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開廷前の演説 2

「この裁判は、魅力か海図か。私たちはテレサ・パシトーエ嬢の魅力と無実を証明して見せます」


ロザリンドは幾度もそう繰り返した。

質問に来る人はひっきりなしで、お昼ご飯を食べる時間もなかった。

午後に行われたヘリオス神殿の前庭での演説も大盛況で、時間ギリギリまで引き留められて大変だった。


夕刻になり、マルバス伯とオルランド様はアスターテ神殿に何か書類を出しに行くことになったため、ロザリンドはアリトン君と二人で先に帰ることになった。


馬車の中で、ロザリンドはアリトン君と興奮して話し合った。


「上出来だったよな」

「ええ、皆すっごくわかってもらえた感じ」

「あんな脅しに負けちゃダメってはげまされたし」

「あの藁人形様様て感じだよね」


朝一番に不気味な藁人形の出迎えがあったが、それがきっかけで逆に奮い立った。

不気味な人形が、街の人の興味を引くきっかけになってくれた。

そして、午後になって、ヘリオス神殿の前庭についた時には、演説を始める前から、矢が刺さった藁人形の話で持ち切りだった。

演説中に矢を撃ち込まれたとか、一人死んだと勘違いしている人もいたくらいだ。


多くの人に興味を持ってもらえたし、事情を理解して共感してもらえた感じがある。

ロザリンドはなかなかの人気だった。

女の人が関係者であることも珍しがられたせいもあるだろうけれども、常に取り巻かれていた。

まあ、美青年アリトン君と話したい人の方が多かったけど。とくに女の人。


手ごたえを感じた。

とくに買い物途中の女の人たちが足を止めて聞いてくれたし、テレサさんのために怒ってくれた人もいた。

「広めておいてあげる」と言ってくれた人もいた。


ロザリンドは何だかもう一度、市場や神殿の庭に戻って、道行く人に訴えかけたい気がした。

いまからなら、もっと上手に効果的に訴えることができるような気がするのに。


興奮冷めやらぬ、と言った感じで事務所のある屋敷に到着した。

鍵を開けて、玄関ホールに入り、何気なく扉のわきに目をやったアリトン君は、突然ぴょんと飛びのいた。


「突然どうしたの?」

「それっそれっ」


アリトン君の指さしたものを見て、ロザリンドも悲鳴を上げた。


「なにっなんなのこれっ」


扉のわきに矢の束が置かれていた。その上には、ご丁寧に真っ赤なリボンまでたたんでおいてある。間違いない。藁人形に刺さっていた矢だ。

ロザリンドも震えあがった。


「追手が来たの?」

「まさか、そんな」


アリトン君と二人して手を取り合い、玄関ホールでオロオロしていると、セーレ公爵家執事のゼフォンさんが顔を見せた。


「おかえりなさいませ。今日は大変に上首尾で、慶賀に堪えません、まことに・・・・・・」


「あのっ。ゼフォンさんっ」

「矢がありますよ、矢が」


二人してオタオタしながら矢の束を指さしたが、ゼフォンさん上品にうなづいた。


「左様です。午前中に片付けて持ち帰りました。藁はほぐして厩にまいてございます」


「なに落ち着いているんですか。それは、ビレト公が嫌がらせに打ち込んできたものですよ」

「もしかしたら、矢に毒とかが塗ってあるかも」


ゼフォンさんは、怯える二人をなだめ、こともなげに言った。


「その心配はございません。その矢は当家の武器庫からお貸ししたものでございます」


「は?当家?」


「ええ。矢というのは買えば高いものなのですよ。鉄の矢じりに美しい矢羽根ですからね。置きっぱなしで盗まれたらどうしようかと気をもんでおりましたが、よろしゅうございました。幸い12本とも、すべて戻ってまいりました。手入れののち、明日にでもアラストル館に戻しに行く予定でございます」


