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手紙 2

豪華な玄関ホールにはギリシャの哲学者の胸像がいくつも飾られていた。

なんだ?この場違いな客は。という目で見られている気がして居たたまれない。


そのとき笑顔のシーリアが玄関ホールの階段を駆け下りてきてくれたので、ロザリンドは救われた気分になった。


「ロザリンド。お久しぶりね。来てくれて嬉しいわ」


シーリアはロザリンドの手を取ると、ぎゅっと握りしめた。


「すぐに帰るなんてひどいわ。逃がさないわよ。一緒にお茶を飲んでおしゃべりするまで帰さないんだから。」


シーリアは相変わらず、絵画から抜け出てきたみたいにきれいだった。そしてとても親切。

きれいな青い瞳に顔を覗き込まれて、ロザリンドはおずおずとうなづいた。


「よかった。姫様と二人っきりで少し煮詰まっているの。助けると思って、ね」


姫様、というのはニムエさんのあだ名である。王族だから、というより小柄で可愛らしいから、シーリアさんは昔からそう呼んでいた。ロザリンドも呼びかけるときは、そう呼んでいる。


シーリアは昔そうしたようにロザリンドの腕を組み、館の奥にむかって歩き始めた。


「私たち、先月までずっと宮廷にいたの。だけれど、すこし事件があって退出を決めたの。だからちょうどよかった。あやうく行き違いになるところだったわ」


ロザリンドは思わず歩みを止めた。


「あの・・・・・・じゃあ近いうちに宮廷に行かれる予定は」


「ないけど、なぜ?」


「じつは、届けていただきたい手紙があるんです。テレサ・パシトーエ嬢から預かったもので」


ロザリンドは葉っぱの手紙を見せて、事情をかいつまんで説明した。

シーリアは葉っぱの手紙を手にしたまま考え込んだ。


「協力して差し上げたいけれど、私の一存ではなんとも」


「無理かしら?」


「私一人では無理ね。でもフルーレティ女伯爵の侍女としてなら行けるわ。ベリアル宮殿に昇殿する権利をお持ちだし、王妃様にお見舞いに行くのもわけはないわ。昇殿願をとどけて、その返事を待って宮殿へ行き、さらにエイラ宮へ届けを出して王妃様の拝謁を賜るように手配をする。そうすれば、早ければ三日くらいでお見舞いに参ずることはできると思う」


「ぜひともそれで」


「ただ、姫様がすっかり落ち込んでしまって。二度と宮廷なんかに行かないって断言しておられるの」


「そういえば、じいやさんが、最近姫様が落ち込んでいるって」


「そうなの」


シーリアは廊下を見渡し、誰もいないことを確かめると、近くの窓のそばにロザリンドを呼び寄せ、小声で話し始めた。


「実はね。姫様は王弟殿下セーレ公爵様のスキャンダルをでっちあげてしまったの」


「どういう意味?」


「本人に悪気はなかったのよ。それに王弟殿下とは、おなじく最高神祇官候補として仲良くしていただいていたの。

セーレ公爵は大注目の方なの。宮廷の貴婦人方はお目に留まろうと必死なの。だれにでもお優しい方だけれど、特定の恋人もおられないし、一番仲良しなのが自分ってことでニムエ姫様はちょっと浮かれていたわ。憧れの殿方っていうか、もう二言目にはセーレ公爵様って感じだったの」


「すてきね」


ロザリンドが今住んでいる施薬院は王弟殿下セーレ公爵が私財を投じて設立されたものだから、ロザリンドとも所縁がある人ではあるのだが、やはり雲の上の人だ。


「きっかけは物語を読む会だったわ。持ち回りで自分の好きな物語を決めていいことになっていたから、姫様はパオロとフランチェスカの物語をえらんだの。ドはまりしていてね」


「ああ。ボッカチオの悲恋物語」


フランチェスカは義弟パオロと恋に落ちた。二人きりでいるところを、フランチェスカの夫が物陰から見ていた。そしてキスを交わしたとき、踏み込まれ殺されてしまう。許されざる恋の物語だ。


「そうそう。で、皆で劇をするなら誰がこの役をするか、という話になったとき、姫様はパオロ役は王弟殿下セーレ公で、フランチェスカ役は王妃様だと力説したの」


「あら。それはちょっと」


ロザリンドは思わず眉をひそめた。

王妃様、王弟殿下、そして国王陛下。

実際の関係となぞらえると危険極まりない醜聞となる。

シーリアも肩をすくめた。


「でしょ。もちろん、その場にいたみんなですぐに窘めたのだけれど、姫様は舞い上がってしまって聞いてくれなくて。

その当時、セーレ公殿下がどなたかに恋をしているという噂は広まっていたから、そのお相手は王妃様だってことになってしまって。姫様は慌てて打ち消そうとしたときにはもう遅くて」


「あらまあ」


「根も葉もないうわさなのよ。それなのに、『これはセーレ公と親しい友人フルーレティ女伯から伺ったのだけれど・・・・・・』って感じで、尾ひれがついてひろめられて」


「まあ。お気の毒に」


「ええ。二度と宮廷になんかいかないって」


シーリアは溜息をついて、葉っぱの手紙に目を落とした。


「でも。ぜひとも、このお手紙はお届けしたいわね。テレサさんは本当にお気の毒だし、

王妃様の一番信頼なさっておられる女官だもの。心配なさっていると思うわ」


シーリアはきっぱりと言った。


「お願いしてみましょう。私も一緒に頼んでみるわ」


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