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プロローグ 3 再生

王立図書館の裏庭にある小高い丘に立ったロザリンドはあたりを見回した。


あの手紙を埋めた場所は何処だったろうか。

本を読む女は不幸になるとか、そんな呪いの言葉が書いてあった。

悔しいけど、本当だったかもしれない。


花のないパールベルの丘を一周しながら、ロザリンドは考えた。


ああ、もう、何もかも嫌になった。

家にある、祖父の剣はもう差し押さえられてしまったろうか。柄に美しいレリーフ飾りのついた長剣は。まだ残っていたら、あれで、兄を殺して。自分も死のう。

多分簡単だ。あの薬を吸っていると食欲がなくなるらしく、骨に皮が引っ付いたみたいにやせ細っている。夢うつつのうちに殺してあげられる。

母はどうしよう。もし逃げたら追わないようにしよう。


帰り道、ロザリンドは西の大市場の前を歩いていた。

今日は市の立つ日だったらしい。露店が軒を並べていて、あちこちからいいにおいが漂ってくる。肉を焼くにおい。パンの匂い。ビスケットの匂い。


広場の一角には、舞台のような台がしつらえられていた。裁判の告知だ。

どうやら注目の裁判らしい。押すな押すなの人だかりだった。

誰かが壇上に登り、拍手と喝さいが起きた。


そういえば、父が生きていたころは、ときどきここにきて、裁判について弁士たちが語るのを聞いていたものだ。小さかった自分には退屈でたまらなかったけれど。

懐かしくなったロザリンドは、そちらの方へ歩いていった。


「正義の神アスターテの御名の元、その神聖なる天秤にかけて、真実のみを述べることを誓います。さて、このたび・・・・・・」


壇上に立った人は、良く通る声で定型の挨拶をしたのち、演説を始めた。

それは「夢見る薬」についての裁判の告知だった。


「近ごろ、夢見る薬なるものがまん延していおります。腐った果物のようなにおいで、こうした、専用の管のようなもので煙を吸う。吸っている間はいい夢が見られるため「夢見る薬」と名がついているが、これは危険な薬なのです。

これは「悪魔の薬」である。

この薬は、吸わずにいると頭痛がし始め、薬を吸い続けずにはいられなくなる。この薬を買うために、あるものは財産を費やし、借金を繰り返し、破産していきました。普通なら、馬鹿げたことだとわかる。そんな薬を買わなければいい。

だが、恐ろしいことに、この薬は正常な判断を失わせてしまうのです」


それはまさに、兄様のことだ。

ロザリンドには壇上の人が、自分に語り掛けてくれているように思えた。

その声はその場にいてもよく聞こえたが、もっと聞きたくて、何より、少しでも近いところで、その人の姿をよく見たくて、ロザリンドは人をかき分けて、いけるぎりぎりまで前に出た。


「或る者は、空を飛ぶ夢を見て、高いところから飛び降り死んだ。

或る者は、この薬を買うために、自らの家も畑もすべて売り払う羽目に陥った。或る者は、この薬のために食欲を失い、餓死した。

人の心を、そして人生を破壊する、たちの悪い病そのものである。

これを作ることは、ペストや黒死病を作り、広めているに等しい、悪魔の所業である」


ああ、そうか。兄は病気なのだ。だから、治療をしてもらえれば治るかもしれない。

ロザリンドはすがるような気持ちで、壇上の人を見上げた。


「これを製造し、高値で売りさばいていた男が、先日衛兵隊によって逮捕された。実に喜ばしいことだ」


群衆の中から拍手と喝さいが沸き起こった。

「いいぞ。よくやった」

「偉いぞ、衛兵隊」

「たまには仕事をするじゃねえか」


喝さいは鎮まるのを待って、その人は演説を続けた。


「その名は、錬金術師アンドラズ。そして、その後ろ盾になっているのは、ビフロンス公爵夫人。国王陛下の寵愛厚い人々だ。しかし、危険な薬の製造は許されない悪事である。我々は、この錬金術師アンドラズとその一味を訴える予定である。彼らにその罪を償わせるために」


「よし、行けっ。寵姫だろうが、知ったことか」

「よく似たアバズレ並べとけ」

「陛下は一人減っても気づかねえよ」

「そうだ。どうせチチとケツしか見てねえだろ。」


演説の合間に、あちこちで、ヤジが飛び、笑いが起きる。


「ビフロンス公爵夫人は国王陛下の一番の寵姫。アンドラズは宮廷中に賄賂をばらまき、事件をもみ消そうとするかもしれません。邪魔が入るかもしれません。我々も志半ばで暗殺されることがあるかもしれません。ここに居る皆さんが証人です。どうか、我々を覚えていてください。そして、正義がなされることを信じてください」


「罪人に制裁を」

「その罪にふさわしき報いを」

「期待してるぜ。ヴァレフォール」


どうやら、壇上の人の名前は「ヴァレフォール」というらしい。そして、ちょっとした有名人みたいだ。


その人は最後を、こう締めくくった。


「薬のことで困っている人や、ご家族の方は、セーレ公の施薬院に相談してください。こちらで連絡先を記した紙をお配りしております」


誰かが音頭を取ったのか、広場を埋め尽くす群衆は、いつの間にかこぶしを突き上げながら、声をそろえて同じフレーズを繰り返した。


正義を、正義を、正義を


でっぷり太った禿おやじと買い物かごを下げたおばあさんに挟まれて、もみくちゃになりながら、ロザリンドも必死で叫んでいた。


その人は最後に手を振ってくれた。ロザリンドは滂沱の涙を流しながら手を振り返した。周りの人みんながそうしていたけれど、自分だけに語り掛け、手を振ってくれたような気がした。

ロザリンドは何度も「ありがとうございます」とつぶやいていた。


演説が終わり、人々が次々に向きを変え、散らばっていくなか、ロザリンドはひたすら壇に向かって歩き続けた。


ロザリンドがやっと壇のところまでたどり着いた時、あの人の姿はもうなかった。

壇の横では、施薬院の人たちが小さな紙を配っていた。

その中の一人であったおじいさんから紙を受け取った。ロザリンドは差し出されたが、その手にそのまま、すがりついた。


「助けてください。兄が、兄が大変なのです」


小柄なお爺さんだったが、ロザリンドの手を力強く握り返してくれた。


「では、そのお兄さんを施薬院まで連れておいでなさい。無理そうだったら迎えを出すこともできるがのう」


「迎えに来てください。お願いします」


ロザリンドは、そのまま、迎えの馬車と施薬院での病室を予約した。


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