Quod petis hic est あなたの望みはここにある 2
ふんふんふーん。歩きながらゼパル氏は上機嫌だった。
「あの茸って、もっとドバっとたくさん作れんかな。茸どんどん作ってや。あの薬の二割くらいは、夜光茸になりそうや」
「これ以上は無理ですね。なかなかたくさんは取れません。それに、あの茸は煙薬にも多く使われています。できれば患者の分を優先させていただきたいです」
「さよか。まあしかたないな。まずは、干したのと干さないのと成分を比較したいなあ。あんさんにお願いしたいのは・・・・・・」
「すみません」
ギャニミードはゼパル氏の話を遮った。
「・・・・・じつは、僕はこの仕事、遠慮しようと思っています。茸はできるだけお渡しするように作りますので」
「なんでやねん。あんさん。若手のホープなんやろ。ストロスはんが、薬作りは、一番上手や、言うてたで」
「ありがたいです。でも」
ギャニミードは言いよどんだ。
「あの処方箋の中に「迷い草」がありましたよね。僕は、まだ施薬院の患者で、あの薬をやめられないでいるので」
「ああ。それはストロス師も言うとった。でも、もう大丈夫やろ、ともいうとった。期待の新人やて」
「いえ。だめなんです。実は先日外出した時に・・・・・」
ギャニミードは足を止めた。
外出した時のあの一瞬。売人の使いだという子供たちから薬の入った袋を受け取り、臭いを嗅いだ一瞬の、あの衝動のことを思い出し、頭の中が真っ白になった。
「すみません」
ギャニミードはことわると、その場にしゃがみこみ、腰に下げていた袋から、あたふたと煙薬の準備をした。
火をつけ、深く吸い込んだ。喉を焼くような刺激を感じながら、数回煙を吐き出して、やっと人心地が付いた。隣に立って、待ってくれているゼパル氏に話しかけた。
「すみませんでした」
自分が情けなくて、涙がにじんできた。ギャニミードは素早く涙をふいた。
「先日一日だけ外出したんです。そうしたら、夕方くらいには売人の一人が接触してきました。子供を使って、小さな袋入りの「悪魔の薬」を手渡された。その匂いを嗅いだだけで、吸いたくて吸いたくて何もかもどうでもよくなった。
その時、近くに僕の妹がいたんです。
僕のせいで家も財産すべてを失って、僕を施薬院に入れるために、何年も長く伸ばしていた自慢の髪の毛を売って金を拵えてくれた妹が、すぐそばに、目の前にいた。
それなのに、僕ときたら・・・・・・我慢できなかった。薬を吸いたいって、そのことしか頭になくて・・・・・・僕はダメな人間なんです。最低のクズだ」
どうしても、ストロス師には言えなかった告白を終え、うずくまったままギャニミードはしゃくりあげた。ゼパル氏は優しく背中をさすった。
「でも、兄さんは、ちゃんと吸わずに戻ってきたんやろ」
「ええ。それは妹ともう一人そばにいた人のおかげで、結果的にそうなっただけです」
「にしても。あんさん薬吸わずに戻ってきたやんか。ずいぶん立ち直ってきとるやないか。そう自分を責めんとき」
ゼパル氏は隣にしゃがみこんだ。
「あんさん。クズやないで。わしは、ほんまもんのクズ男を知っとる。わしの弟子やった。名前はアンドラズ」
聞き覚えのある名前にギャニミードは顔を上げた。
「覚えとるやろ。『悪魔の薬』を作ったってことで、こないだ首を切られよった」
ゼパル氏は低くため息をついた。
「あいつに薬草の蒸留の仕方や、作り方やなんかを教えたのはわしやねん。
あほやから、なに教えても大したことはできんやろと思うた。ちゃうんやな。
あほやから、善えことと悪いことのの区別がつかん。
目先の金のためにとんでもないことしよるんや。
あの欲ボケが「迷い草」だけを蒸留してぼろもうけをしよったうえ、いろんな人の人生を無茶苦茶にしよった。
わしも気が付かんかった。こんな、気の毒なことになるとはおもわんかった。
