事物の原因を認識し得た者は幸いである 2
「だが、今年の春、事態は急変した。
本当にジポングにいこうとする男が現れた」
「バルカ提督ですな」
「そう。本物の船乗り、カルタゴ海軍のバルカ提督だ。
ガレー船にガリオン船、数十隻を持つ傭兵団長でもある。
さすがにここまでの大物となると、話をつぶせない。
つけを払うときが来たと観念すればいいものを、ビレト公は往生際の悪い男だ。
話を聞きたいというバルカ提督と会わないように逃げ回っていたらしい。
そうしたら、事情が分かっていない息子セバスチャンが、ジポング海図を大公開。
でっち上げの杜撰な海図を見せられたバルカ提督は「疑問を呈さざるを得ない」とコメントしている」
「この数か月、雲の上ではいろんなことが起きていたわけですな」
「ああ、実にお粗末なごたごただ」
セーレ公は他人事のように頷いた。
「遅まきながら、うやむやにしていたことを反省したベリアル王国閣僚の皆さんは、事実を明らかにするべく動き始めた。
「ジポング王」は、今上ミダス陛下の称号の一つでもある。
称号を増やすのはなんてことはないが、減らすというのは大事だ。
戦争に負けたみたいだろう。メンツ丸つぶれさ。
ところが、事実の確認をしたいだけなのに、ビレト公は宮廷における権力争いとしかとらえようとしない。疑うなら、俺の敵、すなわちミダス王陛下の敵ってな具合にね。
だから僕らは慎重に動いている最中だった」
「僕ら、とは」
セーレ公は少し首を傾げて考えているようだった。
「いまなら『立て襟派』とでもいえるのだが、当時はなかった。そうだなエギュン公派閥というか、元老院派というか、そんな感じだ」
オルランドは先を促した。
「まずはビレト公爵の甥であるハーゲンティ伯爵に接触した。
航海日誌は彼の父ジョアン・ハーゲンティが残したものだからね。それに、ミダス王の幼馴染で廷臣として仕えている。彼を納得させて、それとなく陛下の耳に入るように伝えてもらえば、良い感じにまとまるんじゃないかな、と。
エンリケ君は聡い人だから、すぐに理解してくれた」
「ほほう」
意外なつながりにオルランドは思わず嘆息した。
「ところが、それはビレト公爵の知るところになってしまった。
それを嫌な形で陛下の耳に入れたもんだから、気の毒なハーゲンティ伯は憂き目を見ることになった」
「プロスクリプティオ発令・・・・・・ですな」
「そう。国王陛下の名誉を傷つけることになってしまう・・・・・とかなんとか言ったんだろう。陛下の決断は早かったらしいぞ。朝にビレト公から話を聞いて、昼にハーゲンティ伯爵と話をして、その日のうちに発令だ。ハーゲンティ伯爵は身包み剥がれてポイ」
「突然でしたね。適用されたのは200年ぶりくらいでしょうか?法曹関係者でもあんな法律あったのかと話題になりました」
「証拠はないが、あれは側近のクローケル卿の入れ知恵じゃないかと疑っているんだ。アサゼル家の悲劇は奴の愛読書だからね」
オルランドは思わず顔をしかめた。嫌な趣味をしていやがるな。
反逆者の汚名を着せられ、「プロスクリプティオ」の刑を下されたアサゼル家の一族が故郷へ向かって逃げるのだが、妻子も分家の一家も虐殺されて滅びていく実に胸糞悪い話だ。
「ハーゲンティ伯爵は宮廷の真ん中から忽然と姿を消したという噂でしたが」
「ああ。危ないところだった」
「殿下のお手柄でしたか」
「いいや。僕の部下のお手柄さ。マルバス家の二人組。僕は馬車と隠れ家を提供しただけだ。しばらく、ここに匿っていた。滞在していたあいだに手記を残してくれたんだ」
セーレ公は指を三本たてた。
「資料の3つ目がエンリケ・ハーゲンティ伯爵の手記だ。
彼は伯父ビレト公の命令で、なんとかこの事態を切り抜けるために奔走していたらしい。金は出すから、今すぐジポングへいってこい、なんてことまで言われていたらしい」
「それは気の毒ですな」
「この手記からは、ビレト公も国王陛下も、航海日誌を見ていたことと、ジポング海図が無いと認識していたことがわかる。この手記は証拠にできるかな?」
オルランドは首を傾げた。
「残念ながら、プロスクリプティオを受けた人間は、法的には生まれなかったもの、という扱いになります。手紙は焼きすて、肖像画は削られ・・・・・・ですからすべては無効となります。証拠になるかといえば、難しいでしょうね。恩赦の勅書があれば別でしょう。しかし」
「でるわけがないな。しかし酷い刑だ」
セーレ公は両手を頭の後ろで組み、嘆息した。そして食事前にオルランドが外した付け襟のほうに目をやった。
「その襟を考案したのは、ハーゲンティ伯爵だよ。ここ数年は宮廷のファッションリーダーだったと言っていたな。いつもいつも幼馴染のナベリウス卿と一緒に次の流行を考えていたらしい。ミダス王のお好みは完璧に把握していると豪語していた。この襟も多分陛下のために考えていたんだろう。
僕は服のことなんかまったくわからない。こんな面倒な襟なんか流行るわけがないと思っていたが、宮廷では大流行だ」
「不思議なものですな」
「ああ」
オルランドは、生まれなかったことにされた男の作品を、しばし眺めた。
「とにかく」
セーレ公は大きくため息をはいて話を続けた。
「公聴会を開き、国王陛下ご臨席の場で、ビレト公本人にジポングに行っていないと認めさせ、なんとか善後策を協議しようとした。枢密院の方から、公聴会の日程を決めて、ビレト公爵に通告したらしい。閣僚の皆さんで、これらの書類を検討する。そして話し合いの結果は元老院に発表すると。そうしたらね、自信満々の返事が返ってきたらしい。盗まれていたジポング海図を取り戻せるめどが立った。その場でご披露するってさ。そうしてビレト公は兵隊を集め始めた。傑作だろう」
「てっきり僕のところに書類を奪いに来るものと思って、こちらも守りに入った。
友人のキマイリス卿に頼んだら、本当の戦争ができるってはりきってくれてね。
ところが、盛大に肩透かしを食った。狙いはこっちじゃなかった。
そして、今に至る」
セーレ公は沈痛な面持ちで付け加えた。
「しわ寄せが、すべてパシトーエ嬢に行ってしまった。実に申し訳ない」




