37 魔族、ルノアール
最初は三人称視点です。
途中から、カノン視点となります。
城壁の中、王城の入り口前では、騎士達が忙しなく動いていた。
倒した魔族の遺体を確認する者。負傷した仲間を医務室へと運ぶ者。
まだ、黒い靄を出す魔族は見つかっていないものの、どこか弛緩した雰囲気が漂う中。
靄が再び。そして、唐突に現れた。
場に緊張が走る。皆が瞬時に警戒する態勢を取った。
「靄が出たって事は……近くに魔族がいるのか?」
「おそらくはね」
「お前の目で見つけられないのか?」
「周囲には見当たらない。……でも、靄の中に何か、強いのがいるよ」
イグルスの問いかけに、ミリアムが答える。魔力を可視化できるミリアムは、靄の中に強い魔力を放つ者がいることに気づいていた。
ミリアムの言葉に、さらに場の警戒が強まる。
やがて、靄が薄まり。消えた跡には五つの人影があった。
立っているのは三人。二人の頭部には角が生えているため、魔族と分かる。だが、座っている者も含めた残り三人には角が生えていなかった。
その不自然な光景に全員の反応が遅れる。それは致命的な遅れとなった。
魔族の一人が腕を振りかぶる。その意味に真っ先に気づいたのはミリアムだった。
「っ! 障壁を――」
直後、魔族が腕を振る。その一振りで、魔力の衝撃波が生まれた。巻き込まれた騎士や魔術師が吹っ飛ぶ。
辛うじて、ミリアムだけが障壁を張るのに間に合った。自身とイグルスの前に展開し、ぎりぎりで衝撃波を防ぐ。
「……素晴らしい。素晴らしい力だ」
魔族が感動したように呟いた。それは、数十分前まで人間であった男、ルノアールであった。
「気に入って貰えたかね。私は、スキルによって眷属とした者の力を限界以上に引き出すことができる。今の君ならスキルも自由に扱えるはずだ。
そして魔族となった君は、以前と違い、魔力も扱えるはずだよ。その素晴らしい力、存分に振るってくれたまえ」
ルノアールへ、小太りな男が告げる。その内容から、ミリアムとイグルスは、その男が敵であることに気づいた。
「どうやら、大分ヤバそうな奴が来たみたいだな」
「ヤバいね。あれは……魔力が濃密すぎる」
「とにかく、あいつを止めるぞ!」
短く言葉を交わした後、イグルスが突撃した。
その動きに合わせて、ミリアムが牽制の魔術を放つ。素早い弾速で放たれた雷属性の初級魔術、ライトニングは、ルノアールに簡単に躱される。その動きに合わせて飛び込んだイグルスが槍を突き出した。
それをルノアールは自身の剣で受け流す。
イグルスが連続で突きを放った。それを後方に飛んで、躱したルノアールに、今度はミリアムの魔術が飛ぶ。
これも身を捻り、何とか躱したルノアールだったが、完全に体勢が崩れる。
「もらった!」
その機を逃さず、槍を突き出すイグルス。
必中を確信した一撃。寸分違わず、ルノアールの心臓へと吸い込まれ――。
「――勇者の一撃を喰らうがいい」
次の瞬間、吹き飛んでいたのはイグルスであった。
それは、槍の突きに合わせて放たれた、魔力の衝撃波によるカウンターだった。喰らったイグルスには何が起こったのか理解できなかった。
離れた所にいたミリアムだけが、何が起こったのか見えていた。
(今のは魔力の塊……なるほど、見れば見るほど厄介だね)
倒れたイグルスが狙われないよう、ライトニングで牽制するミリアム。
しかし、その全てがルノアールに当たる前に弾かれた。
初級魔術を通さないほど、濃密な魔力を纏ったルノアールがミリアムへと迫る。
「まずは貴様からだ!」
ルノアールが叫ぶ。迫り来るルノアールを冷静に見ながら、ミリアムが首を振った。
「残念、届かないよ」
瞬間。横から蹴りを食らい、ルノアールが吹っ飛んだ。
「――師匠、無事ですか!」
その場に降り立ったのは、ミリアムの愛弟子、カノンだった。
☆
着地したところで、師匠を見る。特に怪我をした様子は無い。
良かった。無事そうだ。
ミレーユと一緒に王城まで戻ってきた俺たちは城壁の中で戦いが行われていることに気づいた。
門が閉まっていたので、ミレーユを抱え、城壁の上までよじ登り。そして、中へと飛び降りる。
その途中で、イグルスさんが吹き飛ばされるのを目撃したため、着地してミレーユを降ろすと同時に、身体強化の魔術を重ね掛けして突っ込んだのだ。
何とか、間に合って良かった。
「お帰り、カノン。良いところに来たね」
軽い口調で師匠が言う。遅れて走って来たミレーユが着くと、簡潔に魔族の情報をくれた。
「気をつけるべきは、スキルと魔力量だね。スキルは、おそらくカウンターに類するものだよ。イグルスが一撃で吹っ飛んだ。
魔力については、あいつの纏っている魔力が濃密過ぎて、半端な魔術は効かないから気をつけて。
あと、その魔力をただ放ってくるだけでも、かなりの威力だから」
カウンターと聞いて、背筋が寒くなる。さっきの俺の一撃、カウンターされてたら、俺もやられてたかもしれない。
でも、逆に言えば、さっきの俺の一撃はカウンターされなかったのだ。スキルの発動に条件があるのか? 確かめながら戦うか。
情報を共有し合った俺達は、魔族へと向き直った。その時。
「ナターシャ! ライデン!」
ミレーユの叫ぶ声。その名前に思わず、辺りを見回す。
二人は残りの魔族と一緒に居た。久しぶりに見る二人は呆然とした表情で地面に座り込んでいた。何でここに二人が? 魔族に何かされたのか?
