cum orations 祈りを込めて
「あれは不幸な婚約だったわ。オルランドもオフェリアも望んではいなかった。
望んでいたのは、周りの人間ばかり。発端は私の夫だったわ」
「ずいぶん昔のことよ。もう50年ほど昔。私の夫はね。難しい裁判に挑もうとしていた。アーチボルト・コカトリス卿と組んで、ある貴婦人の名誉のために裁判を起こそうとしていた。根も葉もない中傷をうけたがために宮廷を追放された公爵夫人。
訴える相手は国王陛下の寵姫だったビフロンス公爵夫人とその一族。ああ、この間、斬首の憂き目にあった方ではないわ。その前のミダス6世陛下の寵姫だった方」
おばあさまは、少し声を潜めた。
「訴状をアスターテ神殿に届けようとした弁護士は、階段を上る途中で弓騎兵の襲撃を受けた。そして殺されてしまった。体に何本もの矢を受けてね。そして訴状は持ち去られた。陛下の意を悟った貴婦人は、訴えを取り下げ、泣き寝入りとなった」
「兄から聞いたことがあります。アーチンの物語ですね」
「そう。本当は、私の夫もその場にいるはずだった。でもアスターテ神殿に訴状を出すという日の朝、私はオルランドの父親を産んだの。夫は私に付き添って徹夜してふらふらだった。だから、訴状を出す仕事をパートナーのコカトリス伯爵に頼んだ。そして、事件は起きてしまった」
「夫は自分を責めていた。とても後悔していたわ。
なぜコカトリス卿を一人で行かせてしまったのだろうって。
二人で行けば、なんとか訴状をアスターテ神殿に持ち込めたんじゃないか。
自分も一緒に死ぬべきだったのにって。
そして、なんとか埋め合わせをしたいと思い続けた」
「生まれたばかりの四男をその人の名と同じアーチボルトと名付け、コカトリス卿の遺児を息子同然にかわいがった。どちらかが女だったら、このときに結婚させていたでしょうね。
でも両方男だったから、その期待は次の世代に持ち越されてしまった。
そして、アーチボルトは今のコカトリス伯と仲が良かったものだから、軽い気持ちで二人の子供を結婚させようと話し合ったりしたらしいの。
コカトリス伯爵のもとに王女様のご降嫁があって、ヴァレフォールの家では家格が落ちるのでは、なんて話もあったわ。アーチボルトがもう少し長生きしてくれたら婚約話は立ち消えになったかもしれない。でも流行り病であっという間に死んでしまったからねえ。
だからオルランドとしては、自分の婚約は祖父と父への孝行のつもりだったんじゃないかしら。
でも、あのオフェリアと結婚したら不幸なことになっていただろうね。相いれるところがない二人だったもの」
おばあさまは、ほっと溜息を吐くと、ロザリンドに微笑みかけた。
「あなたみたいな人に、伴侶になって欲しいのよ。オルランドのことを大切にしてくれる人。考えてみて頂戴な」
「でも、いま、だましているような形になっているので、オルランド様に許していただけるかどうかわかりません。でも、この仕事が終わったら、打ち明けようと思います」
「ええ。そして、結果を知らせて頂戴。待っているわ」
よく考えてみると、私はいま、たくさんの噓をついている。
男と偽って、働いていること。別人のふりをしていること。
よんどころのない事情ゆえとはいえ、それをわかってくださるかしら。オルランド様は、私のことを許してくださるかしら。
話を終え、ロザリンドは、車寄せのところまでおばあさまを見送った。
おばあさまは、馬車に乗り込むまえ、皺だらけの手でロザリンドの手を包み込んで言いった。
「では、裁判が終わったら連絡を頂戴な。婚約お披露目の会はそれから計画することにしましょうね」
「ありがとうございます」
おばあさまに、またお会いできます様に。ロザリンドは、祈るような気持ちで見送った。
そういえば、何日か前、突然オルランド様に、「妹さんの髪の毛の色は」と聞かれたのだった。ロザリンドは自分の髪をつまんで持ち上げた。
「ああ、同じ色なんだな」
そういってほほ笑んだオルランド様の目はどこか遠くを見ているようだった。
同一人物とは気付かれていないようで、安心したが、複雑な気分だった。
オルランド様が婚約したと思っているのは、王族の侍女をしているロザリンド・タープだ。上から下まで全身を借りたもので着飾った、作り物のロザリンドだ。
目の前の自分の部下の面影は重なっていない。
そう思うとズシリと心が重くなった。




