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Videre est credere. 百聞は一見に如かず

オルランドのもとに、祖母からの手紙が届いた。


『突然の婚約に驚きました。でも、こんなに素早く結婚を決意したのだから、ロザリンド・タープ嬢は素晴らしい人に違いありません。

約束通り今回の裁判が終わるまで、頑張って秘密にしますし、来週の親族たちを集めた茶会でも言いたくてムズムズしてはいるが、黙って置きましょう。

だから、終わり次第、ロザリンド嬢を伴って、私のもとに挨拶に来ることを約束してくださいな。婚約式や結婚披露宴については、そのとき相談することにしましょう。

追伸

「ロザリンド嬢に何か小さな贈り物をさしあげること。櫛かリボンか、小さな花瓶などがいいのではないかしら」


こそばゆい思いで、オルランドは手紙を読み終えた。

おばあちゃん。じつはもう、手配は済んでいるんだよ。

オルランドが気の利いた贈り物するなんて、信じてくれないだろうけれどもね。


Videre est credere.百聞は一見に如かず


同じ日、ロザリンド嬢のために注文しておいたハンカチーフが届けられた。

何と運命的な!!オルランドは、華やいだ気分で包みを開いた。

つややかなバラ色の絹布は、彼女のかぶっていたフードにやドレスについていた飾りリボンと同じ色の布。

頼んでいたレースの縁取りと名前の頭文字Rもいい出来栄え。

喜んでもらえるといいのだが。

婚約者のことを思い出すと、ついつい顔がほころぶ。


ロザリンド嬢からもらった手紙はいつも、胸元のポケットにしまってある。このハンカチも同じ場所に、大切にしまい込んだ。


タープ君に託けて渡してもらおうかとも考えたが、できれば自分で渡したい。

ロザリンド嬢に伝えたいことはいくつもある。

名前を貸していただいたことの感謝と、貴方の手紙に心動かされたこと。

私にとって「悪魔の薬」裁判は納得のいくものではなかったけれども、意図せず、あなたにとって役に立ったのなら、意義のあるものと思える。

頂いたお手紙は、何時も胸元のポケットに大事にいれている。

そうそう。お返事を出してもいいか、尋ねてみよう。


タープ君は今日休暇をとっている。

久しぶりに施薬院へ行って、事務仕事を手伝うとか。

感心なことだ。


というわけで、オルランドは計画を立てた。

馬車でギャ二ミード君を施薬院へ迎えに行き、帰りに一緒にぐるっとフルーレティ荘園に寄り道をして、ロザリンド嬢にハンカチを渡し、帰ってくる。

うん。不自然ではないはずだ。


馬車の支度を頼んで、オルランドが戻ってきたとき、ノックの音がした。

爆発したような頭の男が部屋に入ってきた。


「本日からお世話になります。バシリオ・ティティヴィラスです。ご挨拶に参りました」


オルランドは笑顔で迎えた。


「待っていたよ。加勢してもらえるのは助かる。百人力だ」


「小生など、とてもとても」


「現場を知っている人間がいると、これから心強いよ。議論する相手が欲しかったところだ」


マルバス伯もアリトン君も資格を持っているだけで、仕事は素人だし、タープ君は声を出せない。


「言いにくいことを事前に告白書にして準備しておくというアドバイスはとても助かったよ。思いつきもしなかった。よく考えたら、私は婚姻関係の裁判をしたことがなくてね。エイラ法における財産の扱いなんかも、目が行き届いていない」


「いやいや。小生はアドバイスをしただけですよ。仕事が納得いく出来だったのなら、彼等の手腕によるものですよ」



ティティヴィラス君は、なんかもじもじしながら話始めた。


「ところで、いくつかお話したいことがありますです。ハイ。一つはですね。小生、目が悪いもので、自分の書類には誤字脱字が多いらしく、気をつけてはいるのですが、なるべく足手まといにならないように気を付けますです。ハイ」


「たのむよ。二つ目は」


「小生、実は、イポス先生のもとに、気が付いたことを言際漏らさず知らせるように。手紙を書くよういわれています。お世話になった先生ですので、断り切れず、約束をしてしまいまして」


