Fallaces sunt rerum species. 物の外観は偽りに満ちている
前にお借りした服を再びお借りして、ヴァレフォールおばあさまにお会いすることになった。
天気がいいので、フルーレティ荘園の庭にある東屋で二人きりでお話をすることになった。
おばあさまは、ロザリンドに会うなり涙ぐんだ。
「まあ、貴女がロザリンドさん?オルランドの祖母です。お会い出来て嬉しいですよ。病み上がりに押しかけてごめんなさいね」
「とんでもありません。こちらこそ。お越しいただきまして」
病気といっても仮病です。侍女の身分もなりすまし。身に着けているものドレスもフードも上から下まで、みんな借りものです。なんかもう、すみません。膝まづいてあやまりたいくらいです。
おばあさまにお会いして、ロザリンドの罪悪感はますます募った。
おばあさまは人のよさそうな笑顔のまま、ロザリンドの顔を覗き込んだ。
「びっくりしましたよ。ヴァレフォール家の慣習というか一つの案件が終わるまでは、結婚とか引っ越しとか、こういう大きな行事はしないことになっているんですよ。ですから、驚いた。それにいままで、どんな人を紹介しても見向きもしなかったのですよ。それなのに、さっと婚約なんて、本当に驚いた」
「もうしわけございません。よんどころない事情で」
「いえいえ。おめでたいことですものね。よろしいのよ。きっとあなたに夢中なのね」
「いいえ、そういうわけでは」
「婚約のお披露目パーティについても話し合いをしたかったの。男の人はこういうこと気が利きませんからね。こんど皆さんでヴァレフォール館に遊びに来てくださいな。次のお休みはいつになるのかしら?みんなに紹介いたしましょう。今度の裁判でヴァレフォールの男たちは敵味方に分かれていがみ合っているけれど、女たちには関係ないわ。仲良くしないとね」
優しい、優しすぎる。
ロザリンドは、涙をこらえながら、断りの言葉を探した。
「申し訳ありません。この婚約はとても便宜的というか。名前をお貸ししただけです。多分、すぐに婚約は破棄されると思いますので、パーティなんて、とんでもないです。もったいなくて」
「まあ。でもオルランドの事なんとも思っておられないのかしら。
我が家のモットーは『ロバの顔・獅子の心』というの。一族の中で一番それを体現しているのはあの子じゃないかと思うの。将来有望なの」
「存じ上げています。すばらしい方で、尊敬しています」
「ほら。なら」
「いいえ。問題は私なんです。オルランド様の妻になる資格がないんです。ごめんなさい」
「え?どういうこと?」
おばあさまは、一気に不安そうな顔になった。
なんとか、ごまかせないかと頭を振り絞ってみたが、何もいい考えは浮かばなかったし、このおばあ様に嘘はつきたくなかった。
「申し訳ありません。じつはわたし、フルーレティ家の侍女ではないんです」
ロザリンドは、フードをとった。
短い髪をみて、おばあさまが息をのんだ。
「私は今、オルランド卿と一緒に働いています。兄ギャニミードが法学士の免許を持っているので、そのメダルを借りて、成りすましています。
テレサ・パシトーエさんの裁判の弁護をするために、『婚約者のシャツ』というものが必要で、それは婚約している人しか買えないもので、知り合いに婚約している人がいないかって聞かれたものですから、それで、つい、出来心で名乗りを上げてしまいました」
「はあ」
「ロザリンドの架空の身分をでっちあげる必要があったんです。フルーレティ女伯様とは友人だったので、侍女をしていることにしていただきました。ドレスもこれも、全部ご厚意でお借りしたものです。本当の私じゃないんです」
おばあさまは、目を丸くしたまま、胸をさすっている。
「兄が薬に溺れてしまって、タープ家は破産してしまって、爵位も売ってしまいました。だから、貴族でもないし、破産したから財産と言えるようなものは何もなくて。このとおり髪の毛も売ってしまいました。だましたようなことになって申し訳ありません」
いきさつを話しおえると、ロザリンドは深く頭を下げた。
何の応えもなかった。
「お願いがあります。裁判が終わるまでは、このまま婚約者のままでいさせていただけないでしょうか。前の婚約者の方は美しくてご身分も高くて、私とは大違いで、私なんか、ふさわしくないことはわかっているんです。でも、あと少しだけ、このままでいさせていただけないでしょうか。裁判が終わったらすぐ婚約破棄いたしますので、お願いします」
息が荒い。やっぱり怒ってらっしゃるわよね。もしかして、私の事叩こうとなさっているのではないかしら。そうされても仕方がない。
しばらく黙っていたおばあさまは、大きく深呼吸していった。
「頭を上げて頂戴な。ロザリンド」
ロザリンドは、おそるおそる顔を上げておばあさまの方を見た。
おばあさまは、おっとりと言った。
「もしかして。オルランドは、あなたが一緒に働いていることに気が付いていないの?」
「はい。私が兄に成りすましているうえ、声を出さずにいますので」
「まあまあ。あのこったら、頭が固いのね。こまったこと」
おばあさまはひとしきりくすくす笑った後、言った。
「便宜的な婚約だということは、分かっていますよ。オルランドからの手紙に書いてありましたからね。でも同じ手紙に、こうも書いてあった。
求愛期間もなしに、一足飛びに婚約してしまったため、順番が入れ替わってしまったけれど、裁判が終わったら正式にロザリンド・タープ嬢にお付き合いを申し込もうと思っている。だから他のお嬢さんを紹介しようとするのはやめて欲しいって。
だから、どんなお嬢さんだろうと気になってたまらなかった。いてもたってもいられずに押しかけてしまったの」
ロザリンドの目から涙が零れ落ちた。
だまし討ちみたいな形で婚約してしまったのに。
そんな風に思っていてくださったなんて。
「申し訳ありません」
おばあさまは、恐る恐ると言った様子で手を伸ばすと、ロザリンドの頭を撫でた。
「お辛かったでしょうに」
ロザリンドに向けられるおばあさまの目は、変わらず暖かく親しげだった。
「結婚する資格がないって言うのは、今現在、すでに夫がいるとか、何人も恋人がいるとかそういう時に言うものですよ。あなたは独り身で、オルランドを大切に思ってくれている。それ以外何が必要なものですか。あなたみたいな人にお嫁さんになってもらえると嬉しいねえ」
「王族のお姫様と婚約していた方に私なんか、ふさわしくないと思います」
おばあさまはかぶりを振った。
「あれは不幸な婚約だったわ。オルランドもオフェリアも望んではいなかった。
望んでいたのは、周りの人間ばかり。
発端は私の夫だった。」




