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運命も愛も大胆に振る舞う者の味方なり 2

借りることになったのは深い茶色のドレスだった。

久しぶりに触れる高級なビロードの感触と衣擦れの音に、ロザリンドはうっとりした。


着付けを手伝ってくれた衣装係の人によれば、


「ニムエ姫様は、そんな普段着でいいのか心配しておられます」


とのことで


「とんでもないです。これでも豪華すぎるくらいです。ありがとうございます」


ロザリンドはあたふたしながら答えた。


肩のあたりをふんわりさせた、凝った形の袖。ドレスの胸元や袖口はバラ色の大きなリボンで飾られている。


「これがその服の付け襟とフード。あと、手袋とマフもどうぞ」


付け襟もフードもドレスと共布で、胸元と同じ薔薇色のリボンと金糸の刺繍で縁取られている。本当に髪は全部隠れてしまった。

そして、絹の手袋もありがたかった。実は今、手には貴婦人らしからぬペンだこができている。毛皮のマフは本当にぬくぬくで、手を出せなくなりそうだった。


ロザリンドはニムエさんよりこぶし二つ分くらい背が高いので、足が出てしまうのではないかと心配したが、ハイヒールを履いて歩く用の長さだとかで、ロザリンドのぺたんこの靴で歩けばごまかせそうだった。