「つまり。この裁判に格別のご興味をお持ちというわけだな」


「そんな感じです。もちろん都合の悪いことは書かないようにいたしますです。ハイ。」


オルランドは軽く肩をすくめてうなづいた。

イポス先生は法学院の教授で、伯父の友人でもあり、ヴァレフォール本家で頻繁に顔を合わせたものだ。食事中の世間話を装って、情報は筒抜けとなるだろう。

よくある話だ。


「かまわないよ。相手陣営に知らせたくなるようなヘマはしていないはずだ」


ティティヴィラスは、両手を揉みしだきながら上目遣いになった。


「それが、その」


「あるのか?」


「その・・・・・・なんといいますか・・・・・・ギャニミード・タープ君のことで、ちょっと」


しばらく言いにくそうにもじもじしたあと、ティティヴィラスは意を決したように言った。


「・・・・・・できれば自分の話を聞いた後でも、ギャニミード・タープ君を、このまま雇い続けていただきたい。働かなくてはいけない事情があるので、ぜひ」


「ああ。やめられては困る。優秀だし、いい仕事するからね」


「よかった。では、申し上げます。ここで働いているギャニミード・タープは、私の後輩ではありません。彼のメダルを借りた別人です」


「まさか?『めっきメダル』か」


『めっきメダル』あるいは『めっき野郎』

小遣い稼ぎのため、他人のメダルを借りて仕事をすること、あるいはそれをする人間のことをそう呼ぶ。

学業についていけないとか、金が続かなかったとかで、法学院を退学したもの所業であり、あまりいい印象はない。


よくあることだが、法律違反であり、相手陣営に知られれば付け込む隙を与えることになる。

なに?『めっきメダル』を働かせていた?そんないいかげんな弁護士は信用ならん。こんな誠実さに欠ける相手だと話し合いを行うなど言語道断だとひたすらごねられ、何らかの譲歩をするまで、話し合いは拒否される。そのあとも有利になるたび蒸し返され、防戦一方となる。

裁判はアスターテの神事だ。一つのごまかしも許されない。どんなほころびも彼らは攻めてくる。

現場に疎いから軽い気持ちでそういうことをしてしまったのだろう。

何とか対策を講じなくてはならない。


「彼の本名を知っているか?一体何者なんだ・・・・・・」


「彼ではなく、彼女です」


「まさか」


オルランドは、あっけにとられた。自分の持つ常識の枠をポンと超えられてしまった。もう大混乱だ。

そばにあった書類に目をやった。作成者タープのサインがある。実にいい出来だった。オルランドは、その書類を引き寄せ、ティティヴィラスに向けていった。


「まさか。これを、女が書いたというのか」


「そうです。そのまさかですよ」


ティティヴィラスは、ふふっと余裕の笑みを浮かべ、くいっと眼鏡を持ち上げた。


「女性も訓練すれば、古語を読み書きできるようになります。小生には姉が二人弟が一人居ります。出来は大して変わりませんでした。そして小生よりも妻の方がつづりは正確です」


オルランドはしばらく考えたのち、低い声で問いかけた。


「いま、ここで働いているギャニミード・タープの本名は、ロザリンド・タープだ。違うか」


「お名前は存じませんが、彼の妹さんです。現在、家族の生活費は全て彼女の肩にかかっていて、施薬院でも・・・・・・」


ティティヴィラスは、なにか、かばうようなことをグダグダ言っていたが、オルランドは、ほとんど聞いていなかった。


「下がっていい。ああ、私がタープ君の正体を知ったことは黙っていてくれたまえ」


ティティヴィラスが部屋を去った後、オルランドは、もう一度届いたばかりのハンカチを広げた。

先ほどの楽しい気持ちは消えて、だまされていたという苦い思いばかりが込み上げる。


たしかに。思い当たることは多々あった。

ギャニミード・タープの顔は、妹であるロザリンド・タープに似すぎていた。

二人が並んだところを見たことがない。興奮するとすぐに鼻血をだし、おなじようなハンカチで鼻を拭いていた。声を知っているのも妹の方だけだ。

マルバス伯もアリトン君も、何かを隠している気配があった。


しかし古語を解する女が居るはずない。髪の短い女もいるはずない、という思い込みから、疑問に蓋をしていた。

大まぬけだ。


半月ほど前であれば、「まんまと騙された」と笑って頭をかくくらいのことはできたろうが、今のオルランドには、そう簡単に済ませることは、できそうになかった。


あの健気な手紙に心揺さぶられ、胸ポケットにしまいこみ、似合うだろう贈り物を探し、みえない髪の色に思いをはせたりした、今となっては。

この無駄なときめきを返せ。柄にもなく浮かれていたら、このざまだ。


オルランドは怒りに震えながら、婚約者から受け取った手紙をとりだし、目の前の出来のいい書類と見比べた。

筆跡はまるで違う。

この手紙を書いたのは一体誰だ?


待てよ。

なにもかもティティヴィラス君の勘違いかもしれない。


忌々しいことに、馬車の支度ができてしまった。

オルランドは少し迷ったが、施薬院へ向かうことにした。

とっととケリをつけたほうがいい。


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