オルランド 賽は投げられた
正式な契約文書を取り交わしたのち、オルランドは正餐の席に招かれた。
オルランドは急いで一張羅に着替えて、コカトリス卿から譲られた付け襟をつけて食堂へ向かったのだが、セーレ公爵もマルバス伯爵も着用していないのを見て、少し慌てた。
「もしかして、付け襟は食事時はつけないのがマナーでしたか?疎いもので失礼を」
セーレ公は気さくな笑みを浮かべて、答えた。
「別に、どちらでも構わないよ。僕は食事中に首を絞めつけるので、その襟好きになれないがね」
「コカトリス卿から、この立て襟は殿下のお好みと伺ったのですが」
「とんでもない。僕は早いところ流行が終わってくれないかと考えているんだ。それをつけていると首筋がかゆくて仕方がない」
なんだか、思っていたのと違うな。
おもいながら、オルランドは襟を外した。
正餐は、スープに始まり野菜の前菜。メインがカモ肉の薄切りで、ハーブや、薫り高い塩とコショウで味付けされていた。長逗留していた宿屋で出されていたのは、パンのほか塩漬け肉や大釜で煮込んだスープなど、大味なものばかりだったので、洗練された食事は久しぶりだった。
共通の知人、コカトリス卿やガミジン卿の話や宮廷での様子などの語り合ったのち、オルランドはふと問いかけた。
「そういえば、この館のまわりが、ずいぶん物々しいご様子でしたが、どうされました?」
「ああ、あれね。実はちょっとしたもめ事があってね」
こんなことはしょっちゅうだという軽い調子でセーレ公は言った。
まわりの林を切り開き、柵やら物見やぐらを立てて、景色が変わるほどの準備をしておきながら、ちょっととは、豪気なものだ。
オルランドは苦笑した。
「差し支えなければ、その事情を伺いたいですな。一体、何事です?」
「ある男に手紙を何通かだした。僕のもとに重要書類があるってことを知らせてあげたんだ。ついでに、これにいくら払うかたずねてみた」
コホンコホン。
マルバス伯が、咳払いをすると咎めるような目を主君に向けた。
「殿下、その話は」
セーレ公はからかうようにマルバス伯を見てひょいっと眉を上げると、オルランドに向きなおって話を続けた。
「僕の忠実かつ良心的な家臣の意見では、僕のしたことはゆすりたかり行為に当たるらしい。僕は、その書類が本物かどうか確かめたかっただけなんだ。まあ、嫌いなやつではあったから、いやがらせの機会を逃したくないというのもあったがね。大丈夫、ヘマはしていない。「僕にお礼をしたければ、受け取るのもやぶさかではない」的な他の誰かに読まれても何のことかわからないように書いておいただけなんだ」
「はあ」
何とも答えようのないオルランドは、あいまいに相槌を打った。
「だが、効果があった。その男が私兵を集めているって情報を得たんだよ。三百人ほどになるって。これはもう、書類を奪いかえすために、ここアラストル館に押し寄せてくるに決まってる。うちの男の使用人を集めても10人ほどだし、施薬院にいる若い男たちに応援を頼んだが、まあ寄せ集めだ」
そこで友人のキマイリス卿にアドバイスを頼んだんだ。ヘリオス騎士団で分隊長をつとめる、現役バリバリの軍人だからね。
そうしたら意外にも大張り切りで、騎士団の有志を募って助太刀に来てくださった。おかげで、ずいぶん大げさになってしまった。『戦力の逐次投入は下策だ。全力準備でおもてなし』、とかいって、柵を作るからって館のまわりは切り開かれてしまうし、物見やぐらまで立てられた。おまけに僕の鎧と鎖帷子の手入れが悪いって怒られた。昔作って置きっぱなしにしていたからね」
「それで、襲撃はいつごろなのですか」
「大丈夫。ここには来ないよ。僕の読みは外れていた。櫓も柵も、そろそろ取り壊そうと思っていたんだ。必要なくなったからね」
なんだろうか。嫌な予感がする。
オルランドは期待を込めて尋ねた。
「問題は片付いた、ということですね」
セーレ公は重々しくかぶりを振って見せた。
「いいや。奴らの襲撃先は僕のところではなく、ナーダのフォカロル神殿だった。その男は爆死した。すさまじい火柱と悪臭だったよね。そして、戦いのフィールドが変わった。その男の息子はほぼ無関係の貴婦人を犯人だと決めつけ、裁判を起こすことを決めた」
と、いうことは?
オルランドが事情に気が付いたことを察したらしい。
セーレ公は頬杖をついたままニヤリと笑った。
「そう。すべてはジポング海図がらみだ。鉄火場ど真ん中にようこそ。弁護士殿」
セーレ公はマルバス伯に楽し気に問いかけた。
「ヴァレフォール卿は、もう、契約書は書き終えているんだよね」
「ええ」
マルバス伯は、すまなそうに答えた。
「ではAlea iacta est!だ」
賽は投げられた。もう後戻りはできない。セーレ公は軽やかに宣言すると、顔をこわばらせたオルランドに、楽し気にウィンクして見せた。




