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Asinus in tegulis. 屋根の上のろば

再び婚約中、か。


オルランドは一応祖母にあてて、自分の婚約について手紙を書いておくことにした。

どこからか、知らされて心配させるのは本意ではない。


この婚約は裁判につかう品を確保するための便宜的なものである・・・・・・・旨の説明をしておこうと思ったのだが、何となく手が止まってしまった。

何となく、そう決めつけたくはない。


突然、玄関ホールに現れた、タープ嬢の小鹿のような姿のなんと可愛らしかったこと。

あの後、玄関ホールに行くたびに、何となく嬉しくなるほどだ。

彼女からの手紙のことが、ふと、思いだされる。


『じつは、私はオルランド様にお会いしたことがあります。

兄の薬のことで悩み続けていました。思い詰めたまま、西の市に通りかかったときに、オルランド様の演説を聞いたのです。

覚えておいででしょうか。悪魔の薬裁判の最初の演説だったと思います。

貴方の演説によって、初めて兄は病気なのだ、治療すれば治るのだと知りました。

施薬院のことを知り、兄が立ち直るきっかけになりました。

ですから、オルランド様は命の恩人です。

わたくしで何かお助けできることがあったら、こんなにうれしいことはありません』


何度も繰り返し読んで、健気さに涙が出た。

できればもう一度会って話したい。鈴を振るような。かわいらしい声をもう一度聞きたい。

しかし、声の出ない兄に付き添いをさせるのは申し訳ない。

ロザリンド殿にも王族にお仕えする侍女として仕事もあるだろう。


オルランドは懊悩していた。

なぜだろう。ギャニミード・タープを目で追ってしまう。

こいつが薬におぼれたばかりに、ロザリンドさんを苦しめたわけで、殴ってやりたい気持ちになるが、妹さんに顔が似すぎていて、それもできない。


ふと気が付くと返事について考えている。


このように求愛期間もないまま婚約に至ったことは、誠に申し訳ない。

無粋な人間であるが、ぜひ裁判が終わった後も継続したお付き合いを願えればと思う。

・・・・・・・・・私たちは縁あって婚約者となったわけで、・・・・・・。


そこまで考えて、オルランドは苦笑した。



不思議なものだ。

オフェリアとも縁あって婚約者だったのに、手紙を書きたいとは一度も考えなかった。


コカトリス家とは、家族同然だったが、義父と義弟に会いに行くだけ。未来の妻にはできるだけ会いたくなかった。向こうも同様だった。

なにしろ母の形見のネックレスが目当てだということを隠そうともしなかった。


「私の婚約者でいさせてあげるわ。オルランド。だってあなたのお母様の形見がとても素敵なのだもの」


コカトリス伯は、あわてて「娘ははにかみ屋でね」と取り繕っていて、自分も信じた振りをしたが、あれは彼女の本心だったと思う。


数回あった手紙のやり取りも、よく考えれば殺伐とした内容だった。

母の形見の真珠のネックレスの事ばかりだった。


宮廷に上がることになったとき受け取った手紙は、てっきり結婚式を延期した侘びの言葉がかかれていると予想したのだが、違った。


「あなたの妻になることが決まっているのだから、あの見事な真珠のネックレスが私のものだということも決まっています。なのにヴァレフォール家に置きっぱなしで、私に貸してくれないのは意地悪だと思います」


陛下のお手がついたあと、手紙が来たので事情を説明するためのものかと思ったが、愛想尽かしの手紙だった。


「あの真珠のネックレスをくださらなかった。ということは私を妻と認めていなかったということ。婚約破棄は当然。みんな私の言うとおりだと言ってくれました」


そして、オルランドのラダマント留学が決まった際にも、なぜか手紙をよこした。コカトリス卿が持ってきたので、仕方なく封を開けた。


「勉強しにいくのだから、首飾りはしまったっきりになるでしょう。だから、真珠のネックレスは私の元へ送ってくれるべきだと思います。弟に持たせてください」


ようするに婚約者からの手紙は、すべて不愉快極まりないものだった。


読んだ端から暖炉に放り込んで忘れたつもりだったのに、文面のきれっぱしが脳裏によみがえってきて、オルランドは思わず頭を抱えた。なんで覚えてるんだ。

いやいやながら返事を書いた時のことまで思い出し、オルランドは頭を抱えた。

自分の記憶力が嫌になる。


待てよ。


そもそも、私はタープ嬢に手紙を書いていいのだろうか?

未婚の貴婦人に男から文通など求めてしまうのは、礼を失する。

そして、わたしが兄の上司である以上、断りにくいはずだ。弱みに付け込むようなことはしたくない。親切で名前を貸して下った女性に対してはなおのことだ。

「婚約者のシャツ」についてだけの話で、手紙の返事を待っていますとは仰っていなかった。

あの時一言、返事を書いてもいいか聞いておくべきだった。

とっさのことで、手紙を受け取るしかできなかった自分の、なんと間抜けなこと。


しかし、今現在の人間関係の分類として考えれば、書類上の事だけであるとはいえ、自分はすでに婚約者。

何かしら、季節の挨拶をやり取りして、ちょっとした贈り物を送るくらいの交流は、許されてしかるべきではなかろうか。

物心ついた時から婚約中だったせいか、あらためて婚約というと相手との距離感がつかめなくて困る。


いかん。仕事が手につかない。

オルランドは一旦仕事の書類はわきにやると、新しく紙を出した。

ロザリンド・タープ嬢にあてて、思いのたけを綴った手紙を書き上げてしまおう。

だす、出さないは後で決めよう。


ところが、実に難しいということが分かった。

書けば書くほど、ダメな手紙になる。

法律文書のような、硬くて重たい手紙になる。こんなもの受け取ったら、告訴されたと勘違いされてしまいそうだ。

ああ、我ながら、理屈っぽくて嫌だ。

オスカーならこういうことをさらっとこなしてしまうんだろう。気の利いた詩など添えたりして。アドバイスを求めたいが、しばらくは敵同士である。

Asinus in tegulis.屋根におけるろば。と笑われるのがおちだ。


そんなこんなで、オルランドは手紙はあきらめたのであった。


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