カノンの回想 ~新人臨時講師の初授業~
カノン視点のお話となります。
時系列的には「18 課外活動」の前ぐらいになります。
ある日の放課後。学園の職員室にて。
俺は残った仕事を片付けながら、ニア先生と話していた。
「カノンちゃん。最近どう? 授業にも慣れてきたかな?」
「はい。だいぶ慣れてきました」
ニア先生は普段から、俺のことを何かと気に掛けてくれる。今も心配して、尋ねてくれたので、俺も素直に答えた。
「ん。なら良かった。沢山の学生を相手にするの、大変でしょ?」
「あー、確かに。色んな学生がいますね……」
言われて、授業を振り返る。思い出したのは濃い記憶だった。
「お、何か色々とあったみたいだね。どれどれ、先生に話してみなさい」
「そこまで大変なことでは無いんですけど――」
俺の表情から何かを察したのか、ニア先生が尋ねてくる。
好奇心満載な彼女に、俺は各クラスでの初授業のことを語り出した。
~Aクラスの場合~
一年生の教室が並ぶ廊下を歩き、俺は一つの教室の前に立った。上を見上げれば、プレートには『1-A』という文字が書かれている。
引き戸となっている扉の向こうでは、ざわめきが聞こえる。学生達がお喋りしているのだろう。
これから、臨時講師になってから初めて授業を行う。
先生達からは、見た目が子供の俺は舐められるかもしれないと言われていたため、緊張する。
大丈夫、入学式ではしっかりと威厳を示したんだ。
きっと舐められるなんてことは、無いはずだ。
大きく息を吸い、そして吐く。気持ちを落ち着けてから、おれは教室に入った。
ざわついていた教室内が一瞬で静かになった。皆が俺に注目しているのが分かる。
俺はその視線を受けながら、教壇に立った。
教室を見渡しながら、挨拶を行い。
「えー、皆さん初めまして。入学式でも挨拶はしましたが、改めて。カノンと言います。今年一年、宜しくお願いしましゅ――」
盛大に噛んだ。
教室に静寂が訪れた。
おそるおそる学生達を見る。皆、一様に俯いている。
その沈黙が怖くなり、俺は誤魔化すように授業を開始した。
魔術書を開き、魔術の基礎を説明する。自分が良く知っていることを口にすると、言葉はすらすらと出てきた。話している内に緊張もほぐれてくる。
顔を上げて様子を窺うと、皆黙って話を聞いてくれていた。
何とか、噛んだことは誤魔化せたみたいだ。
いや、入学式の挨拶で見せた魔術のおかげで、皆真面目に聞いているのかもしれない。うん、きっとそうに違いない。
その後は何事もなく授業を終えることができた。
挨拶をし、教室を出て行こうとすると。三人組の女子学生から声をかけられた。
全員、険しい顔をしている。授業への質問だろうか。俺の説明、分かりにくかったかな。
どきどきしながら、尋ねる。
「えっと、どうしました?」
「……先生、髪の手入れってどうしてますか?」
「え?」
「うわっ、肌もぷっるぷる。凄い!」
女子学生達はそう言うと、俺の肌を無遠慮に触ってきた。
「ちょっ、やめっ」
止めようとしたが、女子学生の言葉に反応した他の学生もやってきて、俺はもみくちゃにされた。
自分より背の高い人に囲まれる恐怖を味わいながら、何とか俺はその場から逃げ出したのだった。
~Sクラスの場合~
臨時講師としての二回目の授業は、Sクラスでの授業だった。
教室の前で大きく、深呼吸する。
大丈夫、今度は失敗しない。
気合いを入れて教室に入ると、Aクラスの時と同じく静かになった。
緊張しながら、教壇に立つ。
「皆さん、初めまして。入学式でも挨拶をした、カノンです。今年一年、宜しくお願いします」
よし。噛まずに言えた!