身に着けているものの上から下まで借りものばかり。絶対に鼻血を垂らさないようにしないといけないわ。ロザリンドは思った。

このリボンだけで一か月分のお給料が飛んで行ってしまいそうだ。

お借りした小さなバッグに、鼻血専用ハンカチをしのばせた。


馬車の準備ができる間に、シーリアさんと打ち合わせをした。


兄の話を聞いて、いてもたってもいられなくなったロザリンドは、ニムエ姫様のお使いがあるので、ついでにナーダの事務所に立ち寄ったという体で、

オルランド様に手紙を渡し、ぼろが出る前にダッシュで帰る。

うん。完璧。


馬車に揺られながら、シーリアさんが言った。


「ふふっ。そういえば、オルランド・ヴァレフォール卿って素敵よね。宮廷でお会いしましたわ」


「ああ、先月ですね」


そういえば、裁判準備のため、オルランド様はマルバス伯と宮廷にあがっていたのだった。パシトーエ嬢のための証言や手紙を頼んだり、陪審員を頼んだり。


「姫様が陪審員を依頼されたときに、私も一緒にいたから、少しお話したの。

説明もとても分かりやすかったわ」


「そっそうなんですか」


「すっごく優秀なんですって?」


「そうなんです。すっごく仕事ができて、尊敬しているんです。・・・・・・宮廷では、どんなふうでした?」


「噂の的で、大人気だったわ。法廷で婚約者の仇をとった男ですもの。薄幸の美少女オフェリアとの悲恋物語の主人公みたいだって。もてもて。

あと、素敵な声だから、法律より詩の朗読をしていただきたいわ、なんて御婦人方の間では評判だったわ」


ひとしきり宮廷での様子を話してくれたのだが、そのあいだじゅう、ロザリンドの頭の中では、「オルランド様もてもて」の一言がぐるぐるしていた。


やがて、フルーレティ家の馬車は、事務所にしている館の前に到着した。

玄関に出てきたのはアリトン君で、どうしたんだと言いたげに目を丸くした。

ロザリンドは玄関ホールに入ると、声を張り上げた。


「はじめまして。ロザリンド・タープともうします。フルーレティ女伯爵家にお仕えしておりますの。こちら、私とおなじく侍女をしております。シーリア・エリゴール嬢」


「はじめまして」


シーリアさんとアリトン君は挨拶を交わした。ロザリンドは誰も来ないことを見て取ると、声を潜めて言った。


「という設定でお願いします」


「なるほど」


アリトン君は、すぐに設定を飲み込んでくれた。


「婚約者のシャツの件ね。いいの?」


「ええ。他に婚約者の候補って、お見えになった?」


「昨日の今日でくるはずないよ。しかし、段どりがすごいねえ」


何か話を聞きたそうにしているアリトン君だったが、ロザリンドは話をせかした。


「お使いのついでがあって立ち寄った、という設定だから。外に馬車待ってもらっているの。ぼろが出る前に引き返すから。立ち話で」


「わかった。じゃあここでまっていて。マルバス伯とオルランド卿を呼んでくる。がんばれ」


「ありがと」


アリトン君はロザリンドと拳を打ち合わせたのち、足早に玄関ホールを出ていった。

シーリアさんが興奮したように言った。


「なんだか、男の子同士みたいね。拳骨をこつんって」

「そうかしら」

「すっごい美少年ね。神話の世界から抜け出てきたみたい」

「でも女には興味なし。素敵な殿方と結婚していて玉の輿なの」

「え、そうなの?」


ほどなくして、マルバス伯が急ぎ足でやってきて、おどろいたように言った。


「エリゴール嬢。お久しぶりですな」


「ええ。今日はわたくし、同僚のロザリンド・タープの付き添いですの」


「タープ君。見違えたよ」


マルバス伯は、分かってますと言いたげにうなづくと、声を張り上げた。


「はじめまして。タープ嬢。いやほんとうに兄上に似ておられますねえ。そっくりだと聞いたけれども、これほど似ておられるとは驚きですよ。はじめまして。

いや。似てますねえ。さすがは兄と妹だ。いや、似ていないといった方がいいのかな?でもそっくりだしねえ。いやあ、初めまして」


マルバス伯は嬉しそうに「はじめまして」を繰り返した。

自称「気が利く男」マルバス伯。いい人なのだが、実にくどい。

気を利かせるシチュエーションになると、ものすごくハイテンションになる。

ご自分ではさりげなくしているつもりなのだろうが、かなりわざとらしい。


「私がですね、初対面の二人をお引き合わせしますよ。お急ぎでなければお茶でもいかがですかね。私はこう見えて気の利く男でしてね」


うわ。自分で言っちゃったよ。いい人なのだが、ちょっと鼻につくときもあるとおもいつつ、ロザリンドは返事をした。


「いえ、結構です。急いでおりますので」


すぐにオルランド様もやってきた。マルバス伯から紹介を受け、ロザリンドは何食わぬふうを装って一礼した。


よく見ると、オルランド様はいつものよれよれ上着ではなく、ちょっとよそ行きを羽織っている。それに、いつもの寝ぐせも撫でつけてある。

おしゃれしてくださったんだわっ。私のためにっ。


ロザリンドは舞い上がりそうな心を押さえつけて、気取った声を出した。


「ロザリンド・タープと申します。兄がおせわになっております。こちらに雇っていただいた時もうれしくて、もう、会うたびに詳しく話を聞いておりますの。ほんとうに感謝しております」


「いやいや。よく働いてくれていますよ」


「本当は兄と一緒に参るつもりだったのですが、尊敬するオルランド卿にお叱りを受けてしまったと、しょげておりまして、今は怖くてお会いできないと申しますので、私が参りましたの」


「おやおや。怒ってなど居りません。事情が分からなかったもので、きついことを言ってしまった」


自分でしゃべれるって、最高。ロザリンドはここぞとばかり思いを打ち明けた。


「それで・・・・婚約のシャツのことですが、ぜひご協力させてくださいませ。

お役に立てるのはうれしゅうございます。兄から、その話を伺ったときも本当にうれしくて、是非、私にって申しましたの。オルランド卿と数か月間だけでも婚約していただけるのは光栄ですわ。

兄は、オルランド様はとても御婦人方に人気だから、どなたかに申し込まれたかもしれないと申しておりましたが」


オルランド様は、照れくさそうに微笑んだ。


「とんでもない。買い被りですよ」


よっしゃあ。ロザリンドは、小さくガッツポーズをした。


「まあ。では私の提案もご迷惑にはなりませんわね。押しかけた甲斐がございましたわ。もしかしてもうダブルオー狙いの御婦人方が殺到してしるのではと気が気ではありませんでしたの。俄かファンにまけたくありませんもの」


オルランド様は、楽しげに声を立てて笑った。


「迷惑どころか、助かります。しかし、本当にお名前をお借りしてよろしいのですか。婚約というのは秘密にはなりませんよ。これに不満を持つものが不服もうしたてできるようにエイラ神殿に掲示されます。前の婚約者がよりを戻そうとするかもしれません」


「その心配はございませんわ。婚約破棄は相手からでした。本を読む女は何を考えるかわからないから気味が悪いって。結婚したら読書禁止といわれて、それを嫌だと言ったら婚約破棄されました。顔も見たくありません」


「もったいない。私は本を読んで同じ世界を共有できるのは素晴らしいことだと思いますよ」


「ええ。私も・・・・・・そう思います・・・・・・」


誰かに、そういう風に言って欲しかった。ずっと待っていた言葉を、オルランド様の口からきけるなんて。

ロザリンドは夢見心地になった。


もう、用は終わったのだから、とっとと帰らないといけないのに、ロザリンドは足を動かせなかった。

ぼろが出ないうちに帰らなきゃいけないことはわかっている。でもでも、この場を動きたくない。オルランド様から離れたくない。

せめぎ合う気持ちを押し殺し、やっと意を決して顔を上げたとたん、ほほ笑みかけるオルランド様と目が合ったものだから、ロザリンドはまたしても動けなくなった。


心臓が一気に跳ね上がる。顔があっという間に熱くなる。

ついでに、鼻の奥もぼわっと熱くなった。

しまった。今日のいでたちは上から下までドレスから何から、全部借りものなのにっ。

汚すわけにはいかないっ!!一滴たりとも鼻血を垂らすわけには!!


ロザリンドは借り物のハンドバックを開けると、唯一の私物である鼻血専用ハンカチを取り出し、鼻に押し当てた。

使わずに済めばいいと思ったのに。この事態は避けたかったのに。

兄と妹で、おんなじハンカチ使ってるなんて、ありえないわ。ばれるリスク倍増じゃないの。

もう。くやしいっ!!

どうしてオルランド様ったら、なんでそんなに魅力的なのかしらっ


シーリアさんが咳払いをして言った。


「あら、あら。ではお使いの途中ですので、そろそろ失礼をいたします。ロザリンド。お手紙を書いたのではなくて」


「ああああ。そうでしたっ。お手紙書きましたの。受け取っていただけますかしら」


これが一番の目的じゃないの。何やっているのよ私!!

ロザリンドは、当惑気味のオルランド卿に手紙を差し出した。


「もちろん」


「婚約の書類は兄の方にお渡しくださいませ。では失礼をいたしますっ」


ロザリンドはドアを開けてくれようとする、アリトン君を押しのける勢いで外に出て、馬車に乗り込んだ。



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