いや、二人がいるということは、まさか……。
「エェルゥヴェェ。何処まで私の邪魔をするつもりだぁ」
思考を遮る声。聞き慣れたその声に、俺は振り向いた。
俺が蹴り飛ばし、地面を転がったことで生じた土煙。その煙をかき分け、出てきた魔族を見て、俺は息を呑んだ。
「……ルノアール。お前、何で」
そこに現れたのは、俺の記憶から変わり果てた姿のルノアールだった。
「貴様は邪魔なんだよ!」
ルノアールが地を蹴り、突っ込んでくる。我に返った俺は、短刀を抜き、ルノアールの剣を受け流した。
「ルノアール。どういうことだ! 何があった?」
「うるさい! 黙って死ね!」
なおも振ってくる剣を躱しながら尋ねると、返ってきたのは罵倒だった。聞く耳を持っていない。
「カノン。ミレーユ。とにかくそいつを止めるよ」
後ろから師匠の声がする。
確かに、気を散らしながら勝てる相手じゃ無い。まずはルノアールを止めて、話はそれからだ。
ルノアールの剣を弾くと、一旦飛び退き距離を置く。
大きく息を吸って、吐く。
集中力を引き上げ、再びルノアールとの距離を詰めた。
迫る剣を弾きながら、時間を稼ぐ。頃合いを見て、ライトの魔術を放ち、ルノアールの視界を奪う。
同時に距離を取ると、そこに師匠とミレーユの魔術が放たれた。炎属性と雷属性の中級魔術、フレイムアローとサンダーランス。
不意をついたために当たるかに見えた。だが、直前でルノアールが腕をふるうと。魔術が二つともかき消えた。瞬間、衝撃波が俺を襲う。
「ぐっ」
さらに距離をとって、ルノアールを見据える。
なるほど、今のがカウンターか。距離が離れてたから良かったけど、直撃したらヤバそうだ。それにしても魔術までかき消すとか、どれだけだよ。
だけど、内容は反射の魔術と似ている。これなら、やりようがある。
「……ふむ。少し、時間がかかりそうだね。ならば、我々は先に城内に入らせて貰おう。
その方が、君も強くなるだろうしね」
ルノアールのスキルを分析していると、声が聞こえてきた。横目で見る。喋ったのはどうやら、ライデン達の傍に立つ、小太りな男のようだ。
その男の隣に黒い靄が生じる。
あれは……そうか、あの魔族が靄を出しているのか。
「行かせない」
師匠の声と共にフレイムアローが飛ぶ。だが、それが届く前に、男とスキンヘッドの魔族が靄の中へと消えた。
「ちっ。早くこいつを倒して、あいつらを追うよ」
師匠が舌打ちをする。
そうだ、あいつらは城内に入ると言っていた。城内にはアイリス様や王様がいる。
行かせる訳にはいかない。
「ふん。私を倒す、か。できるものならやってみろ!」
ルノアールが吠える。同時に、ルノアールの魔力が爆発的に高まっていくのを感じる。
――待てよ。ルノアールのスキルは確か、カウンターなんかじゃない。
「私は逆境の中で、強くなる。一対三のこの状況で、私に勝てると思うなよ!」
師匠の間違いに気づいた、俺の前で。ルノアールの本当のスキル、起死回生が発動した。




