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判決

大法廷では、歓呼の声で迎えられた。関係者が顔をそろえていた。

拍手と口笛が鳴りやまない。


「待ってたぜ。ダブルオー」

「勝ちに決まってるよ。俺がゆるす」

「正義は勝つ」


傍聴席の一角に、目を引く一団がいた。

園遊会であるかのように、きら。びやかに着飾った十数人の男女だ。

色鮮やかな絹のドレス姿は、薄暗い法廷の中でその場だけ光が当たっているようだ。

この無粋な場所で、ふわふわ羽根飾りのついた帽子や、レースの扇がひらめくのを見ることになろうとは。

彼らの態度からは、ここが人の運命を決める厳粛な場であるという認識は欠片も感じられない。

珍しいものを見ようという、まったくの物見遊山気分で軽薄なおしゃべりをつづけ、空虚な笑い声を立てている。

いったい何をしに来たのだ?

公爵夫人だった女が転落する様を見て、明日は我が身との戒めにするといい。


オスカーがオルランドの耳元で囁いた。


「驚いた。クローケル卿がいるぞ。真ん中辺にいる、黒い服着た男だ」


「おやおや。証人喚問には応じなかったのに。今更お出ましとはね。何しに来たんだ」


「そりゃあ判決が出るところを見に来たんだろ。」


「悪趣味だな。一時期はいい仲だったって噂だったぞ」


「ああ。噂の一つだ」


宮廷ではビフロンス公爵夫人がらみのゴシップが大量に乱れ飛んでいた。

その中の一つが、ビフロンス公爵夫人はエスコート役であるクローケル卿とデキていて、二人きりで何日も寝室に閉じこもっていたというもの。

もっとも、淫蕩なビフロンス公爵夫人は、男であれば、だれかれ構わずベッドに引きずり込んでいたという証言もあったし、衛兵にとらえられた時も何人もの男たちとご乱行の最中だったらしい。


オスカーは肩をすくめた。


「まあ、クローケル卿が傍聴席に座っているなら良かった。」


「何故だ?遅まきながら、こっちに引きずり出して、尋問でもするのか」




「そうじゃなくて、陛下が勅書をだすんなら、持ってくるお役目はあいつが仰せつかっていたろうよ。今一番の寵臣だからな」


「一番の黒幕を野放しか。情けない話だ」


この「悪魔の薬」裁判において、アンドラズと共に主犯として刑に服するべきは、クローケル卿だ。ビフロンス公爵夫人は、乗せられたにすぎない。

だが、決定的な証拠は出せなかった。一番怪しい施設である「クローケルろうそく工場」の捜査が宮廷の方から待ったがかかったらしい。


「滅多なこと言うなよ。聞いているだろ。ハーゲンティ伯爵の話。前の日まで一番のお気に入りだったのに、突然陛下の機嫌を損ね、裁判なしで・・・・・・ほら、あれ「生ける屍」になった」


「プロスクリプティオ。私権剥奪。つづりは忘れた」


「それそれ。クローケル卿は陛下にいつでもお目通りできるんだぞ。悪口吹き込まれたら死ぬぞ」


「たしかにな」


傍聴席の中にコカトリス伯爵の姿を認め、オルランドは微笑んだ。

伯爵は平服の上に検事の青たすきをかけている。自分は検察を支持するという意思表示である。目が合ったオルランドが会釈すると、伯爵は泣きそうな顔でタスキを掴んで見せた。


