ゼパル氏の話を聞いた後
ゼパル氏を送り出したあと、マルバス伯は魂が抜けたような気持ちで、座り直した。
隣席のオルランド卿が苦笑いしながら言った。
「いやいや。なかなか印象的かつ個性的な御仁でしたね」
それは、最大限に配慮をした表現だな。と思いつつマルバス伯はうなづいた。
「ところで、さきほど話に出たホレイシオ・ヴァレフォール卿はどんな方ですか」
「私のマギステルですよ。上司にして師匠という感じです。私は上級職の資格をとるまで彼のところで修行しておりました」
「では手の内はわかっておられる」
「ええお互いにね。敵に回すと厄介な男ですよ。分家の一つの当主で、例のクソまずいケーキを何十年も食い続けている、常勝男です。べつの案件で手いっぱいらしいと聞いていたので、参加しないといいなと思っていたのですが」
そうだよな。そんな甘いはずはないよな。くそっ
聞くんじゃなかった。ますます顔がこわばっちゃう結果になった。
隣のオルランド卿が、なんだか悪いことを企んでいる不敵な笑顔で、ペンを走らせ始めた。必要な法令を思い出したらしい。
かりかりかりっ
ひとしきり書き終えたのをみて、マルバス伯恐る恐る声をかけた。
「オルランド殿。どうなさったんです」
「いやいや。いい証人が見つかりました」
「ほえっ。まさかあの人を証言台に呼ぶんですか?どう考えてもお触り禁止でしょう。このまま連絡を絶ちましょうよ」
「とんでもない。最重要の証人ですよ。飛び散った真実のパズルの一ピース。申し分ない」
「あんなピースを無理やりはめ込んだら、他に亀裂が走るでしょう。っていうか信用が台無しですよ」
「ええ。いささか突飛です。しかし蓋然性は高い」
「は?どこらへんですか?」
不満げなマルバス伯の前にオルランド卿は、衛兵隊の捜査資料写しを広げた。
「ロノウェ師は事件のしばらく前から自室に閉じ込められていた。
事件の前に友人と名乗る男がたずねてきた。という複数の証言がある。
はた迷惑な小男が部屋に入り込んだ。それ以降は行方知れず。
これがゼパル氏でしょう。
そしてロノウェ師は本の保管庫に移動させられた。そこへビレト公爵と大祭司ファルネウスが入っていく。
そこで彼らの間で交わされた会話の内容も興味深い。
ビレト公爵がフォカロル神殿に来た理由は、ロノウェ師に濡れ衣をかぶせるためだった。
そう考えてみるといろいろつじつまが合う。
だいたい「ビレト公爵は女心に配慮して秘密裏に交渉して取り戻そうとしていた」なんてきれいごとは胡散臭いと思っていたんですよ」
「確かに、そこだけ見ればそうですよ。しかしですな」
「まだあります。爆発は2回。一度目の爆発で天井を吹き飛ばした。二度目は火柱が立つほどの大爆発。証言通りだ」
「ナーダの町にいた人間なら、全員そう答えるでしょうな」
ついつい冷めた言い方になるマルバス伯だったが、オルランド卿は興奮冷めやらぬといった面持ちで書類を眺めた。
「どんなに探しても見つからなかった、異様なにおいの新型火薬の正体は、屁!!
