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エルンスト リクルート

裁判のための準備として、エルンスト・マルバス伯のすべきことは山積みであった。


まず、ナーダの市街に事務所兼住まいになるような屋敷を借りた。部屋が10ほどある手ごろな屋敷が見つかったので、そこを契約し、管理人を雇い入れた。


こちらはスムーズにいったが、人事の方は難航していた。


オルランド卿の要望は、アシスタントとして法学士か法学をおさめている学生を、最低でも二人。できれば5人ほど雇って欲しい。とのことだった。


つまり、裁判を行うにあたり、それに関係する法律と、それに伴った判例とを書き写してこなくてはいけないらしい。


というわけで、法学院に求人広告を出しておいたのだが、人は集まってこなかった。


採用したいのに・・・・・・。


どうやら、国王陛下の向こうを張っての裁判になることは知れ渡っているらしい。

まあ、出世の道がふさがれるような裁判にかかわりあいたくないんだろうなあ。

分かるけど、人がいないのは困る。


待っていても誰も来ないので、エルンストは積極的に勧誘を行うことにした。


一人はラウル・アリトン君だ。何か月か前に一緒にオルフェウス神殿で出会った青年である。ギリシャ彫刻が動き出したかのような凄まじいほど美貌の持ち主で、先日エギュン公とオルフェウスの誓いというのを交わし、晴れて伴侶となられた。

ものすごい玉の輿に乗ったわけで、仕事をする必要もない人に仕事を頼むのは気が引けたが、幸い了承してもらえた。


あと一人。

本命は施薬院に入院中のギャニミード・タープ君だ。

悪魔の薬におぼれてしまって施薬院に入院中だが、前は法学の修練生だったし、実務経験がある。

裁判のアシスタントの経験もあるという。

来てもらえれば、とりあえず最低人数クリアだ。


エルンストは面接の日時と時間を書いて、手紙を出した。

面接、というよりも、来たら問答無用で採用の予定である。

罠をはって待っている気分である。


事務所で待ち構えていると、来てくれた。


「タープ様がお見えです」


よっしゃあ!ゲット!


「ようこそっ」


エルンストはそのまま「君を採用するっ」と叫ぶつもりだったが、言葉を詰まらせた。


やってきたのは、妹のロザリンド・タープ嬢だった。

施薬院で働いているタープ嬢の顔は見知っていた。


兄の薬道楽のせいで家が破産し、施薬院に入る金もなかったため、ふくらはぎぐらいまであった長い髪を売って入院の予約金に充てたという。エルンストは彼女の顔を見るたびその健気さにうたれて、なんだか泣きたくなった。若い貴婦人が髪の毛を売るまでに追いつめられるなんて、本当に大変だったはずだ。


髪はまだまだ男のように短かった。


いつもは簡素なドレス姿だが、今日は兄の服を借りたのであろう。ちょっと大き目なダブレットとパンタロンをなかなか粋に着こなしている。


「ああ、どうも」


エルンストは椅子をすすめ、後ろから兄が入ってくるのではないかと、期待を込めてみていたが、扉は閉められた。


「あの、兄上はどうされました。ギャニミード・タープ君にお手紙を出したのですが」


「それなのですが、兄はまだ健康がすぐれません。病室から庭を散歩するのがせいぜいという感じで。働けるようになるには、もう少しかかるかと」


「そうですか。それで、断りに?」


「いいえ」


ロザリンド嬢は大きく深呼吸して、言った。


「代わりに私を雇っていただけないでしょうか。あの。これ兄からの手紙とストロス師からの紹介状です」


エルンストはおずおずと受け取った。


ギャニミード・タープからの手紙には、自分はお役に立てそうもないが、代わりに妹を雇って欲しいことや、妹はフェニキア古語と、ラテン語が読み書きできることなどが辞を低くして書かれていた。


ストロス師からの手紙には、ギャニミード・タープの退院には、あと数か月かかりそうなことと、タープ嬢は非常に優秀である旨が縷々綴られていた。


読み終えて、目を上げると、タープ嬢が、食い入るようにこちらを見ていた。エルンストは、咳払いをして、尋ねた。


「きみ、古語が読めるのか」


「亡き父が弁護士をしておりましたので。辞書があれば何とか」


ほほう。それは、私と同じレベルだ。

採用したいが・・・・・・マルバス伯は迷った。


タープ嬢はここぞとばかり猛アピールをしてきた。


「仕事の内容は、弁護士の補佐と伺いました。


「必要な法令とか、判決の前例の記録を書き写したりするんですよね。エイラ神殿の婚姻にまつわる法律やマモン神殿の財産法など。それぞれの神殿に行って法令を写して、保管しておくのだと兄から聞きました。修練士であるメダルは兄のを借りてきました。これを持っていれば、どの神殿の法律管理処にもはいれるそうです。つまり今回の裁判の場合は、エイラ神殿に行き婚姻法を、マモン神殿に行き財産法を、場合によってはバアル神殿に行って国璽法、王室法。それに紋章院などにも行く必要があるかもしれませんね」


