終幕
「お疲れ様です」
「お疲れー」
挨拶をして職員室を出る。
廊下を歩いて、俺は学園の外へと向かった。
王都が魔族達に襲撃されるという事件。その事件から、一ヶ月が過ぎた。
ルノアールとの戦いで無理をした俺は、暫くは起き上がることが困難な状態に陥っていた。激しい疲労感と筋肉の痛みに苛まれ、ようやく起き上がれるようになったのが半月前。仕事に、完全に復帰できたのは一週間前からだった。
演習場へ向かう学生達とすれ違う。彼らは笑いながら、じゃれ合っている。
「カノン先生! 今から、帰りですか?」
後ろから聞き慣れた声がした。
振り返ると、そこには予想通りアイリス様がいた。
「はい。今日はこれから、行くところがありまして」
「そうなんですね! 途中まで一緒していいですか?」
「はい、ぜひ」
アイリス様と話しながら、街中を歩く。壊れた建物、陥没した地面が目に付く。
一ヶ月経った今でも、街には至る所に、被害の爪痕が残っている。
だが、放置されているわけではない。職人さんが日々駆け回っており、徐々に修復されてきている。復興は順調に進んでいた。
元の王都の街並みを取り戻すのも、遠い未来のことではないはずだ。
「――あれ? カノンちゃんの行くところってどこなの?」
暫く話しながら、歩いていると。アイリス様から尋ねられた。
いつまでも別れようとする気配が、俺から感じられなくて疑問に思ったのだろう。
「王城、ですよ。アイリス様と一緒です」
「えっ?」
俺が笑って答えると、驚きの声をアイリス様が上げた。むくれ顔になったのは、その数秒後。
早く教えてよ、と文句を言われながら頬を摘ままれた。
俺は今日、近衛師団団長のルクソードさんから呼ばれていた。ルクソードさんに面会するため、王城に行こうとしていたのだ。
王城に着く。アイリス様は当然、顔を見せるだけで門を通して貰える。俺は門番へと名乗り、ルクソードさんと面会があることを伝えた。
門番は俺が来ることを聞いていたのか、確認に行くことなく、すんなり通してくれた。
城内に入ったところで、アイリス様と別れた。
折角、王城に来てくれたんだから、後でお茶しましょう。と言われたので、用事が終わったら、会いに行く約束をする。
その後、俺はルクソードさんの部屋を訪れた。ノックをし、返事を待ってから扉を開ける。
中に入ると、そこにはルクソードさん以外に、師匠がいた。
「やあ、カノン君。今日は来てもらって悪いね」
「いえ、構いませんよ」
ルクソードさんに促され、執務机の前まで歩く。
「いや、失礼。ダグラス卿と呼んだ方が良いかな?」
「やめてください。カノンで十分です」
からかうような口調で話す、ルクソードさんに俺は嫌そうな顔をした。
――ダグラス卿。俺は今回の事件で魔族を二人倒した功績として、士爵の位を叙爵された。
その結果、家名をもらい、カノン・ダグラス士爵となった。
士爵を名乗れるのは一代限りとされている。貴族位としては最も低いものだが、それでも貴族は貴族だ。もともと平民として生きていた身としては、士爵とはいえ、貴族の肩書きは身に余る。
慣れてない呼び方をされるより、今まで通り呼んで貰った方がしっくりくる。
ちなみに、同じく活躍したミレーユも叙爵されて、士爵となっている。
「ははは、すまない。……で、今日だが。本当は私から会いに行くべきだったんだが、何分忙しくてね。来てくれて助かったよ」
そう言って、ルクソードさんが話し始めた。内容は、魔族達が襲撃してきた事件。それに対する、協力のお礼から始まり、襲ってきた魔族達のことなどに話が移っていった。
「――結局、魔族達の目的は分からない、てことですね」
「そうだね。だから、この後も警戒は必要だと考えている」
あの事件以来、魔族の姿は見つかっていない。メルスピリウスと最初に戦った森林にて行われた、大規模な調査でも何も手掛かりは見つからなかったそうだ。
あれ以来、一ヶ月が経つとはいえ、まだ油断すべきではない。ということで、警戒を続けるとルクソードさんは語った。
「まあ、そんなわけで。我々も人手不足が深刻なんだけどね。……本当に良かったのかい?」
話がひとまとまりしたところで、ルクソードさんが俺に尋ねた。
俺はその言葉に、頷いた。
「はい、臨時講師の任期が終わってからになりますけど。ぜひ、近衛師団に入団させてください」
「そうか……ありがとう、決断してくれて。こちらとしては非常に助かる。ミレーユ君も入ってくれることになったから、これで戦力は大きく増えるよ」
俺は、この一ヶ月、体を動かせない間に色々と考えた。
その結果、近衛師団への入団を決めた。
そのことを師匠に話し、師匠からルクソードさんに伝えて貰った。
今日の呼び出しは、その意思確認を兼ねていたようだ。
さらっとミレーユのことを言われたが、ミレーユが近衛師団に入ることは、本人から既に聞いて知っていたので、驚きは無かった。
俺も彼女に入団することを伝えたら、またよろしく。と話していた。
その後、少しの間雑談をした後、俺は部屋を退出した。
出るときは師匠も一緒だった。
「カノン、本当に良かったのかい?」
歩きながら、師匠が俺に尋ねてきた。その声音に、ルクソードさんとは別のことを心配していることに気づく。おそらく、元の姿に戻らなくても構わないのか。それを気にしているのだろう。だから、俺は師匠に安心してもらうために、笑った。
「はい。私の一番の目標は、やっぱり師匠への恩返しなので。……今、近衛師団に入ったら元の体には戻れなくなりますけど。それでも――」
言葉を一度切る。頭に思い浮かべながら続ける。
「今の私のことを気に入ってくれる人がいて――」
アイリス様や学園の講師、学生達の顔を。
「今の私になったことを受け入れてくれる人がいて――」
ミレーユや、他のパーティメンバーの顔を。
「今のカノンのままでも、もう色々なものを持っているので、大丈夫です!」
昔、カノンのままだと何も無いと、告げたけども。今は違うんだと師匠に伝える。
「……そうか、なら私からはもう、何も言わないよ」
師匠は小さく笑うと、俺の頭を撫でてきた。
その優しい言葉に、俺も笑う。
俺を呼ぶ声が聞こえた。これから、約束があることを師匠に告げると、俺は振り返り。
笑顔で呼びかけてくる、アイリス様の元へと走った。
ここまで、ご覧頂き大変ありがとうございました。
これにて本編完結となります。
この後、小話(後日談)が数話あります。
そちらも併せてお楽しみ頂けると大変嬉しいですm(_ _)m




