05 旅立ち、王都へ
ルノアールから追放宣言を受けた後、俺は病室へと戻っていた。
俺が居ないことに気づいた助手の女性が探しにきたのだ。有無も言わさず連れ戻され、濡れた体を拭かれた後、再びベッドに放り込まれた。
ベッドの中で色々と考えた。
何がいけなかったのか。どうすればやり直せるのか。しかし、いくら考えても答えは出ない。ルノアールは本気で俺を追放したのだ。そんな相手とやり直せる方法など思い浮かばない。仮に戻れたとしても、ギクシャクして元の関係には戻れないだろう。
元々はソロで冒険者をやっていたが、勇者パーティに入ってからはずっと勇者の仲間として頑張ってきた。そこが今の居場所だと思っていたのだが、そう思っていたのは俺だけだったみたいだ。
他の皆、特にミレーユとはお互い魔術師であることから、仲良くやれていると思っていたのだが、それも俺の勘違いだったのかもしれない。
会って確かめたい気持ちはあったが、それでミレーユにまで否定されたら人間不信になりそうだ。ルノアールのように、侮蔑の視線を送られる所を想像すると確かめる勇気は湧いてこなかった。
悶々と考えている間に時間は過ぎる。初めこそ思考が上手く回らなかったが、気づいたら気持ちはだいぶ落ち着いていた。考え過ぎても仕方がないというのもある。
落ち着いてくると、今度は沸々と怒りが湧いてくる。
ルノアールは俺を中途半端だと糾弾したが、そもそもそれはルノアールやライデンが前衛としての役割をこなせていないのが原因なのだ。なんで、俺が責められなければいけないのか。
いくら何でも理不尽だろ。
いいさ。あいつが俺と一緒に居たくないって言うんだったら、こっちこそお断りだ。
俺の目標は功績をあげて、それなりの身分を手に入れることだ。勇者パーティになんか居なくても達成してやる。
自分の頬を叩く。
気持ちを切り替えよう。考えるべきなのは、これからどうするかだ。
助手の女性に確認したが俺の荷物は無かった。ルノアール達が持っていったのだろう。
つまり、俺は無一文なのだ。
昔みたいにソロで冒険者をやるかとも考えたが、これはすぐに却下した。今の姿ではエルヴェとして活動できない。そうすると、もう一度新人冒険者として活動することになるが、確か冒険者になるには年齢制限があったはずだ。今の見た目だと制限に引っかかりかねない。それに登録料も必要だったはずなので、そういった点でも冒険者になるのは無理がある。
色々と案を考えては、却下していく。最終的に出た答えは一つしか無かった。
師匠に会いに行こう。師匠なら、俺を否定してくることなど無いはずだし、もしかしたら反転の魔術について何か知っているかもしれない。
正直、師匠に会うのは気乗りがしなかった。最後に会話をしたのは冒険者になる前。次に会うのはそれなりの身分を手に入れてからだと考えていた。それなのに、助けを求めて会いに行こうというのだ。非常に気が引ける。
しかし、今はそうも言っていられない状況だ。
師匠は王都にいるはずだ。退院したら、王都に戻ろう。
とりあえずの方針まで決めた所で、疲れもあり気付いたら意識を手放していた。
☆
あれから、数日が経った。
早く王都に向かいたかったのだが、医者の先生からは体力が回復するまでは安静にと言われたため病室で過ごした。お金が無いから、そこまで世話になれないと言うと、勇者一行から貰っているから大丈夫と言われた。
私物は取られたが、餞別――手切れ金か?――はくれたようだ。いや、ルノアールのことだ。周りの目があったから格好をつけただけかもしれない。理由は分からないが、ともかく退院を許可されるまではお世話になることにした。
目覚めた初日に部屋を抜け出したため、当初はまた抜け出すのではないかと警戒されていたが、戻ってからは大人しくしていたので、いつしか警戒は解かれていた。
そうすると、見た目が少女であることが災いして、先生の助手からやたらと構われた。
サリィと名乗ったその助手は髪の手入れから食事の補助まで、何かと世話を焼こうとしてくるのだ。