あんさん。大変やったな。ごめんな」
すまなそうな顔は変わらなかった。
ギャニミードは被りを振った。
「いえ。手を出してしまったのがいけなかったのです。強めの酒を試すみたいな軽い気持ちでした」
そう。軽い気持ちだった。だが、結果は重大だった。家族を路頭に迷わせてなお、こんな風に薬のことを考えただけで、すいたくてたまらなくなる。ダメ人間になってしまった。本当に情けない。
「ストロス師もな。迷い草がある、言うことは気にされとった。
そやけど君なら克服してくれるやろうともいうとった。
ストロスはんは実に見る目のあるお人や。その人に見込まれたんやから、大したもんやで。
それに、薬いうんは作ってみんとわからん。他の草とかを全部混ぜたら、迷い草は要らんかもしれんし、他にもっとええ草が見つかるかもしれん。作ってみんとわからん。
一生モノの宿題や。楽しいやないか。なあ。やろうや。な。」
ゼパル氏はギャニミードの肩をバシバシたたきながら言った。
「なんか嫌や。あんさんみたいに、まっとうに生きようとしとる兄ちゃんが、自分の事クズ呼ばわりしとるんは嫌や。なあ、一緒に薬作ろうや。な」
「はい。ありがとうございます」
ギャニミードは何とか涙をふくと、精一杯微笑みながらうなづいた。
「よろしい。じゃあ、やろうや、薬作り。決まりや」
すくっと立ち上がったゼパル氏は、すぐに再び座り込んだ。
「おっとっと。一緒にやろうと言うてしもうたけど、よく考えたら、わし、でけへんかもしれん。死んでしまうかもしれんのやった」
「何か、事情がおありなのですか」
「実はな、今度の裁判で証人になる予定でな。ビレト公爆殺事件の。そういやあ、きみも関係者なんやて?」
「はあ。しかし、証人になったからと言って、死ぬような危険な目に会うことはないと思いますが」
「いいや。ある。じつはわしな、ものごっつ重要な証人なんよ。というか、なにしろな。あの爆発おこしてしもたの、わしやねん」
「えっ」
ギャニミードは思わず相手の顔をまじまじと見た。ゼパル氏は嘘はつかないと言いたげな目でギャニミードを見返した。
「わざとや無いんで。うっかりや。でも証言して認められたら、わし死刑確実や。ビレト公爵を爆殺した犯人やもんな」
ゼパル氏は短い首をさらにカメのように引っ込めて言った。
「痛いんやろうな。首ちょんぱ」
ギャニミードは尋ねた。
「貿易商人、とおっしゃいましたね。なんらかのルートで新型爆薬を入手された、とかですか?それだけなら、必ずしも死刑とは限らないと思いますが・・・・・・」
ゼパルは重々しくかぶりを振った。
「だとええんやが。あまりにも重大やからな。ここでは口に出せん。
でもな。わしの証言でテレサ嬢ちゃんの濡れ衣を晴らすことはできる。
裁判も勝てる。
ストロス師に紹介状を書いてもらっとるからな。それもって、話しに行くつもりや。
あんさんも法廷にでるんやて。なら、そん時会おうや」
そんで、戻ってこれたら一緒に薬作ろうや」
「はい。宜しくお願いします」
二人は握手を交わした。
薬草園にやってきた。
裁判の間、畑は少し人にまかせておかねばならない。アーチンともお別れだ。
茸の畑にくると、ハリネズミが一匹、前足で柵をかりかり引っ掻いていた。
いそいで囲いを作ったのだが、間に合ってよかった。
「ダメだぞ。アーチン。ほら、お客様にご挨拶」
ギャニミードはじたばたするアーチンをそっと持ち上げた。
「おお。飼っとるハリネズミってそれか?」
「そうです。名前はアーチンです」
アーチンはギャニミードが抱き上げたときはいつも通りだったが、ゼパルの目の前に差し出されると、思い切り全身の針を立てて威嚇した。
「おう。こんなに近くで見たんははじめてや。本当にイガグリみたいになるんやな」
ゼパル氏は感心したように言った。威嚇されていることに気付かなかったようで、ギャニミードは安心した。