「詳しいね」


少なくとも、私よりは詳しい。彼女を雇えば兄上からのアドバイスももらえるであろう。しかし・・・・・・。


エルンストのためらいをみて、タープ嬢はさらに情熱を込めて語った。


「もちろん、お給金はそれほどいりません。いただけるならうれしいのですけれど、それよりも仕事です。法律の仕事をするのって憧れでした。女には禁じられていますから。けれども、私ずっと父や兄と一緒に法律の本を読んだり、裁判所や市場で弁士の演説を聞いたりするのが好きで、ぜひ、その仕事をしてみたいと思っておりました。それに、テレサ・パシトーエさんとはお友達で、ぜひとも彼女の役に立ってあげたい。あと、証言を聞きとったり。私はパシトーエ嬢の友達だったから、彼女も話しやすいのではないでしょうか。裁判においても助けて差し上げたいと思っています」


志望動機も素晴らしい。そして、仕事の内容もわかっている。

しかし。


「あなたを雇いたいのはやまやまなのだが、あなた自身は資格を持っていないわけで」


「兄になり切ります。この格好でいればばれないと思います。アスターテ神殿にも法廷にも入りません。そのころには兄も元気になっていると思いますので、入れ替わればいいと思います。下準備をするだけなら、特に資格を問われることはないはずです」


どうやら、想定内の質問だったらしい。すらすらと答えてきたが、エルンストにはどうも引っかかるものが感じられた。


「しかし、あなたの声はいささか高すぎる。男と言い張るのは、ちょっとねえ」


「声ですか?なら、筆談にします」


「それなら、まあ」


エルンストは腕を組んで考え込んだ。


仕事を遂行する能力はあるらしい。しかし、借り物のメダルというのはいかがなものか。女性には能力があっても法学院に入学できず、よって資格は与えられないことになっているわけで、そう考えてみると資格の有無はこの際問題ではないような気もする。だが、別人に成りすました人間を雇うというのは倫理的にいかがなものか。


しかし、人手が足りない。ヴァレフォール卿は最低二人は欲しいと言っていた。

マルバス伯は意を決し、侍従にアリトン君を呼んでくれるよういいつけ、タープ嬢に言った。


「では、こうしましょう。今から、あなたはギャニミード・タープになりきってください。同僚になる彼が、あなたが女だと気が付かなければ、採用します」


「わかりました。なり切ります」


タープ嬢は力強く言った。


「お通ししてくれ」


ラウル・アリトンが入ってきただけで、部屋はパッと華やかになった。

相変わらず、神話の中から出てきたような美青年ぶりだ。


エルンストは改めて咳払いをすると、さりげなく紹介した。


「こちら面接に来てくださった、ギャニミード・タープ君」


「宜しく」


タープ嬢は精一杯らしい低い声を出し、手を差し出した。

どうか、ばれないでくれ。エルンストは祈りつつ見守った。


「えっと。ラウル・アリトンです。けど、君ギャニミード・タープじゃないよね」


一瞬で見破られた。


「だめですか」


タープ嬢は肩を落とした。


「そうか。残念だね。そんなに簡単に女と見破られるとは思わなかった」


「え?見破る?女?」


アリトンはあたふたと周りを見回し、かぶりを振った。


「いいや。ぼくはギャニミード・タープ本人をしっているんです。司法練習生としてモレク先生の講座にいたでしょう。薬におぼれてしまった気の毒なタープといえば有名人でしたし。それほど親しくない僕のところまで金を借りに来ました」


「あああ。すみません。申し訳ありません。兄がご迷惑をおかけして、すみません」


タープ嬢がペコペコ頭を下げた。


「いえいえ。断ったので貸していません。でも驚いたな。妹さんなんですか。見た目から男だとばかり思っていました」


アリトン君はくすくす笑うと、エルンストに話しかけた。


「ところで、他に弁護士補佐の当てはあるんですか」


「いや、まったくない。正式に採用したのは今のところ君一人だ」


「僕一人なんて嫌ですよ。僕は、仕事をするの初めてなんです。それでなくってもヴァレフォールの人たちは人使いが荒いって有名なんですから」


「そうなのか」


「ええ。ですから。僕としては同僚として彼女を雇っていただけた方がありがたい。兄上にアドバイスももらえるでしょうし。この髪型でこの格好をしていれば、女子禁制の場所に行っても、呼び止められることはないと思いますよ。それに僕と一緒に歩けば、注目はすべて僕に集まりますから」


さらっとおのれのナルシストぶりを披露すると、アリトン君は微笑んだ。


まあ、納得の美貌である。

どちらが男装した女か当てろといわれたら7割くらいの人はアリトン君を選ぶのではなかろうか。

エルンストは決意した。


「ロザリンド・タープ嬢。あなたを採用します」


「はい。ありがとうございます」


「これからはタープ君と呼びます。では、二人とも契約書類にサインを頼みますよ」


二人ゲット!!

とりあえずミッションクリア。エルンストは少しだけ安堵した。

それ以降に応募者は皆無だった。

ベリアル宮廷の物語 リクルート 改稿しました。

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