入手経路も何もかも分からないはずだ。
ゼパル氏の話は矛盾がなく、すべての謎に答えを出している」
「だからといって、屁をこいて空を飛んで逃げたなんて、ありえないでしょう。
徹頭徹尾よくできた与太話なのでは?」
「たしかに。ときおり事件の関係者を装いたがる人はいます。自分の知っていることが重大なことだと思いたがる。証言をするとなれば人前に出ることになりますから。目立ちたい一心で」
「そうでしょう、そうでしょう」
「だが、嘘をついているようにはおもえなかった。話に矛盾はなかった。そもそも死刑になるかもしれない危険を冒して、嘘をつきにくる人間がいるとは思えない」
「悪魔と名乗っていましたよ。あるいは妖精さんでしたか?いずれにせよ人間ではない」
「まあ、それはさておき・・・・・・」
何かごまかしたげなふうでオルランド卿は別の話をしようとしていたがマルバス伯はごまかされなかった。
「ゼパル氏は信用できません」
マルバス伯は、オルランド卿のほうに向き直って力説した。
「落ち着いて考えてください。百歩譲って、火薬の件はいいとしましょう。
小麦粉より屁のほうが燃えそうだ。臭いもくさい。
しかしながら、そのあとが頂けない。選択肢が二つあります。
その1 爆発で死体が燃えて跡形もない。
その2 屁の勢いでそのまま空を飛んで逃げた。
説得力があるのはどっちです?」
オルランド卿はニヤニヤ笑ったきりこたえない。
マルバス伯は答えを述べた。
「ほら。台無しでしょう。だいたい屁をこいて、空を飛んで逃げたなんて矛盾をつつく気も起きないような与太話ですよ。
もちろん、うちの腹黒王子様は屁の方を信じた振りをなさるでしょう。
しかし、それ以外の人の反応は考えるまでもない。評議員も大審院も、この話に笑い転げながらも却下するでしょう。
ふざけるなと、心証を悪くすることもありうる」
「確かに。あなたのおっしゃる通りです。マルバス伯。しかしながら、いまだにあの爆発において、新型火薬は見つかっていない。
相手方は小麦粉が原因だと決めつけて、なんとかテレサ嬢の犯行だと立証しようとしている。我々には、それに対抗する何かが必要です」
「しかし。だからと言って、あの男の屁にすべてを賭けなくてもいいでしょうに」
「賭けてなど居りません。蓋然性が高いと申し上げているんです。現状、ゼパル氏の証言を否定できる材料はない。ここはひとつ、思い込みを排除して事実だけをつないでみてください。できるはずですよ。マルバス伯。あなたは私より柔軟な頭の持ち主だ。なにしろあっさりとロザ・・・・・タープ君を雇用したくらいですからね」
「ええ。タープ君は信用できる人です。初めて会ったときからそういう雰囲気でした。説明はできないが、私の勘です。しかしながら、ゼパル氏の場合逆です。何かつかみどころのない胡散臭いものを感じる。信じられない何かがある」
「しかし、完全に否定できる材料はない。そして、彼がビレト公爵爆殺事件の犯人だと立証できれば、テレサ嬢の容疑から一番厄介なものが消せる」
納得出来たわけではなかったが、マルバス伯はしぶしぶうなづいた。
オルランド卿はなだめるように言った。
「マルバス伯は『百日の講義、屁一発』ということわざをご存知ですか?」
「いいえ」
「二つの語源があるといわれています。百日も素晴らしい講義をし生徒たちの尊敬を集めていた先生が最終日に一発屁をこいてしまったがために、「屁こき」とあだ名されるようになってしまった。あるいは百日の間講義を受け続けた男が試験の日に他人の屁を聞いて大笑いしたために、覚えていたことをすべて忘れてしまったとか」
「はい?」
「いずれにせよ、積み上げてきたものが、ちょっとしたくだらないことで台無しになってしまう様を表している」
「そのことわざが何か?」
「十年物の与太話を特大の屁でどこまで吹き飛ばせるか、やってみようじゃありませんか。いい風穴があくかもしれません。屁の話だけに」
「はあ」
オルランド卿は猛然とペンを走らせ始めた。
ゼパル氏の証言を軸に弁護計画を立て直しているようだ。
しかし、本当に大丈夫なんだろうか。
マルバス伯は心配だった。
Falsus in uno, falsus in omnibus.
中に一つの誤りあらば、その全ては誤りである
とは思うが、何となく言い出せなかった。