その隣には、オリアクス将軍が座っていた。

治安維持のための衛兵隊を率いる人で、捜査のためにずいぶん協力していただいた。

顔見知りの部下たちも引き連れてきている。

陛下に捜査打ち切りを命じられて、一番悔しいのは、現場にいたあの人たちだろう。



シャラーン。シャラーン。

開廷の合図、女神アスターテの錫杖がならされる。

それを合図に三人の裁判官と、陪審員の13人が入場してきた。


席につく陪審員の中には、元義弟ペレイル・コカトリス卿の姿があった。

陪審員は18歳以上の男性貴族の中から無作為に選ばれることになっている。

本来は事件の関係者が陪審員に選ばれることはあり得ない。敵討ちを熱望しているものならなおの事。

だが、彼はこのたび王族として最高神祇官の候補に選ばれており、その特権の中にいかなる裁判の陪審員にもなれるというものがあったため、優先的に陪審員に加われた。


ざわめきが高くなる。

廷吏に付き添われて、ビフロンス公爵夫人が姿を現した。

エイラの修道女が着るような粗末な長衣姿である。

美と快楽の女神リリスの化身ともてはやされた面影はもうない。


女の一人が羽扇を振りながら、名前を呼びかけたらしく、周りのものに慌てて制止された。


ビフロンス公爵夫人は、何の反応も示さなかった。

指示された通り、被告席に腰を下ろすと、虚ろな目をしたまま、ひたすら髪の毛をむしり続けている。毎日豪奢に結い上げていたであろう金髪も、むしり続けた結果、右も左も地肌が透けて見えているのを、オルランドは痛々しい思いで眺めた。


「アスターテ神殿において審議され、認められたる罪状は、以下の通りである」


罪状が粛々と読み上げられていく。

「宮廷内に怪しげな薬を広め、風紀を乱したる罪」のほかに、「オクタヴィア王妃に毒をもり、その子ごと弑し奉らんとした罪」というものも加わっていた。

弁護側が自白させたという、あの怪しげな罪は立証されたと判断されたらしい。


「看過できぬものと断じ、よって被告を死刑に処するものとする」


法廷は一気に沸き立った。

派手な集団のなかで、女性たちが悲鳴交じりの声を上げている。

「まあ、なんてこと」

「なんて大事件」


ビフロンス公爵夫人はうつむいたまま、髪の毛をむしり続けている。


裁判官が木槌を打ち鳴らした。


「刑は以下の中から適用される。四肢切断のうえ火あぶり、あるいは釜茹で・・・・・・」


皇太子を弑し奉らんとしたことが認められたため、大逆罪も加味されて適用されたらしい。

刑が重すぎる。

オルランドは思わず腕を組んで考え込んだ。

検察の求刑以上の刑が科せられようとしている。異議あり、といってみようか。

アンドラズの死刑は動かせないものの、ヘレネ・グレモリーとの関与は立証できたわけではない。と。

オルランドは弁護側に目をやったが、ガミジン卿はじめとする弁護団は誰一人抗議する様子もなく神妙な顔でうなづいて聞き入っている。

迷う中、判決文は粛々と読み進められていった。


ビフロンス公爵夫人は、自身に最悪の殺され方についても、興味なさげに聞いていたが、突然髪をむしる手を止めた。


「ベリアル国王ミダス陛下、格別のお慈悲により・・・・・・」


ビフロンス公爵夫人は、一瞬その顔を輝かせ身を乗り出した。


「斬首とする」


刑を告げられたビフロンス公爵夫人は、またつまらなそうにうつむいた。

恩赦に期待した?いや違う。陛下の名前に反応したのだ。

恋しい男の名前に。


目の前の女の姿は、オルランドに今は亡き婚約者を思い出させた。

美しくて愚かなオフェリア。

同じ男ミダス陛下に恋をし、捨てられ、薬におぼれて死んでいった、哀れな女。


廷吏に促されて、ビフロンス公爵夫人は、めんどくさそうに立ち上がり、よろよろと歩き始めた。


派手な集団の中では、女性たちが数人、ショックのために倒れてしまったらしい。

男たちが扇で扇いだり水を持ってこさせたりと、介抱に追われている。


クローケル卿も、隣に座っていた女に肩にしなだれかかられていたが、動かなかった。

泣くのをこらえているような表情で、ひたすら連れ去られるビフロンス公爵夫人を目で追いながら、見慣れぬ印を指で描いた。


そういえば、あの男は異教徒だと聞いたことがある。

今、ビフロンス公爵夫人のために、祈りをささげたのだろう。


見られていたのに気がつくと、クローケル卿は不快そうに眉を寄せたので、オルランドは目をそらした。


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