二人の教授は、何度か首を傾げながら、そそくさと立ち去って行った。

その姿が遠ざかったのを見て、3人はほっと息をついた。


「一件落着」


ティティヴィラス先輩は片目をつぶってみせた。

ロザリンドは早鐘のようにうつ心臓を押さえて囁いた


「本当に弱みと見たらすぐに攻めてくるんですね。気づかれていたなんて思わなかった」


「ああ、もう戦いは始まっているんだ」


ティティヴィラス先輩はドヤ顔で言う。ロザリンドは身が引き締まる思いだった。

それに、ちょっと気が咎める。


「メダルについて思いっきり嘘をついてしまったわ。仕方ないけれど」


「嘘じゃないさ。僕はメダルを他人に貸したりしていない。妹に譲りはしたけどね」


ギャニミードがニヤりと笑い、ロザリンドも「なるほど」と、クスリと笑って見せた。



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