エイラ神殿 2
面会室を出ると、エルンストとヴァレフォール卿はふらふらとエイラ神殿の敷地を歩き始めた。
ここの神殿は、花嫁の花であるマートルの庭園が有名で、二人の足は自然とそちらに向かっていた。
しばらく無言でいたが、エルンストはぼんやりとヴァレフォール卿に話しかけた。
「長くお仕事をしていると、こういうのはよくあるんでしょうか?」
「たまに。どちらが得か考えるよう促すことはあります。だが、ここまで情けないのはそうないです。なにしろ濡れ衣を着るように強制しているわけですからね。故ビレト公の周到さに負けたかんじですかね」
「耳が痛い。セーレ公も悔しがっていましたよ」
「ええ。相手の主張を認めるということは譲歩ですからね。それはビレト公がわでもわかっているはずですし、理解させねばなりません」
エルンストが罪悪感にさいなまれているのを見越してか、気を引きたてるようなことを選んで話題にした。
「仕事はまだまだありますよ。これからのパシトーエ嬢の国外退去の身の安全も協議せねばなりません。持参金と、婚約破棄の件は未だ白紙状態ですから交渉して、何とかしなくてはいけない」
「そうだねえ。いくらなんでも全額没収はないよねえ」
いつの間にか表神殿の方まで歩いてきていた。神殿の中庭では披露の宴の最中だった。
通りかかった人にも酒がふるまわれる習わしのため、エルンストたち二人も若き二人にむけて杯を上げた。
エイラの儀式を終えたばかりらしい二人が花で飾られた席に座っていた。
だが、どうも政略結婚らしい。
盛り上がっているのは宴に出席している親族たちばかり。
新郎にも新婦にも笑顔はなく、目も合わせようとしない。
杯を返し、また時間つぶしに歩くうち、エルンストは胸に広がるもやもやに耐えられなくなってきて、ヴァレフォール卿に話しかけた。
「どうにかならないかねえ」
「どうにか、とは?」
「私はバルカ提督とパシトーエ嬢の婚約式に出たんだよ。二人とも本当に幸せそうだった。
バルカ提督は本当にパシトーエ嬢を大切に扱っていた。それがジポング海図ゆえではないって証明しろって言われると困るけど、でも・・・・・・何とかならないかねえ」
「それが難しいことはご説明して、マルバス伯は納得なさったはずでは?」
「そうなんだけどパシトーエ嬢が本当のことを言えるようにできんもんかねえ。あんなふうに、自分を貶めるような嘘をつかずに済む方法はないのかな。だってあまりにも一方的じゃないか」
ヴァレフォール卿はおやおやと言いたげに苦笑しつつ、顎を撫でていたが、唐突に質問した。
「マルバス伯は奥様を愛しておられますか?」
「そりゃあ、まあ」
「それを証明してみてください」
「そんなことを急に言われても・・・・・・」
「ちなみに、エイラの儀式を上げたことも、恋文も、切り取った髪も、子どもの存在も愛の証拠にはならない。なぜならば、人は愛がなくともそれをなしうるからです」
「えっと・・・・・・その・・・・・・」
しばらく考えたのち、エルンストは瞑目し、深くため息をついた。
確かに、言うとおりだ。証明などできない。
できないけれども・・・・・・。
エルンストは上目づかいでヴァレフォール卿を見た。
「しかしだね。もし、パシトーエ嬢がサインを拒んだら、どうなるかな」
「どうなるも何も、裁判ですよ。その見通しについては、ご説明したはずですが」
「ああ。バルカ提督は、軍務のため今すぐには出廷できない。でも引き伸ばして出廷できれば変わるんじゃないかな。あと手紙という手もあるよね?
