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手紙 3

案内された先はニムエさんの私室だった。

久しぶりに会うニムエさんは、憔悴しきっていた。


昔からピタゴラスが大好きで『宇宙のすべては人間の主観ではなく数の法則に従うのであり、数字と計算によって解明できる』

と真面目に演説したり、ロザリンドには読めないようなムツカシイの本を読みこなし、数学の問題をすらすら解いて見せたりした。

それでいて、一番おませで恋物語が好きだった。

いつも朗らかでしゃきしゃきした女の子だったはずなのに、今は自責の念からかその声も表情も暗かった。


「・・・・・・久しぶりね。ロザリンド」


重苦しい雰囲気の中、ロザリンドが、テレサ・パシトーエ嬢の手紙を見せて、これを自分が預かったいきさつを説明すると、ニムエは涙を流し始めた。


これは、良い兆候なのか、悪い兆候なのか。ロザリンドは、ちらりと隣にいるシーリアを見た。シーリアにも判別はできなかったらしい。渋い顔でかすかに首を傾げた。

どうか、良い方であってほしい。

祈るような気持ちでロザリンドは話を続けた。


「・・・・・・というわけで、これを王妃様にお届けしていただきたいのです。もう日もないし、頼れるのは貴方しかいないんです」


ニムエは涙を拭きながら、力強くうなづいてくれた。


「届けるわ。っていうか、届けさせて。私、宮廷に行くわ」


シーリアが快活に拍手した。


「その意気よ。姫様。すぐに支度をしましょう。そうね。書類を書いてくるわ。任せて頂戴。急いで早馬を立てて今日中に届ければ、明日には許可が出ると思う」


「ええ。そうして頂戴」


シーリアは「やったわね」と言いたげにロザリンドに目配せをすると、慌ただしく部屋を出ていった。

ニムエは、しゃくりあげながらロザリンドに説明をしてくれた。


「うまく行けば明日中には王妃様に謁見がかなうと思う。私だって、王族の端くれなんだから。特権を使いまくって見せるわ。あたくしを誰だと思っているんですの?ぐらいのことをガツンとかましてやるんだわ」


「ええ。無理はしない範囲で、できるだけ早いとうれしい」


「任せておいて」


ニムエはハンカチで涙を拭きながら顔を上げた。


「私が宮廷から退出した理由って、シーリアから聞いた?」


「少しだけ。なんだか、宮廷で行き違いがあって疲れてしまったって」


「行き違いというか、私がばかだっただけ。幼馴染の醜聞をばらまいてしまったの。

悪気はなかったの。

ただ、セーレ公が王妃様にあこがれてらっしゃるから、なんだか応援をしてあげたかったの。

私、恋愛ってこの世で一番素晴らしいことだと思うの。たくさんの人の中から、二つの魂がひかれあうなんて、神秘的でしょ」


「そうね」


ロザリンドは昔のことを思い出してほほ笑んだ。いつもニムエさんは図書館で新しい恋物語を見つけてきては紹介してくれたものだ。


「セーレ公爵は王妃様に本当に清らかな思いを寄せてらっしゃるの。

季節のお手紙をさしあげたり、生姜の砂糖漬けのお菓子がお好きだって聞いたら、取り寄せてさしあげたり。容器にも気を遣って、クリスタルの壺を探したり。そういう親愛の情が、宮廷の人たちにかかると、まるで密通でもしているかのように見えるらしいの。おかしいでしょ。

やましいことなんか何もない。だって、セーレ公爵が宮廷に頻繁にお見えになるようになったのは、ここ数か月のことだし、王妃様が体調を崩しておられてほとんどエイラ宮のほうに籠もりきり。

入れ替わりなんだもの。二人きりでお話をされたことすら無いはずだわ。

それなのに、わたくしが現場を見た証人みたいに言われてしまって。

なにもかも私の軽口が原因なんだけれど、悔しくて悔しくて。でも、どうしようもないの」


また、涙が込み上げてきたらしい。ニムエはうつむいて、ぎゅっとドレスの膝のあたりを握りしめた。持っているハンカチはもうびしょびしょであまり役に立っていない。きれいなハンカチを持っていたら貸して差し上げたいのだけれど。ロザリンドははらはらしながら、ニムエがドレスにぽたぽた涙が滴らせ次々に染みを作っていくのを見ていた。


「あとでセーレ公爵殿下にお詫びを申し上げたわ。すでに噂のことも、出元は私だってこともご存じだった。苦笑いなさって、やましいことは何もないのだから、そのうち消えるでしょうって」


「許していただけたのなら良かった」


「私のしちゃったことが消えるわけじゃないわ。だから毎日セーレ公のために祈っているの。噂が消えます様に。これ以上セーレ公が傷つくことがありませんようにって」


「ほんとうに姫様は、セーレ公のことがお好きなのね」


ロザリンドの言葉に、ニムエははっと顔を上げ、ふるふるっとかぶりを振った。


「私は恋なんかしていないわよ。どうして私が?殿下の恋路を応援したいのに、台無しじゃない。それに私の身分は下手すると王弟妃殿下になれてしまうのよ。そんなものになったら、宮廷に閉じ込められるのよ。堅苦しくて嫌。気軽に図書館通いもできなくなるわ」


「ああ、なるほど」


「それに、殿下が心を捧げているお相手は、王妃様だもの。ベリアル宮廷、いいえ、国中の誰よりも知的で清楚で美しい御方。かなうわけないわ」


ニムエは長いため息をついた。


「王妃様にも、申し訳ないことをしてしまった。お見舞いに伺って、エイラ宮で拝謁を賜ったときに、次の集まりには是非おいでくださいなって、お誘いしたりしたの。

セーレ公がお待ちしてますからって。

そうしたら、テレサさんにたしなめられてしまった。醜聞になりかねませんって。

そのとき私は、大はしゃぎしていたときだったから、盛り上がりに水を差すなんて、つまらないって思ったのだけれど、今思えばテレサさんが正しかった」


テーブルの上に置いた葉っぱの手紙を見て、ニムエはかすかに微笑んだ。


「だから、すこしでもお役に立てるのが嬉しいわ。私を頼ってくれてありがとう」


「こちらこそ。ありがとう」


戻ってきたシーリアさんと3人で、王妃様のもとに持っていくときの計画を立てた。

王妃様がおられるエイラ宮は警備が厳しく、テレサさんの手紙とわかると取り上げられてしまうかもしれない。

まず、バスケットのなかに葉っぱの手紙を隠し、上に月桂樹の葉っぱを敷き詰め、その上に布を置いて焼き菓子をお土産として持っていくことになった。


ロザリンドは一緒に庭に出て月桂樹の葉をとる手伝いをした。そして、二人に見送られて家路についた。


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