見た目が少女でも、中身は成人した立派な男だ。世話を焼かれるのは恥ずかしい。
髪なんてとかす必要が無いと言うと、女の子がそんなこと言ってはいけません。と何故か怒られる。
自分でできると言ったら、それならばと櫛を手渡され、途方に暮れる。男の時には髪などといたことがなかったので当然だ。勝手が分からず悪戦苦闘していると、見かねたサリィさんに捕まり。結局、されるがままに手入れされた。
そうやって、精神をごりごりと削られながら、病院で過ごす。
これ以上構われないようにと、必死に覚え。一人でも色々とできるようになった頃、体調についても先生からお墨付きを貰え、退院することとなった。
「カノンちゃん。本当に大丈夫なの?」
サリィさんが心配そうな声で問いかけてくる。カノンとは俺が名乗った偽名だ。
名前を聞かれて、咄嗟に思いついた名を言ったのだが、未だに慣れない。
一瞬反応が遅れたのを勘違いしたのか、サリィさんが不安な表情を見せた。
慌てて、その不安を払拭にかかる。
「ん。大丈夫です。王都には何度も行ったことがあるし、向こうに知り合いがいるので」
「そう。本当に気をつけてね」
何度目になるか分からないやり取り。退院したらどうするのかと聞いてきたサリィさんに対し、王都の知り合いを尋ねると答えてから、ずっとこの調子である。
心配されるような歳ではないので、正直困る。
だが、本気で心配してくれてるのを拒絶する程、俺も礼儀知らずではない。なので、聞かれる度に大丈夫だと答えるやり取りを繰り返していた。
「はい。短い間でしたけど、ありがとうございました。お金も本当に助かります」
「気にしなくていいよ。お金は勇者様達から貰っていたからね。お礼は彼らに言うと良い」
「はい、分かりました」
王都に行くと伝えると、先生はルノアールが残していった治療費の一部を俺にくれた。俺に渡す必要など全く無いのに、路銀にするといいと言ってそれなりの額を包んでくれたのだ。正直、無一文だったので非常に有り難かった。
そして先生やサリィさんの気遣いに胸が熱くなる。信じていた仲間に裏切られた後だから、余計にその優しさが身に染みた。いつか、絶対に恩返ししようと心に刻む。
ちなみに、ルノアール達に感謝の言葉を伝えるつもりは全く無い。むしろ会うことなくこの街を去りたいと考えていた。
そうして、二人に見送られながら病院を後にした。
歩きながら、これからの行動を考える。
とりあえずは王都に行きたいわけだが。
王都へ行く手段は……やっぱり徒歩しかないな。先生がくれた金額では、旅支度を整えると乗合馬車に乗るのが厳しくなる。ギリギリ足りたとしても、その後を無一文で過ごすことになるのは不味い。
このお金は貴重だからこそ、大事に使わなくちゃいけない。
服はサリィさんが、妹の古着を譲ってくれたため必要ない。――スカートで足元がひらひらするのが気になるが、ズボンを買うのは我慢だ。
雨風を凌げ、夜寝る時に毛布代わりとなるよう、しっかりとした外套。それに必要最低限の武器。元々、武器としては短刀を扱っていたが、あれなら小さくなった身体でも使えるはずだ。
食事は道中で狩ろう。野ウサギぐらい、見つかるだろう。
あれこれと悩みながら、準備を整えていく。
朝早くに病院を出発したのだが、結局街を出るのは昼前になってしまった。
街の正門に向かう。周りの視線が気になったので、俺は外套に備わったフードを目深に被った。少し、視線が減ったのを感じる。
おそらく、幼い少女が旅人の格好をしているのが気になったのだろう。目立ちたい性分でもないので、フードを被ったまま歩く。
街を出るとき、正門の衛兵から顔を見せろと言われたので、フードを取ると驚かれた。親はいないのか、とか、一人で旅するつもりなのか、とか色々と聞かれたが、舌先三寸で話し、何とか抜けることができた。
この体だと、門を抜けるだけで一苦労だ。少し疲れたが、ここからは気にせず進むことができるはずだ。俺は気を取り直して王都へと歩き出した。