あと、セーレ公が陪審員になれるんだよ。最高神祇官の候補だからね。陪審員になり放題なんだ。何とか裏工作をしてもらう。わが主君ながら、あの腹黒ぶりはすごいよ。なんとかしてくれるんじゃないかねえ。なんとかさ、なんとか」
エルンストは身をよじりつつ、なにごとかアイデアをひねり出してみようとしてみたが、特に何もでてこなかった。
隣でヴァレフォール卿が笑いをかみ殺している。
くそ。間抜けぶりをさらしただけになった。
「心がこの通りと見せられれば、楽なんだけれどもねえ」
「そうすれば、弁護士の仕事なんかずいぶん少なくなるでしょうね・・・・・・しかし、そうだな。証明出来たらこれは面白いかもしれない」
「ん?今なんと?」
なんか、裁判をやってもいいようなこと呟いていなかった?
期待を込めて、エルンストはその顔を覗き込んだが、ヴァレフォール卿は迷惑そうに眉をひそめた。
「まあ、パシトーエ嬢のご意向次第ではあります」
「本当に」
「選択肢が存在するというだけの意味です。この件で裁判をするのは、負担が大きすぎる。時間はかかるわ、死刑になるかもしれないわで、いいことはありません。示談に応じればすぐに自由の身になれる。するように説得した方がよろしい」
「まあ、そうですな」
エルンストはもやもやしたまま先ほどの面会部屋に戻ってきた。
「従順」という部屋の名前になんとなく反感を覚えながら扉を開けた。
二人が椅子に腰かけると、パシトーエ嬢は待ち構えていたかのように話しかけてきた。
「サインは・・・・・・致しません」
その声はかすかにふるえていた。
「お二人が私のためを思って勧めてくださっているのはわかります。でも、このサインに3人分の名誉がかかっています。後見人ロノウェと、バルカ提督と私と。だから認めることはできません」
ヴァレフォールが厳かに問うた。
「先ほど申し上げた通り。この裁判に勝ちはあり得ません。死刑判決すらあり得ます。裁判の間中、あなたは不当な罵倒を受けつづけることになる。それでも、裁判を望みますか」
「望みます」
パシトーエ嬢は、涙を含んだ眼をあげると、決意に満ちた表情で、答えた。
「これを認めてしまったら私は一生自分を許せない。自分で自分の魂を殺すも同然です。それなら精一杯戦って死にたいです」
その悲愴な覚悟のほどが感じられ、エルンストはいつの間にか滂沱の涙を流していた。我知らず答えていた。
「わかりました。では、そうしましょう。戦いましょう」
言った後、エルンストはうろたえた。
しまった。サインをするように説得しろとかなんとか言われてたっけ。
エルンストはおそるおそる傍らのヴァレフォール卿のほうをみた。
無言で無表情だ。あれ、怒ってる?
ヴァレフォール卿の落ち着いた声がした。
「Fiat eu stita et piriat mundus」
「それは、どういう意味ですか?」
パシトーエ嬢はエルンストとヴァレフォール卿を等分に見ながら無邪気に問うた。ヴァレフォール卿は訳してみろと言いたげにエルンストを見た。
エルンストは涙をふきふき頭をフル回転させたが、とっさには訳語が出てこなかった
えっと、「mundus」って言ったよな。世界って意味だよな。
もしかして「お前とは住む世界が違う」とか、そういう意味?
それとも「話が違うから帰らせてもらう」という慣用句?専門用語?
口にして本当になったら嫌なことばかりが思い浮かび、エルンストの心臓は嫌な感じでバクバク打ち始めた。
「えっと、mundus?だから世界についての慣用句かな」
ヴァレフォール卿はニヤリと笑い、答えを言った。
「正義を行うべし。たとえ世界が亡ぶとも。の意味ですよ」
ヴァレフォール卿は微笑むと、パシトーエ嬢に向かって優雅に一礼した。
「あなたのために戦えることを誇りに思います。パシトーエ嬢。力を尽くしましょう」
ベリアル宮廷の物語 エイラ神殿 2 重複です




