それぞれの明日 ~ミレーユの決意~
「――では、これからは近衛師団に所属することになるのだね?」
「はい。すみません」
学園の学園長室。ミレーユは学園長と会話していた。ミレーユは以前、勇者パーティを抜けた際に、職を求めて学園長を頼っていた。その後、ルクソード団長からの誘いを受け、近衛師団に入団をすることを決めたため、そのことを報告に来たのだ。
「大丈夫だよ。それよりも、次の働き口が見つかって良かった。しかもあの近衛師団なのだから、私としても鼻が高いよ」
「ありがとうございます」
優しく告げる学園長に礼を言って、ミレーユは部屋を出た。
あの近衛師団に入団。たしかに、少し前までの自分では考えられなかった。
ミレーユは海に面した小さな街に生まれ育った。街と呼ばれてはいるが、村と言った方が正しいと思えるくらいには小さい街だ。
ミレーユにとって運が良かったのは、その街に引退した元冒険者の魔術師がいたことだ。ミレーユはその魔術師から魔術の基礎を学び、育った。そして、魔術の才能があると背中を押され、学園の入学試験を受けることになったのだ。
入学試験を受けるための勉強は、周りが協力してくれた。一年をかけて必死に勉強した結果、何とか学園に合格したミレーユは、総合成績こそ良くはなかったものの、魔術に関しては学園でも上位の実力を発揮することになる。
魔術に秀でたミレーユは卒業にあたり、魔術師団に入ることを有望視されていたのだが。訳あって彼女は冒険者となる道を選んだ。
そして、勇者パーティに勧誘されることになるのだが。
誰が、そこから近衛師団に入ることを予想できるだろうか。近衛師団は少数精鋭のエリート部隊である。
そこに入れるのは才能溢れる者のはずだ。
「ミレーユ、さん。話は終わったんですか?」
そう、例えば。今話しかけてきた少女のような。
「ん、終わった」
ミレーユは声の主へと顔を向け、質問に答えた。そこには黒髪の美少女――勇者パーティで共に戦い、今は性別と年齢が変わってしまったカノンがいた。
「ミレーユ『さん』は他人行儀」
「いや、まあここは学園だし。誰かに聞かれて、突っ込まれても面倒臭いからさ」
カノンと並んで歩きながら、話す。
「――それで、カノンはどうするの?」
カノンへと尋ねる。
カノンも近衛師団に勧誘されていることを聞いていたための質問である。
エルヴェとは呼ばなかった。先程、カノンが言ったように誰かに聞かれると、カノンが困る。何より今の姿をエルヴェと呼ぶのは違和感があった。
「うーん。まだ決まってないかなぁ」
カノンが頭を捻りながら答えた。
「何で?」
師匠と共に働くのが目標、という話は勇者パーティに居た時に聞いていた。その目標が叶うのに、何故悩むのかをミレーユは問いかける。
「今、近衛師団に入ると、この姿のまま一生を生きていくことになるだろ。それがなぁ」
「元の姿に戻りたいの?」
「戻れるなら戻れた方が良くない?」
質問に質問で返され、ミレーユはカノンを見た。カノンが言っていることが理解できない。
元の姿か今の姿か、ということがそんなに大事なのだろうか。
「どんな姿でも、エルヴェはエルヴェ。その姿でも私は気にしない」
カノンが目を見張った。
少ししてから、穏やかに笑う。
「……ありがとう」
「――っ!」
その笑みはあまりにも可愛いくて、ミレーユの心臓が跳ねた。確かに、エルヴェだった時から顔は整っていた。
だが、それが女の子になるだけで、ここまで可愛くなるとは。同性なのに、思わずどきりとしてしまう。
「……狡い」
「ん? 何が?」
呟いたミレーユに、カノンが問掛ける。
それには答えず、前を向き、先程、考えていたことを思い出す。
別にミレーユはカノンに、全ての面で劣っている訳では無い。
上級魔術の詠唱速度はミレーユの方が速い。障壁を張る速度は……似たようなものだろうか。
身体強化などの強化魔術についてはカノンの方が上。魔術師として見た場合、ミレーユとカノンにそこまでの差は無いだろう。
だが、カノンは魔術だけでなく体術についても高水準の技術を身につけている。総合的に見るとミレーユはカノンには勝てない。
初めてカノンの戦闘を見たときはショックだった。自分が努力して至った高みと同じ場所にいながら、体術すらも遙かな高みにいる。世の中、上には上がいることを思い知った瞬間であった。
しかし、そんなショックも長くは続かなかった。
自分より才能が上だと思った元青年は、自分の力を認めてくれて、ことあるごとに頼ってくれたのだ。
魔物を倒す役目はほとんどミレーユだった。譲ってもらっていたのではない。止めはミレーユが刺す方が良いと判断し、任せてくれたのだ。才能ある者から認めて貰えたことが嬉しかった。だから、ミレーユも全力でその信頼に答えた。
その、才能ある少女と同じく近衛師団に勧誘された。
カノンと肩を並べられる程、自分に才能があるとは思っていなかった。
しかし、ミレーユは近衛師団に入ることに決めた。
自分の力を認めてくれるのなら、やはりその信頼には応えたい。
カノンはまだ悩んでいるようだ。なら自分は一足先に近衛師団に入り、腕を磨こう。いつか、また一緒に戦うことになったら、もっと頼って貰えるように。
ミレーユはそう決意すると、未だに首を捻っているカノンに笑いかけた。
「行こ」
これから色々と忙しくなりそうだ。
差し当たっては地元にいる両親、そして魔術の師に手紙を書こう。近衛師団に入団することを伝えたい。きっと、喜んでくれるはず。
ミレーユはこれからのことを考えて気合いを入れ直した。