「えっと、それはどういうことですか?」


「セーレ公爵殿下のご命令でして。今朝早くに演説会場へ行き、大きく目立つ藁人形をたてて、高価そうな矢を十本ほど撃ち込んで、そのままにしておくようにとのことでございました」


「は?」


「ビレト公爵には、こういう気の利いた嫌がらせはできなかろうから、かわりにやっておこうと仰せられて」


「意味が分からない」


「ここしばらくセーレ公近衛騎士団では騎乗したまま弓を射る練習をしたり、大わらわでございました。結局、撃ったものを置くほうが怪我人も出ず、スマートに引き上げられるということになった模様で」


ゼフォンさんは口をすぼめて、ふぉっふぉっふぉと笑った。


「実は赤いリボンを結びつけるのは、私のアイデアでございます。僭越ながらご提案を致しましたところ、殿下に御採用を頂きまして、不気味だし目立つ、とのお褒めの言葉も頂戴いたしました」


ロザリンドはアリトン君と顔を見合わせた。


「もしかして・・・・・・自作自演ってことですか?」


「まあ、そうともいいます」


「でもでも、セーレ公爵様は、マルバス伯のご主君でお味方ですよね。なんでまたそんなことなさるんですか?意味が分からないです」


頭に手を当ててロザリンドが問うと、ゼフォンさんはにんまり笑った。


「お二人は大きな藁人形と打ち込まれた矢を見て、どう思われました」


「そりゃあもう、ビレト公の手のものが手をまわしたんだろうって」

「そうそう。負けてなるものかって、頑張っちゃったよ」


ロザリンドとアリトン君が口々に言うと、ゼフォンさんは我が意を得たりと言いたげに、大きくうなづいた。


「それが狙いでございますよ。大成功です。

それに、横暴な権力にも卑劣な脅しにも屈しない皆さんの雄姿を見て、町の衆も味方に付いてくれたはずです。

こういう話は広まるのは早い」


そういえば、オルランド様が、さっさと藁人形をよけて、演台に上がった時、大喝采が起きた。


Fama crescit eundo.噂は進むにしたがい広がっていく。


「でも、藁人形を見た時、マルバス伯は「あの、腹黒公爵が」って怒っておられましたけど・・・・・・てっきりビレト公爵のことだとばかり」


ふぉっふぉっふぉとゼフォンさんは笑った。


「それはセーレ公爵殿下のことでございますよ。守役であるマルバス伯爵様は昔からセーレ公のやんちゃなさるのに、手こずっておられましたから、ついついそのような渾名でお呼び申し上げておいででございまして・・・・・・。外聞のいいものではございませんので、ご内密にね」


「それはもちろん」


「マルバス伯は正義感の強いかたですからね。主君たる殿下に尽くす誠の忠臣であられますが、こういう裏工作はお嫌いなのです。殿下の計画を知ってすぐに、小細工は思いとどまるようにと、お諫めのお手紙を出されたりもしたようです」


「はあ」


「しかし殿下はマルバス伯爵様より一枚上手であられますからな。お構いなしで思うとおりのことをなさいました。そして大成功です」


よく考えてみたら、マルバス伯もオルランド様も、全く危険は感じていないようだった。

マルバス伯爵はむっつりしていたし、オルランド様はどちらかといえば面白がっている感じ。

ご存じだったのなら納得だ。


ゼフォンさんはちょっとだけ人の悪そうな笑みを見せたのち、シャキッと背筋を伸ばした。


「わが主君、セーレ公爵殿下は深謀遠慮のお方。こんな爺をも楽しませてくださる天才なのですよ」


では、夕食時に、と言い残し、ふぉっふぉっふぉと笑いながら、ゼフォンさんは去っていった。

ロザリンドはアリトン君と毒気を抜かれたような気持ちで自分の部屋に向かった。

階段の踊り場でアリトン君がぼそっと言った


「僕も腹黒公爵って呼んじゃおうかな」


ロザリンドはあわててやめさせた。



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