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施薬院 2


兄ギャニミードの治療はすぐに始まった。

まず最初におこなわれたのは薬抜き、である。

この「悪魔薬」は吸わずにいると、数時間くらいで頭痛がし始める。

そこを耐えると、今度は幻覚を見始める。黒い獣が何処までも追いかけてくる、といったたぐいの怪しげなものなのだそうだ。


そのため、眠り薬でその、最初の一番苦しいところを眠って過ごさせる。

薬抜きのための専用の部屋で、家具はない。患者が暴れてもぶつかっても大丈夫なように、床も壁も藁いりの布団でおおわれている。

昼夜を問わず、数日かけておこなわれるのだという。

家族には見せられないとのことだったので、離れた部屋でロザリンドは母と二人で待たせてもらった。兄の苦し気な叫び声が聞こえてきて、何度も耳を押さえた。


ここを過ぎると、治療らしい治療はなかった。

そのあとは、「悪魔の薬」によく似た筒で、香草の煙を吸う。

こうして薬を欲しがる気持ちをごまかし、宥めていく。



一度薬を吸ったものは「悪魔の薬」を求めずにはいられないのだそうだ。

例えるなら水を飲みたいのに飲ませてもらえないとか、眠りたいのに眠らせてもらえないという状態で、これは一生続いていく。

これ以降は本人の意思のみが頼りで、大丈夫と思っても、ふとしたきっかけで再び薬におぼれてしまうこともあるのだそうだ。


食事を受け付けずに寝たきりの状態だったため、兄の体は衰弱していた。徐々にスープやおかゆを食べられるようになった。


兄の容態が落ち着いてきたころ。ストロス師を交えて話をすることになった。


ストロス師から、むやみに兄を責めないように言われていた。

悪魔の薬に手を出してしまうものは、心が弱っているのだと。


兄はずっとうつむいたままだったが、ぽつぽつと話してくれた。


兄の悩みは、去年の父の死の時から始まっていたのだそうだ。

 家督を継いだ兄は絶望的なことに気が付いたのだ。タープ家には財産と言えるものはもうなく、先祖代々の借金は膨れ上がっていて、父の一生はその利子を払うことに費やされていた。このままでは自分もそうなる。父のように法学を修めて働こうと思っていたが、何もかも空しくなってきた。そういうウツウツとした日々のなか、気晴らしにと「夢見る薬」に手を出し、溺れてしまうことになったのだ。


兄はしゃくりあげながら、何度も何度も謝罪してくれた。


家の財産のことは母にもロザリンドにも何も知らされていなかった。

一人の肩に負わせてしまって申し訳なかったと思う。


幸いに順調に回復していった。

3か月たっても、目の周りはくまで真っ黒だったし、香草いりの煙薬は喉を焼くため、声は掠れてしまったけれども、ちゃんと話ができるようになった。

一緒に食卓を囲めるようになった時は、嬉しくてうれしくて皆泣きながら食べた。



順調に回復し始めると、別の問題が持ち上がった。

母である。

施薬院に来た当初は、破産したショックで呆然としていたのと、兄の容態などでそれどころではなく、家族が一丸となって取り組んでいた。


だが、少し余裕ができて冷静に自分の現状を確認してみると、城の中の一室に家族三人が財産もなく住んでいるというみじめさに気が付いて、母はかんしゃくを爆発させた。


その理不尽な怒りの矛先は、すべてロザリンドに向けられた。


母曰く

誇り高く運命に身をゆだねるべきであった。

そうすれば、親戚の必ず誰かが手を差し伸べるはずだったのに、ロザリンドのせいでそうならなかった。

そして、施薬院に来てしまうなど自慢の息子の恥を世間に晒すことになってしまった。もう恥ずかしくて世間に顔向けができない等々。



一度だけ問い返したことがある。

「ではどうすればよかったの?助けは来なかったじゃない。あのままあの家に居座り飢え死にすべきだったとでも?」


母は目を丸くしたまま、わなわなと震えていたが、やがて普段の倍の声でわめき始めた。


「なんて強情なの!!親に口答えするなんて。あなたのそういう態度がいけない。あなたのせいでこんなみじめな境遇になったというのに」


要するにロザリンドのやり方は貴族らしくない。

自分で何かを判断するなど女らしくない。

そんなに短く髪を切るなんて、みっともない。そんな娘にはもうどこからも縁談が来ない。


それ以降は「はいはい、その通り」と聞き流すことにした。


病院で事務の仕事をしているときは、少しだけ息抜きできたが、部屋に戻ると待ち構えたように母の小言が始まる。何しろ一日中部屋にいて、そのことばかり考えて煮詰まったようになっているのだ。

「お母様も外に出ればいい」といっても恥ずかしくて世間に顔向けできないという。


お母様の思うとおりにしてあげられれば良いのだろうけれど、それはどうやったってできそうにない。

毎日毎日、キンキン声でわめきたてられて、気がめいった。



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