軽く頭を下げながら、内心で拳を握りしめる。
頭を上げ、授業に入ろうと魔術書を開く。
「先生。質問があります」
いきなり出鼻をくじかれた。無視をするわけにもいかないので、手を上げている男子学生に先を促す。
「入学式で先生が見せてくれた魔術について教えて下さい」
眼鏡をかけた男子学生の質問は俺が入学式で使った魔術についてだった。
周りを見ると、他の学生も聞きたそうな顔をしている。あ、アイリス様だ。アイリス様も興味津々なようだ。
流石はSクラスのエリート。知識を得ることに貪欲なようだ。
熱心な学生に感心しながら、俺は快く答えた。
「あの魔術は氷属性に分類されます。あのサイズで作ると難易度は高いけど、小さい物なら皆さんでもすぐに作れるようになると思います。まず、――」
尋ねてきた学生だけでなく、教室中の皆が話を聞いていた。
変則的ではあるが、静かに授業は進んでいく。
やはり入学式での一発が良かったようだ。Sクラスは真面目な人が多そうなので、特に効いたのかもしれない。
俺は二回目の授業を安心して終えることができた。
~Bクラスの場合~
臨時講師としての三回目の授業。Bクラスの教室の前に立つ。
授業自体は最初も二回目も問題なかった。今回もおそらく問題無いだろう。
俺は息を吐くと自信を持って、教室へと入った。
教室が静かに――。
「あ、来た来た! カノン先生だよ」
「うわぁ、近くで見ると本当ちっちゃい。てか、可愛い!」
「ふひっ。美少女なんだなぁ」
ならなかった。
あちらこちらから声が飛んでくる。
想定外の状況に戸惑う。
「え~と、皆さん。とりあえず一旦落ち着いて……」
「先生って何歳なんですかぁ?」
「どうやって臨時講師になったんですか?」
「ふひっ。せ、先生は、ど、ど、どこに住んでるんですか?」
宥めようとしたものの、ざわめきは収まらない。
というか、さっきから一人。変な奴がいるぞ。
収拾がつかない状況に焦っていた、その時だった。
「こら、皆! 先生が困ってるぞ」
男子学生の一人が声を張り上げて、皆に注意した。
おぉ、まともな学生がいる。少年、ナイスだ。
すかさず、俺は男子学生の言葉に便乗した。
「皆さん、気になることが多いみたいですが、授業と関係ないことは授業後にしてください」
その一言で教室は静かになった。
ようやく、授業が始められそうだ。
俺は安堵して魔術書を開いた。
どうやら、Bクラスは他の二クラスと違い、入学式での一発があまり効いていないようだ。
まあ、これからしっかりと威厳を示していけばいい。
本当の自分よりも、遙かに年下の男子学生に助けられたということには目をつぶり、俺は授業を進めた。
授業後は、予想通り学生達から絡まれた。平静を取り戻していた俺は、適当に質問に答えつつ、教室を後にしたのだった。
☆
「あはは。なかなかに濃い体験してるね」
「笑いごとじゃないですよ」
「いいじゃん。この人気者!」
初授業でのことを伝えると、ニア先生から爆笑された。
人気者かどうかは分からないが、皆から受け入れられたのは良かった。
勇者パーティからは追放されてしまったが、学園では何とかやっていけそうで、安心したのは間違いない。
「入学式で頑張ったんですけど、Sクラスぐらいにしか威厳を示せなかったみたいで……」
「凄すぎて、逆にどれぐらい凄いか伝わらなかったのかもよ?」
ニア先生の言葉になるほど、と納得する。
言い方は悪いが、AクラスもBクラスも、Sクラスの人程には魔術が得意では無いので、どれほど難しい魔術だったのかが伝わらなかったのかもしれない。
「まあ、別に威厳を示す必要は無いけどね。大事なのはそこじゃなくて、しっかりと授業を行えることだからね」
ニア先生が言った。
そんなものかと思いながら、ニア先生とお喋りを続ける。
そうして、平凡な放課後は過ぎていった。
カノンはSクラスには威厳を示せたと思っていますが、彼女の勘違いです。
正確には後日談のお話では無いのですが、
本編中に入れる余裕が無かった(執筆が間に合わなかった)ため、
後日談への掲載とさせて頂きました。
前三話とのバランスを取るため、内容がかなり軽めです。
次話はカノン視点で真面目な話になります。




