婚約者のシャツ
エルンスト・マルバス伯はオルランド卿と共にナーダのエイラ神殿へ向かった。
面会室で向かい合ったテレサ・パシトーエ嬢は、前に会ったときよりずいぶん元気に見えた。
「先日、我々二人して、あなたのお返事を突き付けてまいりました。その結果、裁判が始まることになりました」
「はい」
テレサ嬢は落ち着いた声で答えた。
オルランド卿は淡々と続けた。
「はじめにもうしあげておきますが、裁判とは物語の勝負です。陪審員を納得させる物語を出せるかどうかの勝負です。
そして状況は大変厳しい。
バルカ提督を引き付けたのは、あなたの魅力かそれともジポング海図か。
バルカ提督が出廷できないのをいいことに、相手陣営は、バルカ提督がジポング海図ゆえにあなたを選んだ、ゆえに、それ以前にあなたがジポング海図を何らかの手段で手に入れたことを立証しようとしている。そして、ビレト公殺害の罪もかぶせようとしている」
「はい」
「それに立ち向かうために、有効なのは事実だけです。私たちを信じて、嘘偽りのない事実を述べてください」
「はい。わかりました」
「私たちは、あなたの味方です。あなたに都合が悪いと判断すれば徹底的に隠します。そのためには口裏を合わせ、嘘をつくこともあるでしょう。ですが、私たちの間で秘密を持とうとしないでください。相手方には腕利きの法律屋がそろっています。少しでもあいまいなことを言えば、そこをつついて掘り返し、事実を捻じ曲げてくる。
大変に不躾な、私的なことに踏み込む質問をします。きまり悪いことも多いと思いますが、嘘をつかず、正直にお答えください」
「何でも聞いてください」
テレサ嬢は大きく息を吐いて姿勢を正した。
「現在の最大の争点は、魅力か海図か。
「今回ベリアル宮廷に行って、いろいろな方にお話を聞いたところ、皆さん口をそろえて、いうのですよ。バルカ提督が舞踏会であなたを見初めた。どんな宴にも二人はなか睦まじく、とても幸せそうにしていたと。多くの皆さんが手記をお寄せくださるそうです」
オルランド卿に促され、エルンストは、書類を開いた。
「王妃様はもちろんのこと、同僚であるフィリパ・カフシエル嬢。ブエル子爵夫人。女官長のシュノス夫人、ラダマンド大使ランパス伯爵夫妻。カルタゴ大使ハンノ伯爵夫妻・・・・・・・」
次々に読み上げられる懐かしい人の名前に、テレサ嬢は目を潤ませていた。
エルンストは、とっておきの情報も披露した。
「それに、ここだけの話ですが、陪審員としてわが主君セーレ公爵殿下が潜り込むことになりまして。表向きは中立ですが、あなたの味方です」
「まあ」
「最高神祇官の候補というのはいろいろ特権があるそうでね。どんな裁判の陪審員にもなれるというのもその一つです。他の候補も誘ってくださるそうですよ。お友達のフルーレティ女伯。コカトリス卿、キマイリス卿は快くお引き受けいただけそうだ、とのことで」
「心強いです」
オルランド卿は咳払いして、表情を引き締めた。
「では、事実の確認をさせてください。まず、婚約そのものに、いろいろと事情があったようですね。例えば、カルタゴ海軍は傭兵制度をとっているため、国に雇われている数年間は外国人と婚姻関係を結んではならないという規則があった。そのためバルカ提督の結婚に関して、本国は婚約のみ許可すると返答している」
「はい、たしかに」
「それに、あなたにも特殊な事情があった。ご懐妊中の王妃様にそば近く仕える「エイラの侍女」であるために、純潔を保たなくてはならなかった。ベリアル王室からも、王妃様の御実家ラダマント王室からも内々に依頼があったとか」
「はい。でも、わたくし自身も望んでいました。王妃様にはお輿入れの前から、もう、7年もお仕えしておりましたし、待望のご懐妊でしたし、せめてお子様のお顔を拝してからおそばを退きたいと」
「そして、二人は婚約式を上げられた。その夜つつがなく「床入りの儀」が行われた。解せないのはこの点です。艶福家として世界に知られたバルカ提督が、あなたと同衾しながら結婚の完成に至らなかった。あなたはその後もエイラの侍女として、王妃様にお仕えしている」
テレサ嬢は、きまり悪そうに真っ赤になりながら、うつむいた。
オルランド卿は淡々と言葉を継いだ。
「本来なら、婚約者たちが褥に入り、帳の戸を閉めた。といえばそれ以上のことは追及されません。結婚は完成されたものとみなされる。
だが、そうはならなかった。この食い違いが誤解の元です。
そのために、バルカ提督の目当ては貴方ではなくジポング海図であり、地図の引き渡しが行われなかったために、あなたとの結婚の完成を拒んだ。というふうに」
テレサ嬢はうつむいたまま黙っていた。
重苦しい沈黙に、エルンストも胸が苦しくなってきた。
確かに、そこが裁判の肝だ。だが、うら若き乙女に、初夜について問いたださなくてはいけないのは辛い。
オルランド卿は手元の書類に目を落とした。
「あなたの婚約文書の中で「同衾の際には『婚約者のシャツ』を着用することを義務付ける」とありますが、これはどういったものですか
「ご存じないのですか」
テレサ嬢は驚いたように目を上げた。
「ええ。私は10年近く婚約しておりましたが、一度も見たことがありません。実は大変珍しいものです」
「そうなんですか」
「エイラ神殿に問い合わせたところ、たしかに、バルカ提督のために一着誂えたとのこと。これが出てくるのは『白い結婚』をする必要があるとき。つまりどちらかが子供を作るには幼過ぎるとき。あるいは婚約者たちが乗り気なのに双方の家で持参金などの話し合いがもつれているときとか、だけなのです」
「まあ」
「二人の結婚が完成されなかったのは、察しまするに、「婚約者のシャツ」が原因ではありませんか」
「おそらくは」
「実物を見せて欲しかったのですが、拒否されてしまいました。どんなものかご説明をいただけますか?」
テレサ嬢は真っ赤になったまま、説明を始めた。
「シャツというよりは袋みたいなものでした。袋にはエイラの聖句がいくつも刺繍されていたとか。お姉様のハミルカル公爵夫人から、間抜けな姿だから見ないで上げてね、と言われていたので、あまり覚えていません。体がすっぽり入り、首のところでヒモを結んでありました」
「シュノス夫人の証言によれば、扉を閉める前にはきっちり結ばれていたはずのの婚約者のシャツの紐は、翌朝にはほどかれていた。ほどいたのは貴方ですね」
「そうなんです。カル・・・・・・バルカ提督は苦しそうでお気の毒でしたから、ヒモをほどいたんです」
「それで?提督は袋の中から出てきたのですか」
「出ようとなさいましたが、出られなかったんです。」
「どういう意味ですか」
「つまり、脱ごうとしても体にぴったりくっついて、離れなかったのです。不思議な力がはたらいているというか、袋を首元まで上げていると、なんともないのですが、袋の口を引き下げると体にピタッと吸い付くようになってしまって、それ以上は脱げないのです」
「なるほど。」
「どんなに勢いをつけて、素早く引き下ろそうとしてもだめで、カルロス様は、エイラの霊験あらたかだと笑っておられました」
「たしかに不思議な袋ですな。この「婚約者のシャツ」の実物を法廷に持っていけば、重要な証拠になる」
「結婚の完成を望んでいたわけですからな」
エルンストはオルランド卿とうなづきあい、メモを取った、




