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開廷前の演説

開廷前の演説の日になった。

これは裁判の何日か前に、どういう裁判が行われるか告知するものだ。


場所は二か所。マモン神殿横の西の市場とヘリオス神殿の前庭だ。

アスターテの神官たちによって演壇が設置される。

代表の上級法務官が、自らの主張を訴える。

これにより、傍聴人たちは事件のあらましを知ることができる。


公平を期するため、両陣営は同じ日に午前と午後一度づつ場所を入れ替えて行う。

事前のくじ引きで、午前中は西の市、午後は神殿の前庭と決まったらしい。


お留守番かと思ったけれど、ロザリンドもその場に行って仕事をすることになった。

出番は、演説が終わった後の、質問タイムだ。

街のニュースやなんかを広めて回る弁士さん達や、事件に興味を持った人が質問に来るそうだ。

ロザリンドも関係者の一人として、演壇の下で質問に答えることになった。


西の市場。私が初めてオルランド様の姿を見た場所。

私の人生を変えてくれた場所。

こんどは、私が人々に話をする側になるのだ。

責任重大だ。

テレサさんの無実をしっかりとアピールしなければならない。

せっせとアリトン君と質問しあったりして練習した。


ロザリンドは、オルランド様にかけられた言葉を反芻した。


「とくに女の人に傍聴するように訴えかけて欲しい」


「傍聴席に女が増えれば増えるほど、パシトーエ嬢に有利だ。なにしろ王妃様は国民に絶大な人気を誇っておられる。国王陛下の横暴にも耐えておられる賢妻の鏡としてね。

その忠実な侍女となれば、女性たちはみんな味方になってくれるはずだ。


「そもそも、この裁判自体、男の目線なんだ。あの女は俺の好みじゃないから、バルカ提督も選ぶはずがない。選んだのなら特別な持参品があったはず。

だからジポング海図が目当てだ。ついでに爆弾犯人だ、なんて論理的に無理がある」


「傍聴席に女性が多ければ卑猥なヤジも減るだろう。いや、傍聴席でつぶし合ってくれると助かる。口喧嘩をさせたら大抵女の方が強いからね」


とうとう開廷前演説の日になった。

ロザリンドたちは朝早くから皆で西の市に向かっていた。

今日のロザリンドははりきっていた。何しろ誂えたばかりの濃い緑色ドレス。共布のフードも被って、おめかし済みだ。


一行は、西の市から少し離れたところで馬車を降り、そこから中心の広場へ歩いて行った。

だが、広場では、異様な空気だった。演台はすでに置かれているらしいのだが、皆が遠巻きにして、恐る恐ると言った様子で見ている。


人々の間を抜けたロザリンドは、その光景を見るなり息をのんだ。

演台の上には台の上に藁でできた人形のようなものが立てられていて、それには十数本の矢が突き立っていた。

中の一本には真っ赤な布切れが結び付けられている。長く垂らされた様子は、まるで血を流しているようだ。

何て不吉な。


「おやおや。なかなかのご趣味ですな」


オルランド様は穏やかに感想を述べ、マルバス伯が、ちっと舌打ちしながら

「本当にやるとはね。あの腹黒公爵が」と毒づいた。


オルランド様とマルバス伯は、足を止めることなく、すたすたと演台に近づいて行った。ロザリンドとアリトン君は恐る恐るそのあとについて行った。


近くに隠れていたらしいアスターテ神官の人たちが、走り寄ってきて、泣きそうな顔でオルランド卿に声をかけてきた。


「演説予定の方ですね、オルランド・ヴァレフォール殿」


「そうです」


「我々は朝早く来て、ここに台を設置したのです」


「そうしたら黒づくめの頭巾をかぶった騎兵たちが十数人でやって来て、勝手にこの人形を置いていったのです」


「そして、私たちに触らないように言い置いて、去っていきました」


神官たちは、びくびくあたりを見回しながら、口々に押し殺した声で言った。


「私ども思うに、これはビレト公の手のものですよ」

「そう。これは脅しです。逆らえば、こうしてやるということですよ」

「こんなに、金と手間暇かけて嫌がらせするなんて、それ以外考えられません」

「ええ、きっとそうです。あのリボン。絹ですよ」

「あんな高級なリボンを惜しげもなく使うなんて」

「もしかして、まだあたりに潜んでいるのかもしれません」

「演説を始めたとたんに矢が飛んでくるかもしれません」

「中止なさった方がいいのではありませんか。命あっての物種ですよ」


ロザリンドははらはらしながら、成り行きを見守った。


オルランド卿は、余裕の笑みを浮かべていった。


「とんでもない。始めさせていただきますよ」


オルランド様は、無造作に、その藁人形を台から抱えおろし、近くの建物に立てかけた。

そして軽やかな足取りで壇上に立った。


そのとたん、広場中に大歓声と拍手が沸き起こった。

そして、様子を見守っていたらしい町の人たちが、どっと演台のまわりに集まってきた。


「いいぞ。兄ちゃん」

「そうだ。ちょいと矢が撃ち込まれたからってビビってたまるかってんだ」

「そうだそうだ。気にすんな」

「ちょっと、いい男じゃないのさ」

「かっこいいねえ。惚れちまいそうだよ」

「よくみたらダブルオーのお人じゃねえか」

「薄汚ねえ脅しなんかに負けんなよ」

「それでこそ正義の騎士ってもんだ」

「俺らが付いてっからよ」


オルランド様は大きく手を振って聴衆に答えた。


「ありがとう、皆さん」


そして、厳かに定型の言葉を述べた。


「正義の神アスターテの御名の元、その神聖なる天秤にかけて、真実のみを述べることを誓います」


またもや、大喝采だった。そしてすぐに静かになった。


「テレサ・パシトーエ嬢が、王妃様の忠実な侍女にして、バルカ提督の婚約者が大変な窮地に立たされています」


聴衆は、ものすごく熱心に耳を傾けてくれた。

どうか、オルランド様が撃たれたりしませんように。

ロザリンドは祈った。


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